新しい技術が金融業を拓く マネージメントセミナー(金融業界編) Review

ブロックチェーン技術を
エンタープライズ領域にセキュリティーや
プライバシー保護の課題に挑むIBM

サプライチェーンやプロセスの効率化などの領域で大きな効果が期待されているブロックチェーン技術。さまざまな分野でこの技術を活用した実証実験や意欲的なプロジェクトがはじまっている。このような中で、エンタープライズ領域でブロックチェーン技術の活用を目指す共同開発プロジェクト「Hyperledger Project(ハイパーレッジャー・プロジェクト)」が進められており、IBMはその中核的な役割を担っている。

ビットコインだけではない
幅広い経済活動にインパクト

今、世界中でブロックチェーン技術に対する期待が高まっている。ブロックチェーンというとビットコインのイメージが強いかもしれないが、実は幅広い経済活動にインパクトを与える可能性がある。経済産業省の調査によると、特に大きな効果が期待できるのが「オープン・高効率・高信頼なサプライチェーンの実現」や「プロセス・取引の全自動化・効率化」など。それぞれの分野で数十兆円規模の経済効果を実現できる可能性があるという。

ブロックチェーンは「分散し、共有され、複製される台帳」のこと。ビジネスネットワークの参加者が同一の台帳(記録)を共有することで、台帳の信頼性維持にかかるコストを削減することができる。日本IBMの蓑輪圭樹氏は「多くのプレイヤーが参加し、その間を伝票が行き交っているようなビジネスで特に大きな効果が期待できます」と語る。

ブロックチェーン上の参加者が何らかの取引を行うと、その情報はすべての参加者に送られる。その記録は改ざんできない構造を持ち、参加者のコンセンサスに基づいて更新される。

ブロックチェーンは取引タイプや検証タイプ、管理タイプなどによりいくつかの種類に分けることができる。その中でIBMが特に注力しているのが、スマートコントラクトと呼ばれるもの。エンタープライズ領域での活用を前提とし、参加者を限定する「パーミッション型」で運営されるブロックチェーンだ。

エンタープライズでの活用に向け
Hyperledger Projectが進行中

多くのプレイヤーが参加する分野にスマートコントラクトを導入すれば、大きなメリットがある。たとえば、貿易金融だ。

貿易金融には、銀行、輸出企業、運輸会社、輸入企業など多数のプレイヤーが参加する。各参加者の間では多種大量の貿易書類が行き交い、文書処理に多大な手間と時間がかかっている。ここにスマートコントラクトを導入すれば、参加者はリアルタイムに情報をシェアすることができ、大きな効率化が可能になる。ただし、すべての情報を共有すればいいというものではない。

「顧客名や単価などの情報がすべての参加者に公開されるのは困る、というケースもあるでしょう。権限を付与された参加者が、権限の範囲で情報を参照できる仕組みが必要です」と蓑輪氏はいう。このような機能は貿易金融だけでなく、エンタープライズ領域でも一般的な要求だろう。

「ブロックチェーンが本来的に持つオープンな性質と、ビジネスに求められるセキュリティーやプライバシー保護といった要件を両立させる。これは大きなチャレンジです」と蓑輪氏。今、そんなチャレンジがブロックチェーン技術の共同開発プロジェクト「Hyperledger Project」で進行中だ。

Hyperledger Projectは、ビットコインのような全員参加型(パブリック型)ではなく、パーミッション型で運営されるビットコインを目指している。このプロジェクトにおいてIBMは中核的な役割を担っている。その一方で、顧客のブロックチェーン活用をサポートする「IBM Blockchain Garage」を国内外に設立するなど、サービス体制を大幅に拡充している。

API公開で創造的なアプリをスピーディーに開発
金融分野で加速するAPIエコノミー

金融分野でもモバイルアプリを活用した新サービスが次々と生まれている。その背景にあるのが、APIエコノミーだ。アプリなどをいちから自前で開発するのではなく、外部に公開して一緒に実現するというもの。外部の創造性を取り込むことにより、これまでにない画期的なサービスも期待できる。こうしたコラボレーションを加速するためには、使いやすくセキュアなAPI環境が必要となる。

外部にAPIを公開することで
開発者の創造的なアイデアを形に

FinTech(フィンテック)の進展とともに、新しい金融サービスが次々と登場している。こうした動きを加速しているのが、API(Application Programming Interface)エコノミーの拡大である。APIによってアプリケーション同士を組み合わせることで、新しいサービスをスピーディーに展開することができる。

「たとえば、新しいモバイルアプリをつくる際、従来は連携するパートナー間で独自プロトコルを取り決めて、それに基づいて自前でアプリ開発を行うという手法が一般的でした。しかし、最近は開発者コミュニティーにAPIを公開し、外部のさまざまなサービスと組み合わせて新しいアプリをつくるという手法が広がっています」と日本IBMの渡邉周一氏は話す。

企業がAPIを広く公開すれば、斬新な発想を持つ開発者の目にとまる可能性がある。開発者の1人が「面白いことができそう」と思えば、創造的なアイデアが形になるかもしれない。実際にさまざまな産業分野において、API連携による画期的な新サービスが生まれている。金融分野も例外ではない。「注目される動きの1つが、APIによるPFM(Personal Financial Management)。いわば、パーソナライズされた金融サービスです」と渡邉氏はいう。

