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イノベーションの本質は「共感」にあり

弁証法による矛盾の克服がイノベーションを生む

――たしかに、長嶋さんは暗黙知的だし野村さんは形式知的で、その逆は考えづらいですね(笑)。なるほど。

野中:だけれど、 その対立項の矛盾を弁証法的に克服することができれば、そこで初めてイノベーションを起こすことができるんです。

――弁証法ですか。

野中:弁証法というのは、暗黙知と形式知のように二項対立の状態にある両極を総合化することで、矛盾する対立項が相互作用する 「二項動態」 を目指す行為です。つまり、変化し動いている状況のなかで、両極を大局的に捉えつつ、それを総合するポイントを鋭く見抜き、それを互いに膨らませることによって両極が総合され、より大きなものにアウフヘーベン(止揚)する、というわけです。

二項対立の矛盾というのは、非常に理性的な矛盾ですが、論理だけでは解消することはできず、そこには感性が必要とされます。 デジタルな理性の対立があったうえで、アナログな感性でもってより高いレベルでダイナミックに総合化する。それが動的な弁証法です。

たとえて言うなら、会社の同僚と飲みに行ったら議論が白熱して、殴り合いの喧嘩になるかと思いきや、お酒も進んでいるから次第に論理もなにもなくなって、いつの間にか志を語り合っている、なんてこと、あるでしょう。「おまえ、飲めるじゃねえか」「俺とおまえは違うけど、まあ一緒にがんばろうや」って。

――ああ、あります(笑)。

野中:お互いが言っていることを掘り下げていくと、地下水脈のような、感性で共有する部分に行き当たります。「俺とおまえ、合うとこあんじゃないの」と。いわば、 共感が生まれるわけですね。そこまで下りてきて全人的に向き合ったときに、初めて相互主観性が生まれるのです。

イノベーションというのは、その共通項を一生懸命発見し、それを膨らませていくことによって生まれるもの です。ただし、完全に同質化しているときにはイノベーションは起こりません。お互いに個性があって、異なった主観を持っていることが条件。異なる主観と主観がぶつかり合いながら、ピンと来たときに共感が成立する。そのことが、イノベーション創発においては本質的に重要なのです。

「二人称の共感」を確立することがイノベーションに知識創造理論「SECIモデル」のポイントは「共感」にある

――共感ということでいうと、先生は『知的機動力の本質』(中央公論新社、2017)で、「共同化(Socialization)」ということをおっしゃっていますね。これも、共感ということと関連するのでしょうか。

野中:そうだね。僕が言っているSECIモデル※1というのは、定義としては「個人・集団・組織のレベルの暗黙知と形式知の相互変換を示す集合知のモデル」で、要するに暗黙知、感性のレベルからスタートしろ、ということです。このSECIモデルの第1段階である共同化(Socialization)のポイントこそ共感なんですね。そしてそれをベースに、形式知に転換したり、組み合わせることで組織のレベルで理解されるように知識を発展させ創造していくというのが、SECIモデルで言っていることです。

※1SECIモデル「個人が他者との直接対面の相互作用を通じて暗黙知を共有する共同化(Socialization)、個人間の暗黙知を対話・思索・メタファー(喩え)などを通して概念や図像、仮説などを創り形式知に変換する表出化(Externalization)、集団レベルの形式知を組み合わせて物語や理論的モデルに体系化する連結化(Combination)、試行錯誤の矛盾解消の行動を通じて形式知を具現化し、成果として新たな価値を生み出すと共に、新たな暗黙知として個人・集団・組織レベルで理解し体得する内面化(Internalization)の四つのフェイズの知覚・認識・行動様式からなるプロセス・モデル」(『知的機動力の本質』より)

野中郁次郎氏、「Lifetime Achievement Award(生涯功労賞)」を受賞
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野中氏は、SECIモデルをはじめとする知識創造の諸理論により、2017年11月3日、カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネスクールから「Lifetime Achievement Award(生涯功労賞)」を受賞した。同賞はカリフォルニア大学バークレー校における最高の賞であり、プロフェッショナルな功績を挙げ、社会に影響を与えた卓越したリーダー達にのみ捧げられる。

