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スバルとIBM、ビッグデータ活用を目指す

ひたすら実験走行を繰り返し、世界の道路200万km以上の画像データを記録

 運転支援システム「アイサイト」の最大の特徴は、ステレオカメラの技術を活用している点だ。「ヒトの眼と同じでなければ、ヒトを救えない」という開発コンセプトのもと、世界で初めてステレオカメラのみで運転支援を実現している。このコンセプトは開発がスタートした1989年ころから変わっていない。

 アイサイトにはスバルが独自に開発したステレオ画像認識技術が搭載されている。2つのカメラを同時に使用し、「近くにあるものはズレが大きく、遠くのものはズレが小さい」という原理で対象物との距離を測っている。ステレオカメラは対象物の物性、形状にかかわらず検出できるため、多くの状況に対応が可能だ。

富士重工業株式会社
スバル第一技術本部
車両研究実験第四部 車両研究実験第二課
中里 弘海 氏

 システム全体は撮影素子などのカメラ部と、画像を認識し制御するマイコンで構成され、エンジンやブレーキ、ステアリングなど車両側の電子制御ユニットと連動して動作する。歩行者や自転車をゼロメートルという至近距離まで認識でき、認識から制御まですべてを行う「一体型センサ」であることが特徴として挙げられる。

 1999年ADA(アクティブ・ドライビング・アシスト)として、世界初のステレオカメラによる運転支援システムとして登場。その後も改良を重ね、アイサイトと名称を変えたのは2008年。さらに改良を続け、2014年にはVer.3の提供を開始。これまでに国内で装備された車は累計40万台を超え、現在の装備率は約9割と高い。世界中の安全評価機関からトップの評価を得るとともに、人身事故全体で事故率が約6割減り、追突事故も約8割減るといった高い成果も上げている。今後、さらに安全性能と信頼性を向上させ、2020年には車線変更も含めた高速道路での自動運転機能を実現するという。

* 公益財団法人 交通事故総合分析センター(ITARDA)のデータを基に独自算出

 しかし、こうした進化の背景には現場でのたゆまない努力があることはあまり知られていない。アイサイトの開発現場のモットーは“実路走行”だ。ひたすら走って実験し、走行画像を記録して機能を確認する。開発担当者の中里弘海氏は「最初のアイサイトでカメラの画像を記録する装置を開発したのがブレークスルーにつながりました」と語る。アイサイトを積んだ実験車両は世界中の道を走り回り、これまでの走行画像データは200万km分を超える。

記録した膨大なデータをどう管理し活用するかが課題に

 「車の安心と愉しさをお届けするには、お客様目線が欠かせません。そのためには、自分たちが何度も走って意図したとおりに稼働するか繰り返し検証するしかないんです」と同じく開発担当者の日下部省吾氏は実験走行の重要性を語る。惜しみない安全追求へのこだわりこそが、中島飛行機以来の同社の伝統でもある。

富士重工業株式会社
スバル第一技術本部
車両研究実験第四部
日下部 省吾 氏

 中里氏と日下部氏が所属する車両研究実験第四部は、昨年2015年4月に発足したアイサイト専門の開発部隊だ。「アイサイトの開発は当初十数名で行っていました。自分たちで実験車両を運転し、ハードウェアを改良し、ソフトウェアをプログラミングしていました。グローバル展開や車種の広がりに応じて組織や人数も拡大しましたが、基本は変わりません。常時外で走り込んでいます」と中里氏は語る。

 当然のことながら運転環境は同じものはない。国や地域によって道路の整備状況は異なり、坂道やカーブもある。晴れた日もあれば曇りの日も雨の日もある。そういう異なる環境の中でも、アイサイトが開発者の意図したとおりに的確に稼働することが常に求められる。「実際に走ってみないとわからないことは多い」と日下部氏は話す。

 しかも、開発の意図は開発者が一番よくわかっている。だからこそ、ソフトウェアを開発した本人が走って検証する。ソフトウェアをプログラミングし、走って確認して不満があればロジックから手を入れる。その繰り返しだという。「開発担当者は、ソフトウェアのエキスパートであるだけでなく、実験のエキスパートであるという自負を持っています」と中里氏は語ります。

