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花王とIBMが実践、マーケティング最前線

各種デバイスの普及やアナリティクスの進化などを背景に、デジタル・マーケティングへの期待が高まっている。パーソナライズされた顧客体験の提供により、ビジネス上の効果を上げる先進企業も増えつつある。そんな中、「デジタル・マーケティングの新しい顧客エンゲージメント」と題するセミナーが開催された。花王とIBMにおける実践例を交えて、デジタル・マーケティングの最前線が紹介された。

消費者の多様な側面を理解し、適切な個別対応を実行する

日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業 サービス事業統括
インタラクティブ・エクスペリエンス & モバイル スマーター・コマース
パートナー
浅野 智也

 顧客のパワーはますます高まっている。IBMが2013年に実施した「グローバル経営層スタディー」によると、「戦略策定において影響力を持つのは誰か?」というCEO(最高経営責任者)への質問に対して、最も多かった回答は「経営層」、2番目は「顧客」だった。以下、「取締役会」(3位)、「経営企画部門」(4位)と続く。

 「約10年前に行った同じ調査で『顧客』は6位でした。企業戦略において、顧客の意見は大きな力を持つようになりました」と語るのは、日本IBMの浅野智也氏である。こうした環境変化を受けて、顧客体験の変革に取り組む企業が増えている。また、顧客との接点としては、デジタル・メディアの重要性が急速に高まっている(図1)。

 デバイスやソフトウェアなどさまざまな技術進化もあり、顧客との向き合い方、マーケティングのあり方は大きく変わりつつある。

 「一人ひとりの消費者は、自分の好みやタイミングに応じた『個客体験』を期待するようになりました。以前は個人情報に基づくレコメンデーションなどに違和感を持つ消費者もかなりいましたが、今では個別の対応を受けられるなら個人情報を提供してもいいと考える消費者が増えています」(浅野氏)。

 適切な個別対応のためには、消費者を多様な側面から理解する必要がある。現在では年齢や性別などの属性、購買履歴などの取引情報、Web上での行動やコールセンターとのやり取りなど、あらゆる情報を収集し分析することが可能だ。深いレベルで個客を理解した上で行動を予測、あるいは個客への最適なアクションをとることができるようになった。

 こうした取り組みを推進するためには、マーケティングとITの知見が欠かせない。IBMはその両面から、企業のデジタル・マーケティングを支援している。浅野氏はIBMがサポートしたハワイ州観光局の事例を紹介する。

 「ハワイ州観光局は日本での観光客誘致に向けてデジタル・マーケティングへの取り組みを強化しています。日本で行ったイベントで集めた顧客情報は、以前は十分に活用されていませんでした。そこで、顧客情報を統合管理する仕組みを導入した上でメールの内容を個人に向けて最適化。これにより、メールの開封率やクリック率などが大幅に向上しました」と浅野氏は説明する。

 今、マーケティングは大きな変革期を迎えている。ただ、マーケティング部門の関係者や経営者の理解を得にくいと感じているデジタル・マーケティング担当者も多いのではないだろうか。そこで浅野氏はこんな提案をしている。

 「まずは、数字やわかりやすいグラフを使ってデジタル・マーケティングの効果を社内に説明することが重要。その積み重ねにより、経営者や周囲に理解が広がっていくはずです」。

IBMが本格的に取り組むデジタル・マーケティングの現在

日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業 サービス事業統括
インタラクティブ・エクスペリエンス & モバイル スマーター・コマース
アソシエート・パートナー
糸山 敏士

 IBMは近年、デジタル・マーケティングへの取り組みを強化している。次に登壇した日本IBMの糸山敏士氏は、「IBMにはグローバルなマーケティング組織があり、統合されたシステム上で共通したマーケティング・マネジメントを実践しています」と語る。

 そして、グローバルな規模でデジタル・マーケティングへのシフトを加速している。糸山氏はこう続ける。

 「私たちが特に重視しているポイントは3つ。個客の理解、個客接点の最適化、真のブランド構築です。そのために必要なマーケティングのプラットフォームを構築し、さまざまな施策に取り組んできました。何か特別なことをやっているわけではありません。一般的な手法を地道に、徹底的に実行することを心掛けています」

