Digital Transformation あたらしい変革のチカラ

「人×テクノロジーの高い次元での融合」が勝敗を分ける、最高峰のヨットレースを支える技術革新とは

エアバス社とのコラボレーションで
航空機のテクノロジーをヨットに取り入れた

 このテクノロジーバトルを牽引しているのは、オラクル・チーム・USAのオーナーであるラリー・エリソン氏だ。「オラクルの会長でもあるエリソンは、常に技術の改善を怠らず、新たな技術を使うことのリスクを奨励しています」とシマー氏は語る。これがオラクル・チーム・USAはもとより、アメリカズカップに挑むすべてのチームのエンジニアたちのモチベーションとなっている。

 もっとも、こうした潮流に対する批判がないわけではない。「もはやヨットではない」という声もある。だが、考えてほしい。165年の歴史を持つアメリカズカップが、果たして伝統を守るだけで今日まで受け継がれてきただろうか。おそらく古き良き時代を懐かしむだけの“祭り”に成り下がっていたのではないだろうか。常にエキサイティングな変革を繰り返してきたからこそ、アメリカズカップはアメリカズカップたりえるのである。

 実際、「もはやヨットではない」という声も、ある意味で的を射ている。そもそもなぜヨットが宙に浮かんで滑走できるのかというと、その秘密は水中に突き出した「フォイル」と呼ばれる水中翼と「ウイングセール」(マストと一体化された翼のような固定式の帆)にある。根幹にあるのは航空機のテクノロジーであり、オラクル・チーム・USAはそれをエアバス社とのコラボレーションによって手に入れたのだ。

 エアバス社のエンジニアリング担当上席副社長のシャルル・シャンピオン氏は、「水上を滑走するヨットと航空機は、空力技術、軽量材料、コントロールシステム、テスト、分析などの分野で類似の課題を持ちます。セーリングと航空のシナジーは、かつてないほど高まっています」と語る。

シャルル・シャンピオン氏
エアバス社のエンジニアリング担当上席副社長のシャルル・シャンピオン氏

リアルタイムのビッグデータ分析で
ヨットとクルーのパフォーマンスを最大化

 もちろんテクノロジーだけでアメリカズカップに勝利できるわけではない。ヨットを動かす駆動力は風のみ、それを操るのも人力のみであり、テクノロジーが持つポテンシャルをどこまで引き出すことができるかは、極限まで鍛え上げられたクルー全員の力と技とチームワークに委ねられるのだ。勝敗の決め手となるのは「テクノロジーか、セーラーか」ではなく、その両者がきわめて高い次元で融合することが求められる。

 そうした中で、ますます重要度を高めているのがデータである。前回大会を戦ったオラクル・チーム・USAのヨットには約300個のセンサーが取り付けられていたが、今回はその3倍以上の約1000個に増やされた。

 「ヨットの各部にかかる圧力のほか、風向きや風量、海水温などの気象データ、ヨットのスピードや加速、ウイングセールやダガーボード(フォイル)の角度、それらが生み出す揚力にいたるまで、あらゆるデータを光ファイバー経由で20Hz(毎秒20回)のサイクルで計測しています。さらに各セーラーのジャケット内にもセンサーを装着し、脈拍などのバイタルデータを収集。これらのビッグデータをOracle Exadataに集めて比較分析を行い、テストセーリングを繰り返しています」とシマー氏は語る。

 こうした分析が、実際の戦術にどのように生かされるのだろうか。「私たちがテストセーリングを行っているのは道路のような人工的な環境ではなく、海上という自然環境です。コントロールが効かない要素が多いため、できる限り大量の情報を集めることが重要なのです」と語るのは、オラクル・チーム・USAのクルーとしてタクティシャンを務めるアンドリュー・キャンベル氏だ。この結果、「これまでセーラーが説明できなかった『良い感触』といった状況を、きちんとデータで裏付けられるようになりました」と言う。

グラント・シマー氏と、アンドリュー・キャンベル氏
オラクル・チーム・USAのゼネラル・マネージャー兼COO(最高執行責任者)のグラント・シマー氏(左)と、タクティシャン(戦術家)を務めるアンドリュー・キャンベル氏(右)

 さらに、これらのビッグデータはテストだけでなく、レース本番にも生かされる。50ノットで滑走するヨットと同等のスピードで伴走することが可能な、ヤンマー製のチェイス(追跡)ボートに搭載されたパフォーマンスボードにリアルタイムでデータを伝送。船上のエンジニアによる予測分析の結果がタクティシャンの持つタブレットに返されるのだ。自動車のF1レースでは走行中のマシンとピットの間でリアルタイムのモニタリングとフィードバックが行われているが、同じことがアメリカズカップでも行われているわけである。

ヤンマー製のチェイスボート
クティシャンの持つタブレット
ヤンマー製のチェイスボート(左)と、タクティシャンの持つタブレット(右)

 この指示に基づいてウイングセールの向きや各部の油圧、フォイルの角度、各セーラーの位置をコントロールし、状況の変化に即応した最適なコース取りを行うことで、ヨットとクルーのパフォーマンスを最大限に発揮することができるのである。

 2017年6月に行われる最後の一騎打ち(アメリカズカップ・マッチ)を制するのは、防衛者のオラクル・チーム・USAか、それとも熾烈な予選を勝ち上がってきた挑戦者か――。この熱いバトルの行方をぜひとも見守ってほしい。

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