――共感のベースをつくり、組織レベルに発展させていく、と。

野中:そう。共同化(Socialization)において重要なのは、「いかにお互いの共感のベースをつくるか」なんです。ベースとなる共感が成立しないと、最初から最後までディベートの世界で終わってしまいます。でも、 イノベーションの本質であるところの矛盾は、論理では解決できないもの です。そのことは哲学でも証明されている。だからまず、お互いが重なり合うところを確認することが何よりも重要です。そしてそこから論理によって展開する。

共感とは、一人称から三人称へ移行するまでの
「二人称の確立」である

――共感がなければ何も生まれないんですね。

野中:うん。別の言い方をすれば、イノベーションは「一人称から三人称に持っていく」ことによって生まれるものであり、そのとき二人称の共感が必要になるんです。

ここでいう一人称とは個人の主観のことで、三人称というのは組織の相互主観のこと。このとき、一人称から三人称にそのままジャンプできるかというと、それはできません。その間に、共感、つまり二人称の確立が必要になる。

――一人称から二人称を経て三人称に至る、と。

野中:共感というのは、主観が一歩客観に近づくことだとも言えます。したがってまずは主観がなければ何も始まらないんだけれど、 主観というのは初めからはっきりわかっているわけではないんです。それが、共感によって明確化していく。

Googleは、創業した当時は何をやればいいのか分かっていなかったといいます。ただ思いだけがあって、人と人とがいろいろとインタラクトしていくうちに、「やっぱりこうじゃないか」というものがだんだん固まっていった。それこそが二人称の確立であり、そこを膨らませていった結果、いまのGoogleがあるというわけです。

――先生のおっしゃっていること、すごくよくわかります。僕がやっている「イノベーション研修」でも、うまくいった事例を見ると、まさに一人称から二人称、そして三人称への移行が起こっているんです。

この研修ではまず、受講生に世の中の「不」を探しにいってもらうんですね。「不」というのは、不便・不満・不安・不足・不利・不合理・不具合などのことです。例えば「認知症の人たちがこれから急激に増えそうだ」というようなことを探してくる人がいるとします。

野中:感じてくるんだね。

――そうです、感じてきてもらうんです。分析的な人の場合だと、インターネットで検索して見つけたどこかのリサーチ結果で「20年後には2倍になります」みたいなデータを持ってくるんですが、それではダメなんですね。そうではなくて、例えば自分のおばあちゃんやおじいちゃんにそういう症状が出始めているとしたら、それを観察して、ある意味その人の中に棲み込んで感じ切ることが必要だと、僕はよく言っています。そのときに初めて、本当に何に困っているかがわかってくるんだ、と。

それを最初は受講生個人でやってきてもらうんですが、研修の場に戻ってきて僕のようなファシリテーターに話をするとき、まさに先生のおっしゃるような「二人称の共感」が生まれていくんです。というのも、僕自身はその受講生が持ってきた「不」の本質をよく知らないんだけれど、いろいろ質問して受講生と話をしているうちに、僕自身もそれに共感していくんですね。つまり、 個人発の「不」が、ファシリテーターと話をしたり受講者同士で話をしたりするなかで二人称に流れていく ということが、このとき起こっているのではないかと。

そしてそれを最後、会社に向けて提案するときには「三人称化」が起こるんです。最終プレゼンで受講生は、「自分はこういう困り事をこの会社の知恵を使って解決したい、けれど自分だけではできないから会社のAさんとBさんを集めてきた」というような形で経営者に決裁を仰ぎます。それは、提案者である受講生の「本気度」を決裁者に示すために、提案事業を実現できる技術を持った社内の人材を見つけて、先に協力を得ておくことを勧めているからなんですが、そのとき、受講生とファシリテーターの間に生まれていた共感が、社内の他の人々にも共有されることで、三人称の相互主観になっていっているんです。

野中:井上さんの「イノベーション研修」は、非常にうまく具体化していて面白いと思うよ。付け加えるなら、研修が終わって組織の現場に戻った受講生が、組織全体を次々に二人称化してくれることも重要だね。

