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ビジネス革新を加速させるクラウドサービス・巻頭対談

ネット通販の巨人である米アマゾン・ドット・コムが、IT産業の根幹を揺るがしている。関連会社であるアマゾン ウェブ サービス(AWS)のクラウドサービスが、ITシステムの構築・運用の在り方にパラダイムシフトを起こしつつあるのだ。同社でパートナー企業のマネジメントを手がける今野芳弘氏と日経BPビジョナリー経営研究所で上席研究員を務める酒井耕一が、クラウドを中心とした最新テクノロジーの動向や活用方法を議論した。

酒井 この1~2年で、IT系のメディアだけでなく、新聞やビジネス誌でも「デジタルトランスフォーメーション(DX)」というキーワードを頻繁に目にするようになりました。クラウドサービスが、デジタル技術を基に事業を変革していくDXの原動力の一つになっていると思いますが、サービスを提供している立場では、現状をどのようにご覧になっているのでしょう。

クラウドの活用がデジタル変革の必須条件に

今野 グローバルで、いわゆるDXが大きな潮流となってきています。業種や業態にもよりますが、最新のデジタル技術を活用して既存の業務プロセスをデジタル化する、あるいは自社が提供する製品やサービスをデジタル化し付加価値を付けないと、競争に勝ち残れないといった創造的破壊が進んでいくと思われます。

 これを象徴している例として、金融業界で「フィンテック」と呼ばれる動きです。デジタル技術を活用して新たな金融サービスを創出している新興企業が、伝統的な金融機関のビジネスを侵食し始めています。また一方デジタル技術を活用して新たなビジネスモデルを立ち上げるスタートアップ企業も増加してきています。例えば宿泊所のシェアリング・エコノミーをサポートするAirbnb(エアビーアンドビー)もAWSを活用して拡大しています。こうした動きが、全産業に広がっていくでしょう。

 ビッグデータやIoT(モノのインターネット)、モバイル、AI(人工知能)など、多様なデジタル技術がDXの原動力となっていますが、これらの基盤と位置づけられるのがクラウドです。単なるサーバーの置き換えではなくビジネスを変革するプラットフォームとしてこれらの技術をフルに駆使することが、DXの必須条件といっても過言ではないでしょう。

酒井 現在、経済界では米国の利上げに関する動きを注目しています。一般に金利が上がると資金の調達コストが高くなるので、どこの企業でも、これまでよりも大きなリターンを得られるような仕組みをつくろうとしています。これが、DXの動きを加速している側面もあると思います。
 今年は米国で大統領選挙があり、世界経済の先行きが不透明なので、多くの企業で、リターンが確実に得られるものに投資を絞っているはずです。クラウドはスモールスタートで始められるので、今のうちに将来の成長へ向けての基盤を整備しておこうという企業が多いのかもしれませんね。
 先ほど、DXがグローバルな潮流だとおっしゃいましたが、日本と米国の間でクラウドの活用度に格差はあるのでしょうか。

クラウドの活用度がビジネスのスピードを左右

今野 我々は、クラウドの活用度合い変化の過程を「クラウドジャーニー」と呼んでいます。個別プロジェクトでクラウドを活用する第1段階に始まって、クラウドとオンプレミス(社内運用)のシステムをハイブリッド化する第2段階、基幹業務を支えるシステムも含めて全面的に大規模移行する第3段階、さらにクラウド上のシステム開発手法やサービスを最適化する第4段階と続きます。

 米国では、この第4段階に到達している企業が増えてきています。特にスタートアップ企業が創業当初から第4段階の利点を活用し急成長しています。それに対して、日本企業はクラウド化が進んだ企業が第3段階に達し始めたところです。

 AWSは2011年に東京にデータセンターを設置し、近年日本でもERP(統合基幹業務システム)をはじめとする業務系システムをオンプレミスからAWSへ移行する企業が急増しています。

酒井 オンプレミスのシステムでは、システムの調達に大きな時間がかかってしまいますから、その格差はビジネスのスピードの差にもつながってきそうですね。

今野 クラウドの場合、何か新しいアイデアを思いついたら、すぐに実行に移すことができますからね。
 オンプレミスの場合は、システム基盤を調達するのに早くても数週間を要します。これに対して、クラウドではウェブブラウザーを開いて、ほんの数クリックするだけで、「仮想サーバー」と呼ばれるシステム基盤や高度なIoTなどの処理基盤を立ち上げることが可能です。

今野氏

酒井 その違いが、ビジネスの成否にもつながってきそうですね。
 経営環境が激変する現在では、どんな企業でも試行錯誤を繰り返すことが欠かせません。新たなアイデアを実行に移してみて、うまくいったら、それを育てていく。ダメだったら、すぐに撤退して次のアイデアを探す。この繰り返しの中から革新的なビジネスモデルが生まれてきます。
 こうした取り組みでは、スモールスタートで始められる上に、その後もシステム基盤を柔軟に拡張・縮小できるクラウドが適しているのでしょうね。

