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スバルとIBM、ビッグデータ活用を目指す

SUBARUと日本IBM、協業による進化は未来へと続く〜 安心・安全を目指すエンジニアのこだわりが独自技術で運転支援の実現につながった

ステレオカメラを使って人の眼と同じように認識する富士重工業(以下、スバル)の「アイサイト」は、ドライバーを支援して安全性を高める運転支援システムとして高い成果を上げ、世界中から注目されている。同社は今年2016年4月に高度運転支援システム分野で日本IBMとの協業を発表し、事故ゼロを目指してアイサイトを進化させ続けている。モノづくりの世界にこだわりを持つ両社は何を考え、何を目指しているのだろうか。
前編:対談
日本アイ・ビー・エム株式会社 専務執行役員 IBMシステムズ・ハードウェア事業本部長 武藤和博氏 × 富士重工業株式会社 スバル第一技術本部 車両研究実験第四部 部長 樋渡 穣氏

エンジン燃焼の可視化がアイサイト開発のきっかけに

武藤 運転支援システム「アイサイト」への注目が急速に高まっています。アイサイトの生みの親として、今の状況をどう見ていますか。

樋渡 自動運転への期待が高まる中で、すでに実現されている技術としてアイサイトへの関心は爆発的に高まっています。車両研究実験第四部がアイサイトの専門部隊として昨年2015年4月に発足し、私も10年ぶりに呼び戻されました。その背景にあるのは、アイサイトの実績です。実際に人身事故全体で事故率は約6割減り、追突事故も約8割減っています

* 公益財団法人 交通事故総合分析センター(ITARDA)のデータを基に独自算出

武藤 実は、私もスバルのユーザーで、アイサイトがあるので安心して運転できます。

樋渡 この追い風を受け、この10月からは中国、さらにその他の国々への展開も拡大すべく開発を進めています。そのおかげで今、大変な思いをしているわけですが。

武藤 世界展開を進める際に、具体的にどのようなところが大変なのでしょうか。

樋渡 先進国と違って道路が整備されていない地域もあり、その状況に適応させるのが難しい。アイサイトはステレオカメラの画像で反応しますが、車線がなかったり、泥道だったり、バイクや人が多かったりと、運転を取り巻く環境が国や地域によって大きく違います。それらに確実に対応するためには、さらに進化させる必要があります。

武藤 アイサイトのコア技術はすでに30年近い歴史があるとお伺いしていますが、まだまだ進化し続けるのですね。

樋渡 穣 氏
富士重工業株式会社
スバル第一技術本部
車両研究実験第四部 部長
樋渡 穣 氏

樋渡 私たちがスバル技術研究所でアイサイトの原型を考案したのは、1989年です。当時は新しい技術を取り込もうと、さまざまな先進技術の研究を進めていました。ロボットや人工知能などもテーマにありました。その1つが、2つのカメラで撮影することで立体を検知する「ステレオカメラ」という技術です。

 当初は「エンジンの燃焼を可視化することに使えないか」と考えられていたのですが、「車の外部に向けても使えるはず」などの議論があり、アイサイトに行きつきました。ヘリコプターの着地支援や電車の踏切の監視に使えるのではというアイデアもありました。

武藤 初めてステレオカメラを搭載したモデルに対するお客様の反応はいかがでしたか。

樋渡 1999年にアクティブ・ドライビング・アシスト(ADA)という名前で国内で発売しましたが、4年ほどで約300台と販売台数は散々でした。今考えると技術が優れていればいいだろうという技術志向的なアプローチでしたね。お客様がまったく見えていなかった。高価なレーダーやセンサーを取り付けて、1台あたり50万円を超えるオプション製品でも売れるだろうと。おかげで私は企画部門に異動になりました(笑)。

「人の安全を守りたい」という思いがアイサイトの開発につながった

樋渡 アイサイトには「人の安全を守る」という当社の基本的なこだわりが込められています。スバルの前身である中島飛行機の時代からの伝統と言ってもいいでしょう。最初に自動車を開発しようとしたときに、当時のカリスマエンジニアだった百瀬晋六は人を乗せた車の絵を壁に描きました。人がいて、そこにエンジンやハンドルを付けたのです。安全性の高いモノコック構造を乗用車やバスに採り入れたのも当社が日本で初めてですし、安全に対する意識は昔から高かった。

