インダス文明発祥の地であることを 知らないパキスタン人

パキスタンはイスラム教国です。
イスラム教に関することは家庭で親が子供に必ず教えます。
でも、多くの親が教育を満足に受けていないために、
家庭での教育はどうしても限界があります。

学校教育、公教育とノンフォーマル教育の充実は、
パキスタンの最大のリスクであるテロをなくす第一歩となり、
国民の知的水準を上げることで
社会安定と経済成長に直接寄与するのです。

ちょっと話は横道にそれますが、
パキスタンの国土の大半はインダス川流域に位置します。
インダス川、と聞いてピンと来る方は多いでしょう。
そう、世界最古の巨大文明のひとつ、
インダス文明はまさにパキスタンの地で生まれたのです。
インダス文明の遺跡といわれるモヘンジョダロもハラッパーも、
いずれもパキスタンの扇状地にあります。

また、北部のほうを眺めれば仏教文明として
著名なガンダーラもまたパキスタンです。
さらにいえば、アレキサンダー大王が
目指したインドの地もパキスタンです。
アジアと中東を結ぶ地に位置するパキスタンは、
はるか昔から発展してきた人類史の中心を担う国なのです。 

古代文明の中心はパキスタン

ところがびっくりしたことに、パキスタンの多くの人は、
誇り高く思っていいはずのこうした自国の古代史について
ほとんど知らないそうです。なぜでしょうか? 
学校で教えないからです。

理由はパキスタンの建国に遡ります。
1947年英国領から独立したパキスタンですが、
実は正確にいうとパキスタンが独立したわけではなく、
まず現在のインド、パキスタン、バングラデシュをひとくくりにした
大インドの英国からの独立運動がありました。
その中心となったのが1947年8月インドの独立革命を成功に導いた、
マハトマ・ガンジーです。

このときのインドにはヒンズー教徒と
イスラム教徒とが混在していました。
ところが、インドの独立運動の最中に、インドのイスラム教徒の中から、
さらに別の国として独立しようという運動が巻き起こりました。
その結果、インドから分かれて生まれたのがパキスタンであり、
後のバングラデシュとなる東パキスタンだったのです。
ガンジーは、ヒンズーとイスラムとが共存するインドを目指したのですが、
皮肉にもそれを嫌うヒンズー原理主義者の手にかかり暗殺されました。

このように、パキスタンはイスラムの国として誕生しました。
その独立はしかし、かつては印パ戦争をした相手であり、
今でも小競り合いが続くインドの生みの親、ガンジーがいなければ、
なしえなかったことでした。

結果、パキスタンの歴史の授業では、
パキスタンはイスラムの国として誕生したことを強調したいために、
それ以前の歴史については、ほとんど省かれてしまった、というのです。

いまのインドを含めた南アジアの文明は、
いまのパキスタンの地から生まれました。
多くの遺跡が残っているのが何よりの証拠です。
ところが、モヘンジョダロやハラッパーなど貴重な遺跡の多くがいま、
あまり保存状態のよくないままだといいます。
まともな観光開発もなされていません。

パキスタンの人たちがより広い視野での歴史観を身につけたら、
パキスタンは観光立国にもなり得るはずですが、
彼らはまだそこに気がついていません。
気がつきたくない、という部分もあるのかもしれません。
こうした意識変化を促すのは、やはり「教育」なのです。

パキスタンの未来づくりに日本ができること

Pakistan Business

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