 IBMがデジタル・マーケティングへのシフトを本格化したのはここ5年ほどのことだ。2008年と2014年を比較すると、テレビCMの製作数は3分の1、印刷広告は半分に減った一方で、ロングフォームビデオは10倍に増えた。このほか、各種ソーシャルメディアにも対応している。そして、2014年には、マーケティング予算のうち過半をデジタル関連が占めている。

 IBMはデータドリブン・マーケティングにより効果を上げている。たとえば、ターゲティングの精度を高めることでレスポンス率が向上したほか、Webサイトのクリエイティブの最適化を図ることで資料ダウンロード数が14倍以上に上昇。また、購買履歴などの分析によりクロスセルのパターンを見いだして、より効果的な提案ができるようになった。

 デジタル・マーケティングへの取り組みの中でも、とりわけ注力している分野の1つがナーチャリングと営業との連携だ。糸山氏は次のように説明する。

「セミナーやWebサイトでの登録があった見込み顧客に対しては、メールなどを通じてさまざまなコンテンツを提供します。資料ダウンロードなどがあると15ポイント、25ポイントという具合にスコアが加算され、あるしきい値に達したところで電話営業へとバトンタッチします。できるだけクローズに近い段階で営業に渡すというやり方です」(図2)。

 IBMはマーケティング活動の効果分析の仕組みも整備してきた。

 「収集、トラッキングされたデータは進捗状況とビジネス貢献という主に2つの軸で可視化され、ダッシュボードに表示されます。これにより、プログラムやエリアといった切り口で実績を確認することができます」と糸山氏。こうした分析の結果を見ながらPDCAを回して改善を進める。そんな継続的な活動が、IBMのデジタル・マーケティングを少しずつ前進させている。

適切な顧客に、適切なタイミングで適切なコンテンツを届ける

花王株式会社
デジタルマーケティングセンター長
石井 龍夫

 デジタル・マーケティング先進企業として知られる花王。同社は日本有数の広告主でもある。同社の石井龍夫氏は、マーケティング手法の現状と課題について次のように語る。

 「大前提はよい商品であることですが、その上でよい広告をつくり、テレビCMによって幅広いお客様にリーチしていく。また、花王は全国の多くの小売店をカバーしており、そこでお客様に購入していただく。これが、私たちが長年培ってきたビジネスモデルです。しかし、問題が浮上してきました。特に若い女性の中で、テレビを視聴する時間が減っていることです。ならば、ビジネスモデルを修正しなければなりません」。

 デジタル・マーティングの担う役割は大きい。たとえば、デジタル・メディアを使って商品を認知させ、購買を検討する消費者の数を維持・拡大する。あるいは、購入した顧客がSNSなどでポジティブな意見を表明してくれるような環境をつくる。こうした取り組みにより、顧客に関する理解を深める、適切なメッセージを伝えることで、新しい層に興味を持ってもらうことができる。

 実際に花王では、いくつかの商品に関してこれまでリーチできていなかった顧客層を開拓し、売上拡大などの成果を上げているという。そのために、あらゆるデータを活用していると石井氏は言う。

 「たとえば、デジタル広告ではどんなクリエイティブのときにお客様がクリックしてくれたかがわかります。当社のブランドサイトから、どんなキーワードで検索してくれたか、どのページを見てくれたかをデータとして収集することができる。そして、SNSを通じてお客様が何に困っているのか、どんなことに関心があるのかをリスニングすることができる。データドリブン・マーケティングのベースになるデータはさまざまなところに落ちています。これをいかに収集し、分析するかが勝負だと思っています」。

 適切な分析により、顧客がいつ何をしているのかを把握することができれば、最適なタイミングで最適なメッセージを届けることができるはずだ。それは不可能なことではない。「お客様の状況を把握する手段は実は存在しているのです」と石井氏は言う。

 適切なタイミングで適切な広告を発信できれば、消費者にとっての「邪魔な広告」をなくして広告の費用対効果を高めることができる。顧客に対するインサイトを磨き、「適切な顧客に、適切なタイミングで、適切なコンテンツを届ける」能力を高めながら、花王はデジタル・マーケティングを一層進化させようとしている。

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