「ITの足かせ」からビジネスが解放される

今野 その通りです。オンプレミスの場合は、ひとたびシステムを導入すると、ハードウエアの更新などのタイミングでしか、システム基盤を入れ替えることはできません。よって、その間は、そのシステムの性能をベースとしてビジネスを企画しなければなりません。いわば、ITがビジネスの足かせになっていたのです。

 これに対して、クラウドの場合は柔軟にシステム基盤を拡張できるので、その時々のビジネスに合わせてIT資源を調達できます。試行錯誤の中で縮小が必要な場合にも即座に対応できます。ITの足かせから解放され、チャレンジが可能になるので、ビジネス企画の自由度が飛躍的に高まるのです。

酒井 クラウドの普及によって、企業におけるITの活用方法が変化してきていると感じています。
 オンプレミスの場合は、システム基盤を調達し、運用していかなければならないので、IT基盤の専門家の存在が欠かせませんでした。ただし、ビジネスの現場でシステムを使う人たちが必要としているのは、システム基盤そのものではなく、その上で動くアプリケーションのはずです。

 現在、クラウド上では様々なアプリケーションおよびその基盤が提供されています。ITの専門家に頼らずに、マーケティング部門の社員がアナリティクス(分析)用のクラウドサービスを利用するといったケースが増えています。ビジネスの現場の人たちが、ITに関するストレスを感じずに、アプリケーションを利用できるようになりました。

今野 膨大な初期投資をしなくても、アプリケーションが利用できる点もクラウドのメリットです。サービスを利用した分だけに課金される従量料金契約なので、初期投資は不要です。
 例えば、企業が本格的にビッグデータを活用しようとすると、膨大なデータを蓄積する「データ・ウエアハウス(DWH)」と呼ばれるシステムが必要になります。オンプレミスでは、これを導入するのに数千万円から億のオーダーの投資が必要でした。しかし、AWSのDWHサービスである「Amazon Redshift」を使えば、初期投資は不要で規模により1時間当たり数円という従量料金からビッグデータを分析できるようになります。

 現在AWSでは仮想サーバーのみならず、IoT、モバイル、AIなどに適した多種サービスも提供しています。さらに多種のパートナーが持っている多様なサービスもあるので、それらを組み合わせることでアイデアさえあれば、誰でも革新的な競争優位に不可欠なサービスを短期に生み出すことが可能です。これらがビジネスを変革するプラットフォームとして活用されるゆえんです。これまで、大規模なアプリケーションは財務的な体力に優れた大企業だけのものでしたが、クラウドによって財務の呪縛から解き放たれたのです。アリが象を倒すことも可能になるのです。

酒井氏

酒井 社内の重要なデータを外部に預けることに不安があり、クラウドを利用しない企業もあるようですが。

今野 自社社員による不正やサイバー攻撃の脅威が高まりつつある最近は、セキュリティー面でオンプレミスよりも優位性があると判断して、AWSを選ぶお客様も増えています。AWSのデータセンターはスケールメリットが利くので、個別の企業では負担できないほど、セキュリティー対策に世界規模の膨大な投資を継続的に実施しています。

独自のエコシステムが大きな強み

酒井 ほかの国に比べて自然災害が多い日本では、災害対策としてAWSを活用する企業も多いと聞きます。どのような活用方法なのでしょう。

今野 大規模な地震に遭遇したような場合でも業務を継続させるためには、日常的に使う本番系システムに加えて、緊急時に処理を引き継ぐための待機系システムが必要になります。
 本格的な災害対策のためには、離れたデータセンターにそれぞれシステムを設置するような体制が必要になるので、膨大な構築・運用費用がかかります。

 AWSを利用すれば簡単に本番機と待機系のシステムを別々の分離されたデータセンターに配置できます。普段使わない待機系のシステムは停止しておけばよいので、ソフトウエアのライセンスコストや運用コストも削減できます。

酒井 日本には、ほかの国にはない独自の商習慣があります。かつて大手のERPベンダーも、日本に上陸した当初は、これに対応するのに苦労したと聞きます。米国に本社を構えるAWSが、日本企業の要望に応えていくことは難しいのではないでしょうか。

今野 AWSはお客様にフォーカスしサービスを改善してまいりました。昨年度は722の新サービスと機能を発表し日本のお客様のご要望も反映されています。しかしながら我々だけでは全てのお客様のニーズに応えることは難しいでしょう。この課題を克服するために重要な役割を果たすのが、お客様、そして我々のパートナー企業が形成するエコシステムです。

 具体的には、パートナーを支援するシステムとして「AWS Partner Network(APN)」制度があり、既に認定資格技術者と導入事例を持つスタンダードパートナー以上の資格を有する国内約400社のAWSのパートナーが、お客様のビジネスをサポートし多くの事例を持たれています。さらに、開発者のコミュニティーである「JAWS-UG(Japan AWS User Group)」や大手企業のCxO(業務での最高責任者)のコミュニティーである「E-JAWS(Enterprise Japan AWS User Group)」など、参加者が自らのスキルやノウハウを進化させるコミュニティーも有用です。今後も、これらのエコシステムを育んでいくことで、日本のお客様の要望にきめ細かく対応していきたいと考えています。


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