日経ビジネスONLINE Special 週刊日経ビジネスオンライン SPECIAL日経ビジネスオンライン

トップのビジョンを人事はどう実現化すべきなのか?

河合:ビジョンのお話し、本当に共感します。私も、ラクスルにジョインしたのは、代表の松本恭攝さんの「仕組みを変えれば世界はもっと良くなる」というビジョンに惹かれたのがきっかけです。共通の知り合いや友人もいなかったけれど、Twitterで自ら声を掛けて、飛び込みました。

人材系の業界に居たり、BizReachの立ち上げの経験から、「採用/組織」の大切さは感じていましたが、いざ人事としての役割はどういうものかは、羽田さんもおっしゃる通りで、私自身も最初は試行錯誤でした。

ただ、やはり採用活動は非常に大切だと言う想いのもと、初期からこだわって取り組んでいました。

羽田:僕も最初の数人の採用は特に重要だと思います。

トップのビジョンを人事が理解するという点では、ベンチャーの創業期など、 組織が小さいうちは、社長と人事の距離も近く、採用方針のすり合わせがしやすい 側面はありますね。 組織が大きくなると、「採用目標を達成するための採用」になることがあり、するとズレが生じてしまいますね。

ビジョンにマッチしない人材は組織を弱らせる

河合:羽田さんがこれまでに経験された「ズレ」として、印象に残っているものを教えてもらえますか。

羽田:書籍『日本一働きたい会社のつくりかた』(PHP研究所刊)にも書きましたが、 スキル重視の中途採用をした結果、ビジョンやカルチャーに合致したチームをつくりあげるのに遠回りしてしまった反省があります。新卒はもともと、「ビジョンに合う人しか採用しない」と基準を明確にしましたが、中途採用はつい即戦力に頼ってしまいました。

当時は中途採用の最終面接は社長から事業部長に権限委譲していましたが、事業部長からすれば、事業が急成長していたため、すぐ活躍できる人が欲しい。ビジョンやカルチャーとのフィット感が乏しくとも、欲しい能力の持ち主が現れたら、焦って採用してしまいがち。でも、それが続くと無駄なコミュニケーションや組織間の諍いが増加し、組織として弱体化する。当社では結局、最終面接における決定権を、いったん社長と僕に戻し、目線が合ってきたら事業部長に戻すという方法をとりました。

河合:スタートアップでは、最終面接はやはり、社長が行う企業が多いと思いますが、そこは規模が大きくなっても変わらないものですか?

羽田:当社の場合は、社長の井上と僕との間で、それぞれが最終面接を担当する部門を毎年調整しています。ただ、このあたりはトップの性格にもよりますね。井上は豪快にガンガン突き進む反面、慎重に判断する側面もありますので最終面接を行っていますが、他社の人事の方から聞くと、社長さんによってはとにかく事業を拡大するのが得意でガンガンいくタイプで、面接もガンガン通してしまう方もいらっしゃると聞きます(笑)。その場合は、採用の専門家である人事に任せたほうがうまくいくかもしれません。

河合:私個人としては、企業にとって社長は「最後の砦」だと思うんです。社長はいわば、自らの掲げたビジョンの体現者。だからこそ、私たち人事は、そのビジョンの受け手となり、実現するのに最適な布陣を組むべく、採用を行う。 時には、ビジョンに合わない人に内外含めた新しい環境を促すという、シビアな側面もありそうですが、 それについてはどうでしょうか。

羽田:当社には 「社員を最後まで諦めない」 という人事ポリシーがあります。例えば、スキル的に厳しい場合はその人の力を発揮できそうな部署への異動を促すこともありますし、ビジョンの重要性を分かってもらえない場合は、分かってもらえるまでいろいろ話したり、研修やったりといったこともしています。いずれにしても、そう簡単に「(企業という名の)バスから下りてくれ」とは言いません。ただし、昇格できなかったり、役職者の場合は役割変更したりすることはあります。

河合:ありがとうございます。大変勉強になります。変化が激しいベンチャーだからこそ、会社と、働く社員方々との継続的な関係性の構築や維持は、大切な役割でもありますね。

モチベーションを高めるのは、信頼と言行一致

羽田:社員のモチベーションを上げる要因は事業内容から仕事内容、給与やオフィス環境などさまざまですが、 重要なのは「一貫性」 だと思っています。とくに、ベンチャー企業の転職市場を見ていると、優秀な人材が求めるのは決してお金だけではない。その会社のビジョンに共感できるかどうかという観点で、かなりの人が動いているようです。

河合:おっしゃる通りですし、とても共感します。

羽田:ただし、いくら会社が素晴らしいビジョンを掲げていても、いざ入社してみて 「言っていることとやっていることが違う」となれば、社員はやる気を失います。 優秀な人ほど行き先はいくらでもあります。優秀な人を採用し、かつ、働き続けてもらうのには、魅力的な旗印――ビジョンを掲げ、一貫性を持って経営活動を行うことが重要です。

河合:確かに。企業が目指すビジョンがしっかりと提示されていて、そのビジョンに魅力を感じて集った場合、新規事情を立ち上げる上での背景や方針、計画などの説明がほとんどいらないことに驚かされます。ラクスルの場合は印刷事業からスタートし、その後、2つ目の事業の柱として物流業界に対してのビジネスに展開しています。それぞれ分野はまったく異なりますが、「マーケットが大きく、産業構造として非効率な所をインターネットの力で変えて、世の中を良くしていく」というビジョンやミッションは明確なので、社員の納得度も高いと感じています。結果、コミュニケーションコストが下がり、ビジネス展開のスピードアップにもつながっていると実感しています。

(取材・文:島影真奈美 撮影:渡辺 健一郎 編集:上野智)