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イノベーションの本質は「共感」にあり

「イノベーションは、いかにして起こしうるのか?」。その答えは、既にさまざまな研究者や経営者らから提示されてきましたが、いまだに日本が「イノベーション後発国」の地位に甘んじているという現実が厳然としてあります。いったいなぜ、日本ではイノベーションが起こらないのでしょうか。本気でイノベーションを起こすためには、いったい何が必要なのでしょうか? 今回、あらゆる企業人が切実に抱えるこれらの問いを、世界的なイノベーション研究者である野中郁次郎・一橋大学名誉教授に直接ぶつけるという試みを企画しました。聞き手は、人事発のイノベーション創発をうったえ、様々なイノベーターへの連続インタビューも手がける、リクルートマネジメントソリューションズエグゼクティブプランナーの井上功氏です。1980年代からその研究が世界の注目を集め、30年後の現在もなお世界中の研究者から参照され続ける野中氏の不朽の理論を、現代の企業人の悩みを知り抜く井上氏が丁寧に紐解くインタビューには、すべての日本の企業人、特に人事担当者にとってこれからの時代を生き抜く道しるべとなる示唆の数々を詰めました。

日本企業復活の条件とは?数十年来の低迷は、過去の成功体験への過剰適応が原因

――先生とは、僕がリクルート時代に手掛けた経済産業省との共同事業でお世話になって以来のご縁です。忘れもしない、2011年3月14日に先生にご登壇いただく予定だったシンポジウムが、3月11日にあの震災があって中止になってしまいました。それからもう7年近く経ちます。

野中:そうだったね。

――当時の経産省との共同事業は、「いかにしてイノベーションを組織的に起こしうるか」というテーマでやっていて、何かと先生にご指導いただきながら取り組んでいました。あれから少しずつイノベーションの重要性は認識されつつあると思いますが、日本企業の現状を見る限り、その認識がまだまだ不足していることを痛感させられます。 例えば2017年末時点での世界時価総額ランキングを見ると、1位がApple、2位がAlphabet、つまりGoogleですね、3位がマイクロソフトで4位がAmazon、5位がFacebookなんです。そのいっぽうで、1989年のランキングを調べると、1位から10位までの中で8社が日本企業でした。

野中:ええ、そうです。

――社会学者のエズラ・ヴォーゲルが「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言ったのは1979年ですよね。それから40年近く経った今、アメリカの企業に押し負けて、すっかり日本企業は存在感を失ってしまいました。日本企業はこの「失われた40年」、特にバブルが崩壊して以降、生産性ががくっと下がったままです。

この状況を変えるためには、先生は何が必要だとお考えでしょうか。

野中:僕は以前、仲間の研究者とともに書き上げた『失敗の本質』(ダイヤモンド社、1984)という本で、日本軍を組織論的に研究したことがあるんだけれど、その究極のところにあるのが、 過去の成功体験への過剰適応(オーバーアダプテーション)です。近年の日本企業が奮わないのは、いまだにこの性質が存在しているからではないかな。

『失敗の本質』(ダイヤモンド社、1984) [左]ダイヤモンド社のオリジナル版 [右]1991年刊行の中央公論新社の文庫版
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『失敗の本質』1984年に発刊され、日本的組織論・戦略論の名著として名高い『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』。戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝夫、村井友秀氏らとともに、野中氏も名を連ねている。(左が[ダイヤモンド社のオリジナル版]、右が[1991年刊行の中央公論新社の文庫版]

最近は特に「over adaptation to America」、要するにアメリカ式への過剰適応になっていて、MBAでも「分析が第一」だとされているけれど、 分析からはイノベーションは起こらない んですよ。

――近年は特にビッグデータの活用がどの企業でも課題になっていて、それを分析する役割を担うデータサイエンティストや人工知能が重宝されるようになっていますが、それも、分析至上主義の表れだと言えるでしょうか。

野中郁次郎氏

野中:そうだね。デジタルな分析だけになっていて、アナログに試みることが忘れられてしまっているんです。しかし、 本来アナログとデジタルというのは、オーバーラップする相互補完の関係にある。

僕は知識創造について考えるとき、知識をアナログ的な「暗黙知」とデジタル的な「形式知」に分けて考えているんだけれど、ある面で見ればこの2つは同じだとも言えます。まさに、お互いに作用する相互補完の関係にあって、グラデーションの様相を呈しているんです。したがってそれらを明確に分離させることはできません。

これはちょうど、人間の頭と体を分けることができないのと同じこと。脳というものは体の中にあるから、頭と体を分けて考えることはできませんよね。

――はい。

野中:しかし、その機能面をみると、この暗黙知と形式知は対立項であることがわかります。つまり、それぞれがまったく異なる機能を有しているということ。知識創造理論においては暗黙知を形式知に変換することを求めていますが、この2つが機能的には対立項であるがゆえに、その変換には大変な努力が必要になるわけです。ほら、長嶋(茂雄)が野村(克也)みたいには、なかなかならないでしょう(笑)。