その一例が、北欧の銀行が提供しているモバイルアプリである。個人のお金の使い方などを把握したうえで、本人が気に入りそうなレストランや旅行商品などを提案。「今、予約すれば○%キャッシュバック」といったキャンペーンとして届けられる。これは、銀行とグルメサイト、旅行会社のシステムがAPI連携することで可能になったサービスだ。

セキュリティー上の懸念を払拭し
システムの負荷を抑えるAPI環境

日本では、バンキングサイトと家計簿アプリを連携させたサービスが広がりつつある。家計簿アプリが銀行のサイトで個人の支払情報などを参照し、使い勝手よくまとめてくれるサービスだ。

ただ、現状ではAPI環境を整えている銀行は少ない。ユーザーがID/パスワードを家計簿アプリに預けて、そのアプリが本人の代わりに銀行サイトに入るという形が主流だ。この場合、ユーザーはIDなどを第三者に渡すことになる。これは、セキュリティー上の懸念とともに、ユーザーには心理的なハードルもある。また、家計簿アプリなどFinTech企業からのアクセスが急増することによるシステム負荷の増大を心配する銀行もある。

しかし、API連携でこうした課題を解決することができる。銀行が信頼するパートナー企業に対してAPIを公開し、ユーザー情報にアクセスできるようにすれば、セキュリティーを確保しつつ、利便性の高いPFMサービスが実現できる。システムへの負荷抑制も可能だ。
こうしたAPI環境を提供するのが「IBM API Connect」だ。金融を含む、幅広い産業分野で実績のあるソリューションである。

「APIを公開することにより、アプリ開発のスピードを向上させるとともに、企業内のデータを利活用することができます。同時に、革新的なパートナーとの連携によるブランドイメージ向上、新たなビジネスの実現にもつながります。今後、金融機関においてもAPI公開の動きは加速するでしょう」と渡邉氏。今、大きな潮流となりつつある金融機関のAPI活用を、IBMは強力にサポートしていく考えだ。

保険ビジネスで激増する非構造化データ
人手に頼った従来型業務をWatsonで変革

IBM Watson(以下、Watson)の実ビジネスへの適用は、保険分野で始まった。保険の業務では膨大な文書を扱っているが、今後、保険に関わる非構造化データはさらに急増することが見込まれる。そこでWatsonを活用し、既存業務の変革を目指す。そんな取り組みが国内外でスタートしている。実践例は着実に増えつつある。

世界30社を超える保険会社が
Watsonの活用をスタート

保険業の扱うデータは急増している。ヘルスケアに関わるデータ、クルマから得られるテレマティクスデータなどを大量に収集できるようになった。2017年までに保険に関わるデータは94%増加するとの予測もある。その大半が非構造化データといわれる。

「データが爆発的に増えている中で、保険会社は多くの業務を人の専門知識とスキルに頼っています。ビッグデータ時代に対応した、新しい業務のあり方を考えていく必要があります」と日本IBMの加藤洋氏はいう。

保険ビジネスにITは欠かせない存在となったが、人手に頼る業務は依然として多い。このままでは、増え続けるデータを処理し切れないかもしれない。そんな中で大きな期待を集めているのが「Watson」である。

「Watsonが米国のクイズ番組でチャンピオンに勝ったのが2011年。以後、Watsonの実ビジネスへの適用が検討されましたが、特に保険分野は早い段階から実践フェーズに入っています。2014年段階で、世界の30社を超える保険会社がWatsonの活用をスタートさせました」(加藤氏)

保険におけるWatson活用は主に3つの領域で進んでいる。顧客接点での問い合わせ対応といった「エンゲージメントの変革」、営業活動支援などの「強化されたアドバイザー」、支払査定など難易度の高い意思決定をサポートする「最適化されたオペレーション」である。

かんぽ生命は、Watsonを査定担当者の意思決定支援に役立てようとしている。2016年6月には200万件の学習を完了。1人の担当者が年間1000件を扱うとすれば、計算上は人の2000年分の学習をしたことになる。Watsonの正答率はすでに90%に達した。同社はこの仕組みをさらにブラッシュアップし、2017年3月の全面稼働を目指している。

チャットで蓄積した膨大なログが
Watsonの学習ネタになった

Watsonの保険業への適用は、欧米で先行的に進められてきた。3つの領域において、事例は着実に増えている。

まず、軍関係者とその家族向けに保険サービスなどを提供する「USAA」。同社はダイレクトマーケティングの先進企業であり、顧客からの問い合わせに対してチャットで回答する取り組みを続けてきた。日本IBMの遠藤毅郎氏はこう説明する。

「退役後のヘルスケアオプション、市民生活に順応するための注意点など、USAAには多種多様な問い合わせが寄せられます。チャットでのやり取りを続けてきた結果、同社は膨大なログデータを蓄積。これが、Watsonの学習ネタとなりました」

こうしてIBM Watson の活用で“ASK USAA”というサービスがより充実した形に変身。Watsonがチャットへの回答を肩代わりすることで、業務を大幅に効率化することができた。

このほかにも、顧客や代理店からの問い合わせ対応業務にWatsonを活用している保険会社は少なくない。また、欧州の大手再保険会社では、再保険の引受・プライシング業務の変革に向け、アンダーライティングへのWatson導入を進めている。さらにペルーの保険会社は保険金請求業務の最適化にWatsonを活用している。

Watsonの日本語版提供は2016年2月にスタートした。日本の保険会社への導入は、今後さらに加速するものと見られる。