価値観共有で働き方まで変わった不断の組織改革

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病院の差は中で働いている職員の差

福井県済生会病院は、「患者さんの立場で考える」という理念を掲げている。元々、「すべては患者さんのために」という病院理念だったが、2005年に当時の院長が現在の理念に改めたという。「医療サービスを提供する側が一方的に『これは患者さんのため』と思っていても、提供される側の押しつけと受け取られたら、無意味のサービス。職員には、患者さんの立場にたち、本当に価値あるサービスなのか常に考えることを求めている」。事務部長の齋藤哲哉氏は、理念を変更した真意をそう説明する。

理念「患者さんの立場で考える」のもと、
福井市の中核医療機関として地域医療を支える。

また、同病院には「病院の差は中で働いている職員の差である」という考えがある。新しい建物や高度な医療機器はお金さえあればそろうが、患者さんに接する職員の態度や仕事への意欲はお金では買えない。そして、職員が生み出すさまざまな価値が病院の評価となり、他病院との差になるという意味である。「職員の差が病院の差となるのは、価値観をすべての職員が共有し、高いモチベーションを持って働いているかどうかだ」(齋藤氏)と言い切る。職員がベクトルを同じくし、選ばれる病院としての体制づくりをするために、早くからさまざまなマネジメントシステムを導入し、組織改革に取り組んできた。

福井県済生会病院  事務部長  齋藤哲哉氏

マネジメントシステム導入の背景には、2000年代に入り、患者数の伸びとともに、業務量の増加やそれに対応した職員の増員が図られるなど、急激な組織拡大による深刻な課題が浮かび上がってきたことがある。「業務量が増えたことによってサービスの低下を招き、患者さんの不満が増加した。また、派遣社員が多くなったこともあり、正規社員と派遣社員が交わらない弊害や部署間のセクショナリズムも表出したり、職員間のコミュニケーションが希薄になったりした。患者さんにとっては、正規職員であろうと派遣職員であろうと同じ福井県済生会病院の職員。各自がばらばらな想いで対応しており、組織が同じ方向性の基に動いていなかった」といい、組織変革の時期にあったと齋藤氏は当時を振り返る。

そこで同病院では、まずISO9001を導入してサービスの品質基準と提供の仕組みをつくった。次いで齋藤氏が中心となってバランストスコアカード(以下、BSC)による業績評価システムを導入した。最初は医事課に導入したのが始まりだったが、当時はBSC自体が日本で導入され始めたばかりで、医療機関としては最も早い時期の導入事例だったという。

さらに当時の副院長が渡米した際に米GE社が取り組んでいたシックスシグマを持ち帰り、職員自らが参画する問題解決手法の導入を試みた。こうしたマネジメントシステムを独自に融合し、1つのフレームワークにした「済生会クオリティマネジメントシステム」(以下、SQM)というシステムが2003年に始動。病院の理念とビジョンに沿ったサービス品質を継続的に改善していく取り組みが行われ現在に至っている。

褒める制度で醸成された職員のやり甲斐

SQMを導入した当初、齋藤氏が大きなショックを受けたのは、「職員満足度が非常に低かった」ことだった。満足度の低い職員が患者満足度を向上させることができるはずもなく、職員の満足度を高めるためにさまざまな施策に取り組んできた。まず職員の内発的な側面として、やり甲斐を持ち、モチベーションを高く保てる職場づくりに着手した。その具体的な施策が「褒める制度」の導入である。「一方的に与えるだけの医療や患者さんに仕えるためのホスピタリティサービスではなく、患者さんの立場で何がベストなのか考えて行動することを常に意識づける必要がある」(経営企画部課長 竹内将氏)とし、意識を浸透させるための教育とともに実施されたのが、「褒める制度」だ。

福井県済生会病院  経営企画課 課長 竹内 将 氏

具体的には、職員が職員に対するお褒めの言葉、あるいは患者さんが職員に送る感謝の言葉を、褒める相手の氏名を明記して投書するもの。最初は職員が職員に対してお褒めの言葉を「サンクスカード」に記して贈ったが、なかなか数は増えなかったという。そこで、職員や患者さんのお褒め・感謝の言葉をすべて院長自らが直接現場に赴いてカードを手渡しながら贈るように改めた。

職員や患者さんのお褒め・感謝の言葉を記して
院長から手渡される「サンクスカード」。

「組織のトップから現場で具体的な行動や意識を褒められることは、褒められた職員は非常に嬉しく、やり甲斐につながる」(齋藤氏)。褒める制度は表彰制度として確立しており、四半期ごとに5人、年間で15人が表彰される。それ以外にも患者さんのアンケートの中で感謝した職員を明記してもらい、公表していく仕組みも加えた。

