製造業の利益率と市場競争力を高める「戦略的な再利用」
Continuous Engineeringを実践するための3つめのプラクティスが「戦略的再利用」である。ソフトウェアの世界では、オブジェクト指向やモジュール化というアプローチで再利用が進められてきた。ハードウェアの世界での戦略的な再利用とは何を意味し、具体的にどんなアプローチが考えられるのだろうか。具体的なソリューションも含めて話を聞いた。
成果物を使い回すことをどこまで意識しているのか
「製造業では、顧客ごとや地域・国ごとの要求に応じて、類似する製品を少しずつ変更して製造する必要に迫られています。そのため、既存製品のさまざまな開発成果物を複数の目的に向けて効率的に使い回す。それが、戦略的再利用です」と日本IBMの藤巻智彦氏は戦略的再利用を定義する。
確かに、いちから作り直すよりも既存の成果物を使い回したほうが効率的である。すでに実績のある製品だけに、安定した品質も得られる。開発プロセスの効率化は低コストにもつながる。結果として、利益率の向上や新製品の市場投入も素早くでき、経営に貢献できるなど、成果物の再利用によるメリットは大きい。しかし、現状ではそれが実現できていない。どこに問題があるのだろうか。
藤巻氏は「製造業が生産する製品はハードウェアとソフトウェアで構成されていて、さまざまなデータで構成されています。それが成果物です。しかも、それぞれが依存関係にあり、つながっているのです」と説明する。
藤巻氏が言う成果物とは「情報」のことだ。市場からの要求、システム要求などの要求情報、設計図面やモデル図などの設計情報、ソースコードやモジュールなどのソフトウェア情報、さらにテスト計画やテストケースなどのテスト情報。これらがすべて“成果物”なのである。
これらの成果物をきちんと整理し、紐づけながら管理され“再利用”されているだろうか。その意義を理解することから、Continuous Engineeringを実践するための戦略的再利用が始まる。
効率的な開発を実現するには論理的なコピーが必要に
「国ごとや顧客ごとに少しずつ異なる製品を納入している中で、成果物をしっかりと維持・管理するのは大変です。手作業で管理するのは大変ですし、だからと言って物理的に丸ごとコピーして変更を加えてしまうことは非効率な成果物の再利用につながります」と藤巻氏は指摘する。その理由は、物理的にコピーしてしまうことで、コピー元との依存関係が切れてしまうことにある。
たとえば、日本向けの製品をベースに、すべての成果物をコピーして中国向けや北米向けの製品を開発したとしよう。確かに、一見、効率的に製品が開発できたように見えるかもしれない。しかし、これでは亜種が生まれただけで戦略的な再利用とは言えない。
「もし、ある製品に不具合が発生した場合に、他のどの製品に影響が出るか分析できませんし、どこまで遡って変更を加えればいいのかがわかりません。共通の部品に変更を加えた場合には、意図せずにすべての製品を変更してしまうことにもなりかねません。変更のたびにすべての製品の成果物をトレースして再メンテナンスすることが必要になり、結果として大変な手間がかかってしまうのです」と藤巻氏は説く。これではせっかく成果物を再利用してもベネフィットは生まれない。
それではどうしたら効率的に、あるいは効果的に成果物を再利用できるようになるのだろうか。藤巻氏は「論理的にコピーして、コントロールすること。論理的にコピーするということは、もともとあったつながりを保持したままコピーすることです」と話す。つまり、製品が持っている階層構造と、各階層で使用する成果物が紐づけて管理され、製品階層の派生と変更が効率的にコントロールされている状態を作り出すことだ。そこでは、成果物間の論理的なつながりが保たれ、トレーサビリティーが自動的に更新され、変更が複数の別の派生に適用される。
「つながりが記録された状態でコピーされるので、派生した製品に問題が発生した場合でも、他の製品のどこで使われているのかが容易にトレースでき、どの製品に変更を適用すべきかといった影響分析が瞬時に行えるようになります。派生製品を作る場合でも、変更を必要とする部分をすぐに取り出せるので開発期間を短縮できます。戦略的な再利用を実現することで、企業としての利益率を向上させ、競合他社よりも早く新製品を市場に投入できるようになるのです」(藤巻氏)
再利用をトータルで支援するIBMのRationalソリューション
こうした戦略的な再利用への取り組みは、すでに多くの企業で導入が進んでいる。その中心を担っているのが、IBMのRationalソリューションである。ある自動車関連の製造業では、部門を横断してシステムの情報を共有し、部品の再利用が可能なアプリケーション・ライフサイクル・マネジメントに取り組んできた。
全体の機能の6~7割がソフトウェアに依存し、ソフトウェアが機械とエレクトロニクスに統合されることで推進力を生んできた同社にとって、装置やソフトウェアの複雑化に対応し、低コストや高信頼性を追求するためには、ハードウェアとソフトウェアの最適な組み合わせというニーズに対応しながら、ソフトウェアの開発効率を引き上げる必要に迫られていた。そこでは戦略的な再利用は欠かせない経営戦略となっている。
そこで活用されてきたのが、要求管理から構成管理、変更管理、テスト管理といったIBM Rationalのツール群だ。今年の中ごろに、これらのツール群がさらに拡張され、各開発プロセスの構成要素の視覚 化機能、影響分析などの分析機能、製品やシステム、コンポーネントの定義などの構成機 能をもった「Global Configuration」機能コンポーネントが登場した。
この新しいソリューションが既存のRationalのツール群・ソリューションとつながり、現在取り組みが進められているOSLCの活用によって、PDMやCAD、BOMといった開発情報や設計情報などと統合されることで、製品開発全般にわたる論理的な成果物管理が可能になる(図6)。
藤巻氏は「戦略的な再利用を確立することは、手作業ではとても対応できません。目的や用途に合わせて他のベンダーのツールを取り込むこともできるオープンなライフサイクル統合と戦略的な再利用を支援できるのはIBMだけです」と同社の強みを語る。本格的なグローバル化を迫られる日本の製造業としては、今後の同社のソリューションの進化から目が離せないのではないだろうか。