日経ビジネスONLINE Special週刊日経ビジネスオンライン SPECIAL日経ビジネスオンライン

第7回・ イノベーションと社長のビジョン

早稲田大学大学院・入山章栄准教授に聞く

日経BP総研 中堅・中小企業ラボ

2018年8月27日(月)

東京・武蔵境自動車教習所の髙橋明希社長が、経営者としての腕をさらに磨くため、キーパーソンから「人材採用・育成」「働きがい」などについて学んでいくシリーズ。第7回目は早稲田大学大学院経営管理研究科・入山章栄准教授がゲスト。今回の対談のキーワードは、「知の探索」と「腹落ち感」だ。

イノベーションは知のつながりが生む

髙橋:私は米スタンフォード大学留学を経て、2017年、米シリコンバレーに日本と米国の事業の橋渡しを手掛けるコンサルティング会社、ブリリアントホープを設立して今、ほとんど米国にいます。

 そもそも米国留学を決めたのは、入山先生の著書を読んだことがきっかけです。この本で「両利きの経営」というコンセプトを知り、「これだ!」と思いました。

入山章栄准教授(以下、入山):そうおっしゃっていただけるとうれしいですね。簡単に説明しておくと、「両利きの経営」とは、まるで右手と左手が上手に使える人のように、「知の探索」と「知の深化」について高い次元でバランスを取る経営のことです。

 イノベーションは、既存の知と別の既存の知とがつながることから生まれると言われています。これは経済学者シュンペーターが「新結合」という名で80年以上前から主張していることで、いまだにイノベーションの根底のメカニズムの一つと学者には考えられています。なぜなら、人間はゼロからは何も生み出せないからです。新しいことは、常に知と知の新しい組み合わせなのです。

 とはいえ、1人の人間が知り得る範囲は認知的に限りがあります。よって、さまざまな情報を探索して(知の探索)、知の新しい組み合わせを考えることが重要です。そして、一定分野の知を継続して深めることを「知の深化」と呼びます。

 ただ一般に、企業やビジネスパーソンは知の深化のほうがラクなので、そちらに傾斜しがちなのです。しかし、それだけではイノベーションは生まれません。だからこそ、遠くを幅広く見る「知の探索」を取り戻すことが日本企業には必要、と著書でも述べたんですよね。

入山章栄(いりやま・あきえ)氏
入山章栄(いりやま・あきえ)氏
早稲田大学大学院経営管理研究科准教授。慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院修士課程修了後、三菱総合研究所で調査・コンサルティング業務に従事。2008年米ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.(博士号)取得。米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサーを経て、13年から現職。著書に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)などがある。
写真:菊池一郎

髙橋:自分が普段関わっている分野から、できるだけ離れた領域に触れることで、新しいアイデアを生み出す。これが知の探索だとありましたよね。その言葉を実践して、思い切ってシリコンバレーに来たのです。

 私は武蔵境自動車教習所(東京都武蔵野市)の社長を務めています。おかげさまで現在、業績は好調ですが、いずれ完全自動運転の時代が来るでしょう。当社ではそれを見越して、2030年で自動車教習所をやめると廃業宣言しました。それまでに何とか新しい事業のタネを見つけようと、教習所は会長である父や幹部社員に任せ、私は米国で知の探索をしているというわけです。

入山:実は今、髙橋さんのように何らかの方法で知の探索をして、事業に“化学変化”を起こしている後継者が増えていますよ。

 例えば、由紀精密(神奈川県茅ヶ崎市)はもともと社員20人程度の公衆電話の金属部品を作る町工場でしたが、3代目の大坪正人氏が社長に就任後、航空・宇宙分野に進出。業績が急回復しました。

 大阪府東大阪市の町工場で育った3代目、高野雅彰社長が立ち上げたDG TAKANOは、水の使用量を最大95%削減する超節水洗浄ノズル「バブル90」を開発。これで世界の水不足問題を解決するというビジョンを掲げ、シリコンバレーに拠点を構えたほか、現在は欧州の市場を攻めています。

 これらは全部、同族経営・ファミリービジネスの後継者が「知の探索」をした結果として起きた、イノベーション企業です。