ただ、齋藤氏は「褒めることが何を基準にしているかが最も重要」と指摘する。なぜ、あの職員が褒められたのかが明確でないと意味がない。その基準というのが、「病院の理念やビジョン、行動指針に基づいて行動したことが褒める対象となる」(齋藤氏)とし、組織の方向性に対して褒める仕組みが成り立っている点が大きなポイントだという。

2014年1月にスタートした「褒める制度」の成果は、お褒め・感謝の言葉の数とクレーム数の変動に表われている。クレーム数の変動は時々の入院患者数の影響を受けやすく単純に数だけで評価できないため、お褒め・感謝の言葉とクレームの合計が100%になるようにして評価している。「スタート時はお褒め・感謝の言葉が50%を切っていたが、現在は常に60~70%を占めるようになった。医療系業務におけるインシデントやアクシデントの発生データとも連動しているのではないか」(竹内氏)とし、サービスの品質に大きく影響を及ぼしているようだ。

齋藤氏は、これまでに届いた患者さんのお褒めの言葉の中で最も嬉しかったものとして、「噂には聞いていましたが・・・」で始まる次の一節を挙げる。「スタッフのどなたも親身で丁寧。少しキョロキョロしているだけでも、すれ違うスタッフが必ず『どこかお探しですか?』と声をかける。内情は別かもしれないが、どうしたらこんな企業になれるのか思った。人の心のサービスを受けた気持ちになった。スタッフの方にこういう声があることを知らせていただきたい」。

職員満足度を向上させたワークライフバランス

働き甲斐のある職場づくりは、内発的な動機づけ以外に、制度として取り組んだ看護師を対象としたワークライフバランスを充実も早い段階で開始している。その1つが柔軟な勤務形態の確立だ。「職員満足度アンケートで最も悩み深かったのが、『長時間勤務」と『夜勤」であることが判明した」(齋藤氏)という背景から取り組まれたもので、「短時間勤務制度」「フレックスタイム制度」「夜勤免除制度」「夜勤専従制度」などを2006年から導入した。

従来の勤務形態は、日勤帯(日勤、午前、午後)、夜勤帯(深夜、準夜、準夜・深夜)、その他(早出、早退)の8パターンだったが、これを日勤帯6パターン、夜勤帯8パターン、その他5パターンの19パターン。自分が働きやすい時間帯で勤務できるよう改善した。この他、勤務時間1時間からのパート看護師雇用制度などを取り入れ、夜勤免除などを実現した。

また、仕事と育児の両立支援として、院内保育所の拡充や育児支援制度などにも取り組んだ。0~3歳児を対象として24時間・365日の保育施設を持ち、夜勤や当直時も預けることが可能だ。保育施設はワークライフバランス導入以前からあったものの、2009年には定員を50人から70人に引き上げ、保育士は25人が在席する。

一方、看護師のキャリアアップ支援も積極的に行い、資格取得にかかる費用の一部を補助している。現在、1名の専門看護師と29名の認定看護師が誕生している。

こうしたワークライフバランスの充実に向けた取り組みは、職員満足度の向上や仕事のやり甲斐につながり、看護師の離職率の低下をもたらした。ワークライフバランス導入以前の2005年の離職率は11%だったが、開始年には10%に低下し、2011年には4.8%という看護師離職率として驚異的な数字になった。現在は6%前後で推移しているが、日本看護協会調査による全国平均離率は11~12%前後とされており、同病院の離職率の低さが際立つ。「全国平均と比べて、元々高い方ではなかったが、ワークライフバランスの取り組みが成果として表われている」(竹内氏)と自負する。

働き方改革を支えたICTによる情報共有

福井県済生会病院がSQMを用いた戦略の実行と継続的な改善活動を実施していくうえで、その基盤として組織改革を支えたのが、ICTを利用した院内データ活用と情報共有の革新である。職場改革に着手したとき、職員アンケートで明らかになったことの中で最も大きかったのが、役職と一般職員の情報ギャップだったという。「経営層から一般職層までの階層に沿った情報伝達が機能していなかった。経営トップのコミットが伝わらず、管理職層で異なった解釈によって情報の真意が変化してしまうといった問題があった。情報伝達の階層をなくし、ダイレクトに情報を伝達・共有する仕組みとしてポータルサイトを構築した」(齋藤氏)。

また、SQMでは3ヵ年ビジョンに対して1年ごとに測定分析し、そのギャップに対して新たな年間戦略目標が立てられる。このような、すべての職員がやるべきことを理解し行動していくために、ポータルサイトなどのICT環境は重要なツールだった。