 アイサイト開発者にとって実験車両は貴重な存在だ。とりあいになる。だからこそ実験の準備には万全を期す。「機材を積んで準備してから本番、とりまとめまで最低でも3日間かかります。そのため、つまらないバグは許されません。過去の画像で十分にシミュレーションしたうえで実験に臨みます」と中里氏。こうした姿勢が「実車実験の質の向上」にもつながっているという。

 しかし、問題もあった。記録した画像データが膨大になるとともに、管理が大変になってきたことだ。ハードディスクは毎年どんどん増えていく。しかも、シミュレーションなどに役立てるには、必要なときに必要なデータが取り出せるようになっていなければならない。

 「これまではグループ単位で画像のハードディスクをライブラリー化していました。他のグループが必要なときには、わかる人に聞く、という準アナログのやり方で行っていましたが、部隊の規模が大きくなるにつれ、欲しい画像データを探すのに手間どることが多くなってきたんです」と日下部氏。そこで画像をシステムで管理しようという構想が浮上してきたのである。

日本IBMと二人三脚でビッグデータの活用を目指す

 同社がシステム化のパートナーとして選んだのは、日本IBMだった。「コンサルティングからハードウェア、ソフトウェア、サポートまでワンストップで対応できることがポイントでした」と日下部氏は語る。技術本部のデータ管理システムを手がけた実績もあり、情報システム部門からの推薦もあったという。

 プロジェクトはもともと情報系の知見があった中里氏がリーダーとなって進められた。「システム化にあたって大事だったのは、扱う画像ファイルの大きさです。管理するのはテラバイト単位や、一部を切り出したギガバイト単位の画像ファイルです。この大容量データを数秒単位で転送できるという条件でシステムの仕様を決めました」(中里氏)。

 システムとしては、フラッシュストレージとハードディスクストレージ、テープストレージの3階層を仮想化して1つのストレージとして扱い、検索用のデータベースを構築し、地図からも検索できるように地図サーバーを加え、Webアプリケーションから操作できるようにした。これで離れた場所でも検索して必要な画像データを素早く取り出せるようになり、かつ大容量データの経済的な長期保管を可能にした。

アイサイト実験データ解析システム
アイサイト実験データ解析システムに採用されたストレージ環境
20年近い実績を誇る IBM Spectrum Scaleソフトウェアによって、ビッグデータの効率的かつ経済的な保管と、高速なデータ活用のどちらのニーズにも柔軟に応えられるストレージ機器の選択(適材適所)を可能にしている。最新のファイルやアクセス需要が高いファイルはオールフラッシュ・ストレージに格納し、保管期間に応じて安価なハードディスク搭載ストレージや、さらに経済的に最も優れたテープ装置へとデータを自動移行させることができる。今回は採用されていないが、IBM Spectrum Scaleはパブリック・クラウドとの連携も可能であり、IBMは企業ごとに異なるデータ保管・活用ニーズに応えられる極めて幅広いポートフォリオを有している。
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 「難しいのが検索要件の設定です。たとえば、サンフランシスコ、坂道、夕日、逆光などのキーワードから検索したい。それに対してどういうパラメーターを用意するのか。各メンバーがどんなキーワードを使うのか情報を収集しながら精度を高めているところです」と中里氏。

 2014年度上期に仕様を決定し、試作品を経て2015年度から群馬・大田の開発拠点で本番開発を行い、現在は東京・三鷹の開発拠点で同規模の開発を行いながら検索機能を拡張している段階だ。日下部氏は「今はデータを移行しているところですが、システムの構築よりも運用が重要です」と話す。より現場で使いやすいシステムにするためにユーザーインターフェースの改良などにも取り組んでいるという。

 「今、自動運転時代に向けて、さらなるアイサイトの性能向上に挑戦中ですが、このシステムを使いこなすことで、より速いスピードで新製品をリリースしたいですね」と中里氏。日下部氏は「他部署でも同じニーズはあるはず。大事なのはいかにデータの再利用性を高めるかということです」と指摘する。ビッグデータ時代のデータ活用の先駆けとして、今後の発展を期待したい。

中里 弘海 氏 日下部 省吾 氏
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