 当社の車自体も、広い室内空間を確保するための水平対向エンジン、悪路にも強いAWDという構造は昔から変わっていません。基本はずっと変わっていないんです。

武藤 ADAが登場した1990年代後半はIT業界も大きな転換点でした。インターネットが急速に普及する中で、IBMはインターネットによって商取引を変革する“eビジネス”を提唱しました。たとえば、銀行は仮想店舗からの口座振替サービスを提供したり、出版社は本、映画、音楽、ビデオの店舗をインターネット上に開くなど、新たなビジネスモデルが創造されました。IBMはテクノロジー企業として、新技術を取り込んでお客様へ最善のサービスを提供するスタンスが、創業以来変わっていません。

樋渡 継続は重要ですね。2003年にADA開発は大幅に縮小されましたが、私の後継者たちが密かに研究開発を続けていました。密かにといっても、上のほうは見て見ぬふりをしていた気がします。とにかく、次世代アイサイトの基本設計は裏で着々と進められていたんです。

武藤 和博 氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
専務執行役員
IBMシステムズ・ハードウェア事業本部長
武藤 和博 氏

武藤 技術的なブレークスルーは何かあったのでしょうか。

樋渡 部品メーカーの協力もあり、いくつかに分かれていたコンピューター装置がワンユニットになったことが大きかったですね。原価を大幅に抑えることができるようになりました。そして2008年に次世代ADA「アイサイト」としてステレオカメラのみで各種機能を実現した製品が搭載されました。

 その後、国内営業本部長だった現社長の吉永が経営戦略に組み込み、社内の啓蒙活動をしてくれたり、わかりやすいテレビCMが流れたり、販売店でインパクトのあるデモが行われるなどして、一気にブレークしました。

武藤 アイサイトの開発はどんなところが一番大変だったのでしょうか。

樋渡 初代からデータを取っては改良するということを繰り返してきました。ソフトはすべて自前で開発しているのですが、新しいソフトをつくっては実際に車を走らせて、想定どおりに動作するかどうかを調べるということを繰り返しています。まさに人海戦術です。

 アメリカに展開した際などには、クルマを船でアメリカに送り、開発者自ら現地で実際に走ってデータを集めました。ヨーロッパも同じです。データはハードディスクに保管するのですが、「サンフランシスコ・夕方・坂道」などと書かれているハードディスクが保管部屋の壁一面に積み上げられていました。「データがなければ、現地まで行って走ってとってこい!」といった感じです(笑)。

将来を見据え、現状を打破する

武藤 人海戦術で集められた膨大なデータを会社の資産として価値を高めるには、まず欲しいデータがすぐに取り出せる状況をつくることですね。このデータの管理・利用促進について、当社がお手伝いをさせていただいていますが、これまでとは違った方法で、どんな新たな価値が生み出せるのか。そこが当社の腕の見せどころだと思っています。

樋渡 みんなアナログで探すという現状に慣れてしまうと、そういう問題に気がつかないんです。IBMさんからご提案いただき、感謝しています。実験映像データを集約して統合管理するシステムの運用を始めましたが、開発者が必要とするシーンの実験映像データの検索や解析が容易となり、大幅な開発効率の向上につながる見込みです。出張先からサーバーに映像データを送ることもできますし、海外展開も楽になります。

武藤 これまでとは違った方法という意味では、今、IBMでは新たなCPU「脳チップ」を開発中です。現在のプロセッサーの1000分の1の消費電力で、視覚や聴覚などの感覚機能を実現します。それがアイサイトに搭載されれば人間の脳のような判断が極めて効率的にできるようになる時代がくるかもしれません。

樋渡 当社も、2020年に向けていろいろなプロジェクトが進んでいます。すべてがリアルタイムに動いています。

武藤 車と車、車と人、車と外部がつながるような発展も期待できるのではないでしょうか。世の中から1件でも多くの事故を減らすためにも、アイサイトのさらなる発展に期待しています。

樋渡 アイサイトが周囲と協調して社会に新しい価値を提供するといったことも含めて、皆さんが想像されているようなことはすべて準備しています。飛躍的に進化していくアイサイトに今後もご期待ください。

武藤 これからもアイサイトから目が離せませんね。本日はありがとうございました。

樋渡 ありがとうございました。

樋渡 穣 氏×武藤 和博 氏
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