ポータルサイトは、2008年にマイクロソフトの「SharePoint Server」を導入して実現。インターネット接続可能な情報系端末はもちろん、電子カルテ端末も起動時に必ずポータルサイトが表示される環境を整備した。ポータルサイト上では、全体のお知らせや院内イベント、医療安全情報、感染対策情報、医薬品情報(DI)などのほか、患者さんの声を集めたご意見箱、感激したレポートを収載したホスピタリティレポートなどのコンテンツがある。

福井県済生会病院  医療情報課  伊藤 司 氏

以前は紙で投稿・収集していたお褒め・感謝の言葉もポータルサイト上に職員の顔写真付きで公表されている。「どの部署の誰であるかわかり、写真付きで褒められることでモチベーションもさらに向上する」(医療情報課 伊藤司氏)。また、職場改善を提案する「グッドアイデアレポート」もSharePointの投稿フォームで入力でき、「手書きで提出していたときと比べると、提案数が倍加」(竹内氏)した。

ポータルサイトは院内すべての端末からアクセスできるとはいえ、一般企業のように1人1台の端末が配置されているわけでなく、ナースステーションなどでは共用しているケースも多い。また、これらの端末は基本的に電子カルテや看護業務支援システムとして機能しているため業務中心で、着席してじっくりポータルサイトを閲覧する環境ではない。そこで、情報に接する機会を豊富にし、全職員に素早く情報を行き渡らせるために導入されたのが、職員用のデジタルサイネージだ。

職員に素早く広く情報を伝達し、意識共有に利用されている職員用デジタルサイネージ

デジタルサイネージのディスプレイは、職員専用エレベーター前や職員食堂、ナースステーションのスタッフルームや更衣室など、職員の動線上で立ち止まる場所やしばらく留まる場所など42カ所に設置されている。コンテンツは、認定看護師資格を取得した職員の紹介、医療事故防止の警告、擦式指消毒剤の使用量の公開、あるいは福利厚生のお知らせなどがある。このデジタルサイネージの有効性を看護師に聞いたアンケートでは、81%が「有効だ」と回答。具体的に有効な点として「視覚的に(情報が)目に入る」という回答が約75%あり、「タイムリーな情報発信がある」、情報が流れているので「何度も情報を見ることができる」といったメリットを挙げている。

同病院は、2015年11月に電子カルテ端末の仮想化を実現したことを機に、Office365を導入した。ICT化推進チームで将来を見据えたICTの在り方を検討した結果、クラウドを利用するのがベストと判断。当初、セキュリティやコスト面でクラウドを導入することに反対する意見も多かったが、徹底的に検証を行った結果、自前で運用するよりもマイクロソフトが運用するOffice 365を利用した方が、セキュリティが高く、日々進化する機能をいち早く利用できることから、生産性向上、運用管理負荷の軽減やコスト削減にも繋がると判断し、経営層を説得してクラウドに移行していくことが決定した。

また、「以前は職員アカウントを持っているのは約400人だったが、これを機に全職員にアカウントを配布し、自らのアカウントでアクセスできる環境に移行し、情報収集できるようにした。それまで主にグループIDを利用していたが、全職員にユーザーIDとメールアドレスを提供することで『自ら情報を取りに行く文化』が定着し、情報格差をなくすことができた」(伊藤氏)とし、情報格差をなくする環境整備を拡充して職員間の価値観共有を促進した。

既に1年近く運用してきたが、BYODや個人のモバイル端末での利用を許可したことで、ICTを活用して活発に情報共有やコミュニケーションをとる文化が定着しており、利用率も大幅に向上している。また、クラウドサービスを採用したことで、院外からでもメールや情報共有ができる環境を手に入れることができ、生産性向上と場所にとらわれない働き方のメリットを実感できており、職員満足度の向上にもつながっている。管理者としても運用負荷の軽減、コスト削減を実現できており、今後はクラウドサービスをメインにICT環境を整備していく方針になっている。

「病院の差は中で働く職員の差である」という考えに基づいて、ICTを活用した価値観共有を促進し、さらに職員の意識改革、働き方改革につなげていく。

大切なのはまず「実際にやってみること」

日本マイクロソフト マイクロソフトテクノロジーセンター
エグゼクティブアドバイザー 小柳津 篤氏

職場での人間関係、環境への不満はどこの組織にも存在し、社員満足度の低下を招く一因でもある。福井県済生会病院の齋藤様の「組織改革プロジェクトで気づかされたことは、職員間に共通の目標を持たせ、意思が同じベクトルに向かうようになると職場への不満は低下する。組織の方向性を明確化し、意識共有することが大切」という言葉が、あらためて働き方改革の推進に重要であることを気づかされた。

組織の働き方改革において、最後は本人の気づき、意識を常に持たせる環境づくりが職場改善につながり、提供するサービスの品質を向上させると考える。ご紹介した福井県済生会病院の事例は、けっして医療機関に限った例ではなく、多くの組織の働き方改革の参考になるのではないだろうか。