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第10回・徳川家康――福島正則

「わしは内府殿に進んで荷担する!」

 慶長5年(1600)7月24日、会津上杉征伐のため下野小山に着陣した家康のもとに、石田三成挙兵の詳細が報告された。家康は愕然とする。三成方の軍勢――総勢10万は想定外だったからだ。

 不安に駆られた家康はどうしたか。すでに小山周辺には正則ら豊臣恩顧の諸将も多く着陣していたが、彼はまず、三河以来の譜代の家臣、あるいは直臣だけを招集した。このあたり、いかにも家康らしい。

 軍議の席上、当時、家康の側近だった本多正信(1538~1616)は、箱根の嶮を固く守り、東上する西軍を迎え撃つよう献策。一方、その場にいた井伊直政(1561~1602)は正反対の積極策を進言する。

「物事には勢いというものがあります。いま、勢いに乗って西上すれば、決して我らは敗れませぬ」

 家康は肩に重くのしかかる徳川家の命運を意識しながら、直政の積極策を採用しつつ、正信の意見も心に留めた。

 そして翌7月25日、緊急の軍議が開かれる。これを“小山評定”という。冒頭、上杉征伐に従った諸将の妻子を人質にとり、三成が上方で挙兵したことが伝えられた。家康は言う。

「妻子の安全を第一に考えるのは当然のこと。三成に荷担するのであれば、遠慮せず陣を引き払われよ」

 ぽつりぽつりと家康支持の声があがるなか、大声が響き渡った。

「妻子を上方に残したのは秀頼さまへの忠義の証、三成の人質にするためではございませぬ!」

 諸将の間にどよめきが起こる。無理もない。豊臣恩顧を代表する正則が、そう声をあげたのだ。

「わしは内府(家康)殿に進んで荷担する!」

 このときの正則の発言は事前に家康から依頼されていたとも、数年後の豊臣家――豊臣家を徳川幕府下の一大名として残すことを見越して自ら積極的に発言した、ともいわれている。いずれにせよ、彼の決断によって、その場にいた豊臣恩顧の諸将たちが家康荷担を表明した。

 場の雰囲気が高まるなか、家康は自らの立場、正当性を強調することも忘れていない。

「この戦は、われが豊臣政権の五大老筆頭として、逆臣、石田三成を討つものである」

 約2カ月後の、関ヶ原の戦いの結果は周知のとおりだ。

家康にあって正則になかったもの

 関ヶ原の戦いに勝利した家康は、徹底した戦後処理をおこなう。彼は敵対した大名の領地を大部分没収し、大々的な配置転換を断行。中国地方以西へ豊臣恩顧の大名を移したのとは対照的に、京都から関東にかけては一族や譜代の家臣を中心に固めた。

 このとき豊臣家は220万石から摂津・河内・和泉3カ国65万石の一大名となり、正則は清洲24万石から安芸広島49万8千石となった。広島移転に際し、正則は京都三本木の北政所を訪ねた。彼は言う。

「世間ではそれがしを、忘恩の徒と申しておりますとか。何といわれましょうとも、太閤殿下のご遺児・秀頼公が再び、三成のようなものに担がれ、天下を乱すことのないよう。内府殿のもとで、立ち行くようになれば、それでいいのでございます」

 正則は“裏切り者”の汚名を着てでも、主家である豊臣家を残そうとした。

 繰り返すが、殺るか殺られるかの“弱肉強食”の時代――周囲に“裏切り”だなんだと後ろ指をさされても、“家”の存続を第一に考えるのは当然のことだ。決して彼を責めることはできない。

 ただ、豊臣恩顧を代表した正則には次代のビジョンがなかった。

 一方、家康は慶長8年(1603)2月に征夷大将軍となり、2年後に、それを嗣子秀忠に譲ることによって天下に徳川幕府の世襲制を宣言している。その後も彼は大御所として実権を握り、一族・譜代を重用しつつ、優秀な人材であれば武士のみならず僧・商人・学者なども登用し、江戸幕府の礎を築いていった。

 そして慶長19年(1614)から翌慶長20年にかけての大坂の陣で、家康は秀頼を総大将に担いだ豊臣家を滅亡へと追い込む。このとき彼は正則の大坂方への寝返りを警戒し、江戸城留守居役として彼の行動を封じ込めてもいた。翌元和2年(1616)4月17日、家康はこの世を去る。享年75。

 家康の跡を継いだ秀忠によって正則の福島家が改易となったのは、この3年後のことだ。

 小山評定の時点で、家康には徳川家が目指すべき次代のビジョン、それが失敗したときの次善の策がいくつもあった。そして、それらは秀忠ほか一族・譜代の家臣、その配下の者たちに遺漏なく伝えられていた。

 家康にあって正則になかったもの――次代のビジョンと失敗したときの次善の策。

 雇用の流動化により、社員の入れ替わりが頻繁になる今こそ、自社の歴史や将来のビジョン、中長期経営計画などを常に全ての社員と共有しておくことが重要だと、家康は教えてくれる。