――おっしゃるとおりですね。そうであることを願っています。

全身全霊で相手と向き合うことで共感が生まれる

野中:そういう意味でも、共感の確立というのがやはりすごく重要になるわけなんだけれど、それはやはり人間と人間が直接インタラクトしないとダメなんですよね。メールじゃダメなんですよ。

――トヨタは「面着」、つまり対面によるコミュニケーションを大事にしているといいますね。

野中:全身全霊で向き合うというかな。我々は結局のところエゴで生きているんだけれど、全身全霊で向き合う中では本当に我を忘れる瞬間がある。スポーツでもそうだけど、仕事でも無心になることはありますよね。その瞬間こそが本質なのであって、そこを言葉にしていくことが何よりも必要。

デトロイトのヘンリーフォード博物館に、本田宗一郎のことを描いた2枚の絵がありますが、そのうちの一枚は、本田宗一郎が全身でライダーになりきっている、という絵です。手を地面について、手で振動音を聞きながら、目で見て耳で聞いて、鼻でエンジンのにおいを嗅いでいる。そうすることで、全身全霊で顧客であるライダーになりきっているんですね。

そのように、 まずは顧客と全身全霊で向き合って共感するところから、イノベーションの本質が見えてくるんです。

――エゴを忘れて、顧客と向き合うんですね。

野中:「彼・彼女から世界がどう見えているのか」を知ろうとすることが大事です。そのためには、我を忘れて相手の身になりきること、 私利私欲を失うまで全人的に相手に向き合うことが必要ですね。したがって、虚心坦懐に分析するという科学の態度は捨てること。科学というのは一切の主観を排除して、いつも相手を対象化してしまうもの。まずそれを括弧に入れて、純粋に相手の気持ちになりきってみることが重要です。

共感を見つけるために何ができるか全人的に向き合う「場」を作る

――共感が生まれるようにするには、どのような取り組みが必要なのでしょうか。

野中郁次郎氏

野中:それはやっぱり、 共感の「場」をつくること ですね。いま、アジャイルの一種である「スクラム開発」が注目されていて、少数精鋭のチームでソフトウェア開発をやったりするそうだけれど、このような開発チームは共感の「場」だと言えます

かつて80年代に日本が元気だった頃は、別々の専門を持つ人たちが一緒になって開発をしていて、まさに「スクラム開発」が行われていました。それは、チームのメンバーが頭と体でお互いに本当にわかり合う、ということを意味している。つまり、 頭で理解しているだけではなく体が先に動くというレベルで、全員がマルチファンクショナルに一体になって動いている 、ということです。

そのような場というのは、たとえば毎朝会うということでもよいでしょう。 5分でも10分でも、とにかく会って共感する場を作ること。 場合によってはそこに顧客も呼んで参加してもらってもいい。その中でピンときたもの、共感が生まれたものをプロトタイプにして、うまくいけばさらに展開していけばよいのです。

したがって、プロジェクトリーダーが最初に取り組むべき仕事とは、「いかにチームとしての相互主観を作るか」です。それができない限りはコンセプトもできないし、イノベーションも形にはなりません。

――共感の場というと、有名なホンダの「ワイガヤ」が連想されます。

野中:「ワイガヤ」は理想的な共感の場だね。かつてホンダには重大な課題があって、それは本田宗一郎という偉大な天才はそう簡単には出ないから、彼を超えるには組織的に超えなきゃいけないが、それはいかにして可能かという問題だった。そのとき、本田宗一郎とコンビだった藤沢武夫が考え出したのが「ワイガヤ」なんです。要するに「三日三晩飲みまくる」ということですが、それこそが全人的に向き合う場になっていたんだね。

存在論まで立ち返って考えよ

――ホンダの「ワイガヤ」では、「人生の目的」まで尋ねることもあると聞きます。

野中:「ワイガヤ」では、会社の外に出て、三日三晩、真摯に知的バトルを繰り広げるんですよ。すると次第に、論理分析的なMBAの発想から、 「人間として何のためにわれわれは生きるのか」という存在論、つまり生き方の問題にまで戻ってくる わけです。真摯に向き合っているうちに、そういう人間の生き方という本題に入って来ざるを得ない。そして、生き方の領域にまで入り込まなければ、全人的に向き合ったことにはなりません。

