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未来が変わる、技術で変える VOL.3

コニカミノルタは、バイオヘルスケア分野への取り組みを強化中だ。材料技術、画像処理技術、光学技術などのコア技術を生かすことで、新規参入を狙う。複数の技術が誕生しており、その1つが「HSTT」(High Sensitive Tissue Testing)技術だ。

 長寿は万人の願いだ。医療はその期待に応えるべく、様々な疾患を克服してきた。この結果として、日本人の平均寿命は男性で80.50歳、女性で86.63歳まで延びた。だが、その平均寿命に達する前に亡くなる方が多くいるのも事実だ。理由は様々だが、何といっても多いのが、がんだ。「がん治療は格段に進化し、もはや“極めて治りにくい病”とはいえない」が、日本人の死亡原因の第1位は、依然としてがんなのである。

分子標的薬の2つの課題

 今日、一部のがんは治せるようになった。抗がん剤など新薬の開発がそれを可能にした。ただ、それら新薬は万能薬ではない。がんは発症した部位で性質が異なり、同じ部位でも複数のタイプがあるからだ。このため、一部の人にはよく効くが、ほかの人にはほとんど効果を示さないということが起こる。

 これを踏まえ、あるタイプのがんにフォーカスし、著しい効果を上げるよう設計した新薬の開発が進められている。分子標的薬だ。この薬は、がん細胞に発現する特定のタンパク質をターゲットとし、それをピンポイントで攻撃する。がんは、部位やタイプによって発現するタンパク質の種類が異なる。がん患者の病理組織を採取し、発現したタンパク質を正確に特定できれば、すべてのがん患者に最適な分子標的薬を投与できる。理想的には、すべてのがん患者を治せるようになるはずだ。

 こうした状況を実現するためには、まず2つの大きな課題がある。1つは、創薬に関わる課題。開発した分子標的薬が、特定のタンパク質だけをきちんと攻撃しているかどうかを検証するのが難しいのである。実際、かなり効果が高そうな分子標的薬でも、それをうまく実証できないため(臨床試験がうまく、進められない)市場に投入できないケースが起きているという。もう1つは、医療現場における課題である。がん患者の病理組織に現れるタンパク質を正確に把握することが難しいのだ。このため、最適な分子標的薬をがん患者に投与できないケースが発生している[図1]

 いずれも、根源にある原因は同じである。すなわち、発現するタンパク質を高い精度で特定することが難しいことだ。既存技術としては、特定タンパク質を酵素と色素発色で染色し観察するDAB法などがあるが、生体組織上でのタンパク質の定量化は難しいと言われている。

[図1] がん治療の現状
がん治療の一例を示す。病理診断でがんが確定した患者に対しDAB法を適用したところ、全体の30%から特定タンパクAが検出された。これらの患者に手術前の化学療法として、特定タンパクAに効果のある分子標的薬Aと抗がん剤を投与。その結果約半数の患者はがんが消滅したが、残る約半数は消滅しなかった。DB法では精度が不十分で、前者と後者を区別できなかった。区別できていれば後者にはさらに適切な治療を加えられる可能性がある。

蛍光ナノ粒子を新たに開発

[図2] 蛍光ナノ粒子
蛍光ナノ粒子(PIDs=Phosphor Integrated Dots)を光らせた様子。

[図3] HSTTのメカニズム
蛍光ナノ粒子(PIDs)は、がん細胞(抗原)の特定タンパク質に選択的に反応する1次抗体と2次抗体を介して付着する。2次抗体には、PIDsと接続する役割を果たすビオチンをあらかじめ付けてある。HSTT技術を使えば、奏効率(成功率)の高い個別医療が可能になる。

 コニカミノルタは、こうした既存方式が抱える課題を解決するために、生体組織に発現しているタンパク質の数と位置を正確に検出することを目指して新技術を開発した。「HSTT(HighSensitive Tissue Testing)」と呼ぶ。この技術には、同社が開発した新材料「蛍光ナノ粒子(PIDs = Phosphor Integrated Dots)」を使う[図2]。これは数十nmの特殊な構造の高輝度高耐久蛍光標識物質で、その表面は生体組織との親和性の高い特殊な材料でコーティングしたナノテクノロジー材料である。

 これを使って、がんによって発現したタンパク質を特定する。検出方法は以下の通りだ[図3]。まずは、患者から摘出した病理組織に、がん組織に特徴的な特定タンパク質だけに吸着する抗体を付着させ、そこに、がん組織の状況に応じて、適切に蛍光ナノ粒子を反応、結合させる。この結果、特定タンパク質が実際に存在していれば、その部分にだけ蛍光材料を付けられる。この蛍光材料を光らせることで、視覚的に特定タンパク質の有無、位置、濃度を計測できるのだ[図4]。特に、この蛍光ナノ粒子は極めて高い明るさを持っている。従来の蛍光色素の約1万倍、量子ドットの100倍の明るさを持つと同時に、光や病理診断の環境下での高い耐久性を備えている。さらに、ソフトウエアによる解析技術を新規に開発することで、計測精度を高めた。蛍光発光した病理組織を汎用蛍光顕微鏡で撮影し、その画像をソフトウエア処理する。こうすることで、発光する蛍光ナノ粒子数やがん細胞数を正確に計測できるようにした[図5]。これらの技術は東北大学大学院医学系研究科(腫瘍外科学分野・ナノ医科学講座)大内憲明教授、権田幸祐教授および東北大学病院(病理部)のグループとコニカミノルタが共同研究開発した結果であり、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務の結果、得られたものだ。

