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『脳科学×マネジメント』でイノベーションを起こす組織づくり

厳しい競争社会で生き残るためには「イノベーション」が重要だと言われています。では、どうすればイノベーションを起こすことができるのでしょうか。これまでは、「失敗を恐れない挑戦心が大切」「絶対にあきらめない心が大事」など、精神論的な心構えが語られてきました。しかし、重要なのは科学的な視点から人間の本質を理解し、その本質に根ざしたマネジメントを実践することだそう。脳科学を活用し、人・組織のモチベーションを高める実践方法「ニューロマネジメント」について、スリーエム ジャパン執行役員である大久保孝俊さんが語ります。

イノベーションをマネジメントする上で大切にすべきこと

大久保さんは、自身の著書『3Mで学んだニューロマネジメント』(日経BP刊)で、「イノベーションはマネジメントできる」と断言しています。ただし、ここでいうマネジメントは、いわゆる目標管理とは大きく異なり、「管理というより、コーチングに近い」のだとか。

「イノベーションには長年、『技術革新』という日本語が充てられてきましたが、この解釈は日本特有のもので、少なくとも欧米ではイノベーション=技術革新という考え方はしません。

僕自身は社員に対して、イノベーションとは『顧客の満足を得るために新しいことを実行すること』であり、『知識をお金に変換すること』だと繰り返し説明しています。とくに後者は関心が薄くなりがちですが、企業が持続的に成長していく上では必要不可欠な要素です。こうした考え方に立つと、マネジャーの役割が見えてきます。

部下をあたかも、自分の手足のようにとらえているうちは、本当の意味でのマネジメントを実践しているとは言えません。その能力を心底期待し、信じることで、やる気と自主性を最大限に引き出す。主役はあくまでもイノベーションに挑戦する現場の担当者。儲かる漁場に連れて行ってあげるというような、彼らが力を発揮できる場所を見つけて支援してあげることこそがマネジメントなんです。

さらに、他部署を含めた全体最適化や事業の収益性を冷静に判断する。成果がなかなか出ない時期も担当者を孤独にすることなく、そのプロセスに伴走する。そして最終的に何らかの成果につなげるのもマネジャーの務めです」

アメリカで経験した3Mのイノベーションカルチャー

「イノベーションの成否は結局、人にかかっている」と大久保さんは語ります。人を活かせるかどうかは現場のマネジメント次第。こうしたマネジメント観はどのように培われてきたのでしょうか。大久保さんが「心のマネジメント」の重要性に気づいたのは32歳の頃。米国ミネソタ州で、開発チームのリーダーとして新製品の開発に取り組んでいたときに経験した、あるトラブルがきっかけでした。

「当時、3つのチームが競い合って、高密度磁気記録媒体を開発していました。最終的に採用される技術は、3チームのうち、ただ1つ。開発メンバーも含め、僕以外は全員米国人という環境下で、開発レースに勝ち抜かなければいけないというプレッシャーとストレスにさらされていました。

そんなある日、許しがたい事態が起こります。それまで良好な評価を得られていた我々の試作品が最終局面に来て、耐久性の目標値を大きく下回っていると言われてしまった。評価に問題があったとしか考えられず、再評価を要求したところ、評価チームはこれを拒絶。あまりの理不尽さに腹を立て、“売り言葉に買い言葉”の感情的な対立に発展しました。

トラブルが勃発した直後、技術担当役員のマイケル・シェリダンに呼び出されます。怒られるのだろうなと思いながら、沈んだ気持ちで訪ねると、シェリダンは愛嬌のある笑顔で僕を迎え、たった一言『大久保さん、バケーションを取ってきなさい』と言ったんです」

思いがけない指示に驚いた大久保さんは「時間がとれない」と食い下がるが、「君には休暇が必要だ」と、問答無用でバケーションに送り出されたそう。2週間のフロリダ旅行後、大久保さんは心機一転、新しい試作品を作り、再評価を依頼。最も優れたデータを叩き出し、開発レースを勝ち抜くことに。

「シェリダンが心のマネジメントを意識していたかどうかはわかりませんが、人間の本質をよく理解している対応ですよね。今であれば、これを脳科学的に正しいことであったと説明できます。あのときの僕は、血が扁桃体にのぼってしまい『扁桃体ハイジャック』が起こっている状態で、パニックになっていました。そんな状態で、じっくり考える余裕などありません。つまり、『バケーションにでも行って、血流を前頭前野に流せ』ということだったのです。

これが『理性的に行動しろ』と叱られていたら、どうなっていたか。役員の手前、『はい』と答えたとしても納得はできず、新しく試作品を作ろうというアイディアも浮かばなかったに違いない。とはいえ、開発も大詰めのタイミングに、開発チームのリーダーに休暇を取らせるのは勇気がいること。あのころはとてもそんな決断はできないと思っていたけれど、脳科学の知識を得た今であれば、シェリダンと同じ決断ができます」