企業ではよく「ブレインストーミング」というのをやりますが、あれはただ素人が集まって言いたいことを言うだけの浮ついた話です。 ブレインストーミングというのは要するに「責任を持たない」ということであって、人間の生き方を問うわけではない。 それでは何も起こりません。形式化してしまうだけです。「アイデアソン」とかカッコいいことを言っているけれど、それで実際のところ何が起こったのかはよくわからないことがほとんどでしょう。

――「アイデアをみんなで出し合って盛り上がる」みたいな話って、アイデアソンの他にもフューチャーセンターとか、たくさんあるんですよね。僕も全部見てきたわけではないですが、そこからイノベーションが生まれた、みたいな話はほとんど聞きません。

野中:何も出てこないね。そうではなく、額を突き合わせて、徹底的に議論をする必要がある。

――生き方にまで落とし込んだうえで、事業を作っていかなければいけないと。

野中:そう。「おまえは本当は何のために生きているのか」「なぜこんなプロジェクトをやらなきゃいけないのか」と問う。そして、この「what(何のために)」と「why(なぜ)」を突き詰めていくと、それぞれの地下水脈に行き当たるんですね。裏を返せば、地下水脈まで降りてこざるを得ないような仕掛けが必要なんです。

このとき重要なことは、全員がプロだということ。素人ではダメです。素人が集まったところで、深いイノベーションなど起こるわけがない。 職種の違うプロフェッショナル同士が集まり、マルチファンクショナルにそれぞれのプロフェッショナルを持ちながら知的バトルをやること。

そうすると、だいたい話が合わないんですね。学者なんかは全くそう。

――合わなさそうですね(笑)。

野中:合わないんだけれども、自分たちが存在する理由が何なんだということを突き詰めていくと、最後にやっぱり「一緒にやろうや」となる。そこまでやるのがワイガヤであり、京セラのコンパなんですよ。

共感をどう言語化していくかがカギ「共観」で本質を見抜け

――『知的機動力の本質』の中では、「共感」以外にもう一つ、「共観」という言葉も出てきますよね。この「感じる」ということと「観る」ということの2つに分けられている本質とは、どのようなことなのでしょうか。

野中:「共観」というのは、「主観」と「客観」の中間に位置づけられるものです。つまり、自分の主観を保ちつつ、相手の主観と総合するということを言っています。

いっぽう、「共感」というのは相手になりきることです。英語では「empathy」。「if I were in your shoes(私があなたの立場だったら)」という表現もありますが、それは「共感」です。

しかし、なりきるだけではダメなんです。「でも自分はこう思う」という主観がなくてはならない。主客未分の知的バトルをやりながら、「俺はあんたの気持ちはよくわかる」と相手になりきりつつ、いかに「自分だったらこうやるよな」という自らの主観と総合するかを考えることが重要です。言い換えれば、「おまえは何なのだ」と自らに問うこと。そこで自分の思いと相手の思いとを戦わせながら、アダム・スミスがいうような「同感(sympathy)」、つまり「こうじゃないか」というコンセプトにまで持っていく。

SECIモデルにおいて「共同化(Socialization)」から「表出化(Externalization)」へと移行するときには、自分の主観も入れ込んだうえで、知的バトルによってコンセプトを出さなければなりません。 自分の主観と相手への共感を戦わせながら、ピンときたものがあれば、それがきっと本質。それを言葉にするのが表出化ということです。

――何となくピンと来たものを言語化するというのは、少し難しそうな気もします。うまく言葉に落とすためには何が必要でしょうか。

野中:リベラルアーツ、経験の質量というのはあると思う。経験の豊かな人間は、無意識に引き出しを持っている。こういう文脈ではこの言葉、ということがわかるんですね。嵐の中で帆船が母港に帰るときに、「今のこの波ではちょっと右に傾いたほうがいい」ということがわかるようなものです。

もし、次の次の次の波ぐらいまで本質直観ができれば、それは実は未来も見ているということになります。そのように、ダイナミックに考えるバランス感覚を、リベラルアーツによって磨くことが必要ですね。

(聞き手:井上功氏、構成・文:BizHint編集部、撮影:西村智晴)

左:野中郁次郎氏、右:井上功氏
左:野中郁次郎氏、右:井上功氏