[図4] HSTTによる病理診断の結果
上図は、蛍光顕微鏡で撮影した蛍光発光画像。下図は、その画像を病理組織の写真に重ねたものだ。どの細胞の蛍光発光が強いかを判断できる。

[図5] ソフトウエアを使った解析結果
蛍光顕微鏡で撮影した蛍光発光画像を解析するソフトウエア。まずは画像をデジタル化する。その後、発光点(輝点)を自動検出して蛍光ナノ粒子数に変換し、その結果をスコア化する。スコアが高ければ高いほど、蛍光ナノ粒子数が多い。すなわち、がん細胞の特定タンパク質の発現量が多いことになる。将来的には、デジタル画像をインターネットでやり取りして遠隔地で病理診断するデジタル・パソロジーへの対応が求められる。既にコニカミノルタでは、欧州のBusiness InnovationCenter(BIC)が中心となり、デジタル画像伝送に関する標準化の調査に着手している。

創薬市場・治験市場・診断薬市場へ拡大展開

[図2] 蛍光ナノ粒子
HSTT技術を使えば、奏効率(成功率)の高い個別医療が可能になる。

 このHSTT技術は冒頭に示した創薬に関わる課題と、医療現場に関わる課題の両方を解決できる。コニカミノルタは、製薬会社を顧客として、基礎創薬研究市場、治験での患者層別の市場、病院での診断薬の市場に応用展開する。その有効性は確認済みだ。関西医科大学などと共同で、乳がんや頭頸部がん、さらに難治がんである胆・膵臓がんなどの病理組織を用いて、DAB法よりも極めて高い精度で、がん細胞に発現したタンパク質を特定できることを確認している。基本的な開発段階を超え、2015年7月にはHSTT技術を使った病理標本作製サービスに着手した。

 現在、製薬会社は、分子標的薬の開発における治験成功率が低いことに頭を悩ませている。開発した新薬が「効く」被験者と「効かない」被験者のふるい分けが厳密にできないため、「効いている」という証明がうまくできないのだ。それでも「効く」ことを立証するためには、多くの被験者を使って臨床実験を積み重ねなければならない。このことが、新薬の開発コストを増大させ、市場投入を遅らせる。

 HSTTの高感度なタンパク質検出は、投与する薬が効くかどうか、どの程度投与すべきかを明らかにできる。薬の効く人、効かない人を検査で明らかにする(個別化医療を可能にする)ことで、治験の期間を短くし、無駄な薬投与による医療費を削減し、不要な副作用から人々を守り、早期発見して的確な薬を投与できるようになる日も近い[図6]。2020年、がんはかなり治せるようになるのではないだろうか。

銀塩フィルムでの技術がいまに生きる

 HSTT(High Sensitive Tissue Testing)技術に使われる蛍光ナノ粒子のルーツをたどると、コニカミノルタのかつてのコア・ビジネスである写真用銀塩フィルムに行き着く。銀塩フィルムでは、感度向上が命題の1つだった。そのために求められたのが、高性能な感光材料の開発である。大型で平板状であり、形状のそろったハロゲン化銀粒子の実現を追求した。このハロゲン化銀粒子の開発で培われた材料技術は、複写機に向けたトナー材料の開発や、X線画像診断装置に向けたX線吸収用蛍光材料の開発に適用された。トナー材料では、従来の粉砕法に代わる重合法を開発し、粒径のそろった小型粒子の開発に成功した。X線吸収用蛍光材料においては、液相法という新たな製造方法を開発して結晶性を高め、X線に対する感度を高めた。蛍光ナノ粒子の開発では、これらの材料開発で培った基本技術が生きている。さらに、ソフトウエアによる解析技術は、複写機などの開発で磨いた画像処理技術がベースになっている。

世界初・世界最高感度のフィルム*
「コニカカラー GX3200」(1987年)
*発売当時

*本研究開発は、NEDOのがん超早期診断・治療機器の総合研究開発プロジェクト/病理画像等認識基礎技術の研究開発プロジェクト「1粒子蛍光ナノイメージングによる超高精度がん組織診断技術、診断システムの研究開発」(2010~14年度 5年間)の支援を受けた。

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コニカミノルタ株式会社
http://www.konicaminolta.jp/