世界最大の海運企業とIBMの挑戦ブロックチェーン技術を活用したエコシステム構築〜非効率なサプライチェーンを劇的に改善〜

グローバルに事業展開する海運サービス企業、マースクラインとIBMは、ブロックチェーン技術をベースとした国際貿易プラットフォーム「TradeLens」を共同開発した。2018年12月に商用サービスを開始したこのプラットフォームは、非金融領域におけるブロックチェーン活用の先行事例として、注目を集めている。ブロックチェーンは今後の企業ビジネスをどのように変えるのか。キーパーソン2人に聞いた。

紙ベースの非効率な業務プロセスを劇的に改善

──まず、TradeLensの仕組みについて教えてください。
平田
 はい。仕組みは図のようなかたちになっています。
平田
 商取引には「商流」「物流」「金流」「情報流」という4つの流れがあります。

 このうち、国際貿易で最もボトルネックになっていた情報流を担い、物流を可視化させるのが国際貿易に特化したプラットフォーム、「TradeLens」です。

 国際貿易におけるエンド・ツー・エンドの流れを考えてみてください。 例えば、ある商品を工場からトラックで港に運び、コンテナに積み替えて船に載せ、外国に輸出する流れがあります。受取人の手に渡るまで、約200のイベントが発生します。「船会社に予約を依頼」「荷造りを完了」「コンテナをピックアップ」「税関許可済」など、現在はそれぞれ書式の異なる紙の書類でやりとりされているこのイベント群を、TradeLensは一気通貫でデジタル化します。

 まさにTradeLensの名前の通り、Trade「貿易」をLens「(カメラの)レンズ」のように一貫して捉えるのです。 これにより取引が可視化され、先ほど紹介したような不正リスクや各工程の作業、コストのムダを取り除くことが可能になります。

髙田
 また参加プレーヤーが非常に多いことが国際貿易の特徴ですが、そうした多くのプレーヤーに対して平等に情報共有を図ることが、ブロックチェーンの得意とするところです。もちろんビジネスなので、全取引情報を全員に公開するわけではありません。荷主、船会社、フォワーダー(輸送手段を外部から調達し、荷主と直接契約して貨物輸送を行う事業者)陸運業社、税関、港湾事業者まで、役割に応じて共有する情報はきちんと区分します。 そこで生きてくるのが、IBMが推進する「許可型ブロックチェーン」の考え方です。

 近年、許可型ブロックチェーンをベースにした非金融領域のプロジェクトに注力していますが、マースクライン様とのコラボレーションもそうした一連の取り組みの中で始まりました。許可型ブロックチェーンは、ビットコインなどが採用する「パブリック型ブロックチェーン」と対を成すものです。情報をあらかじめ許可した関係者のみに公開することができるため、コンプライアンスやガバナンス強化といった視点が欠かせないビジネスでの活用においてカギとなります。この許可型ブロックチェーンをベースとしたTradeLensを基盤にすることで、ガバナンスを利かせつつ、プレーヤーそれぞれが、欲しい情報を、欲しいときに得られるようになるわけです。

関わる企業組織すべてにメリットを生む、
TradeLensのエコシステム

マースクラインAS 北アジア コマーシャルマネージャー トレードレンズ 博士(経営学) 平田 燕奈氏
──商用サービス開始に向け、現在の参加企業や組織などの状況はいかがですか。
平田
 現在、当社を含めた4つの船会社、および世界40を超える港湾事業者、8カ国の税関、大手荷主などを含め、100以上の組織に参加いただいています。

──TradeLensは、それらの企業の課題をどのように解決するのでしょうか。既に見えている効果などがあれば教えてください。
平田
 実証実験に参加いただいた企業からは、既にビジネス効果が出ている旨の報告も受けています。例えば、ある荷主では、輸送プロセスで得られる情報量が以前よりも30%増加しました。また別の企業では、生産から輸出入、店頭に商品が並ぶまでのリードタイムを、実に65%も削減できました。

 TradeLensでは、取引のログが確認できるため、これまで確認できなかった情報の改ざんについて追跡が可能です。税関でのリスク分析時間が削減でき、荷主の待ち時間、つまりリードタイムの削減につながります。さらに、コンテナに関する情報をTradeLens経由で取得できるため、港湾でのリソースプランニングや物量に応じた場所の確保が可能です。ターミナルや陸運業者の生産性向上、港湾での混雑改善といった効果にもつなげることができます。

──また、TradeLensを提供することで、マースクライン、IBMは何を目指しているのですか。
平田
 マースクラインは一船社として、TradeLensに参加しています。その観点から申し上げると、参加しているすべての船社が受けられる恩恵は、大きく2つあります。1つは、お客様である荷主のビジネス課題解決です。これまで荷主の多くは、荷物の状態、所在地が見えにくいコンテナ輸送を、ブラックボックスのように感じてきたはずです。不安はあるが、そういう仕組みなので受け入れるしかない——。この状況を解消することで、荷主は輸送プロセス全体を見通したビジネス計画の策定や、コスト・人員といったリソースプランを実施できるようになります。それがお客様の満足度向上につながり、ビジネスのパートナーシップ強化にもつながっていくと考えています。

 もう1つは、より広い視点でのビジネスへの貢献です。業界が大きな課題を抱える中、業界シェアの高いマースクラインが、業界の新たな仕組みづくりに貢献することが急務だと感じていました。それには、サプライチェーンの関係者すべてが参加できる、公平かつオープンなプラットフォームが必須です。IBMは、そのために必要な技術やノウハウ、およびグローバルな事業ネットワークを有しているほか、「業界全体の課題解決に取り組む」という思いも、共有することができました。それがパートナーシップを決定した大きな要因です。

髙田
 ありがとうございます。IBMも、より多くのお客様にブロックチェーンを利用していただくことで、一層のビジネスプロセス改善や、イノベーションをご支援できればと考えています。

得たノウハウを、
より広範な業種・業界に向けたサービスに役立てる

日本アイ・ビー・エム株式会社 インダストリー・ソリューションズ事業開発 ブロックチェーン・ソリューションズ 事業部長 髙田 充康氏
──今後、TradeLensはどのように進化していくのでしょうか。サービスや、2社の事業の将来展望を教えてください。
髙田
 TradeLensは中立的なプラットフォームなので、今後も参加プレーヤーを増加させていきます。それによりさらなる詳細情報の取得が可能になり、エコシステムの価値を高めることにもつながるからです。

 一方、ブロックチェーンの商用化は市場での成功例が少ないため、エコシステム拡大に向けては多種多様な企業・組織との関係構築がチャレンジです。

これまでも、各国の官公庁や貿易協会、税関といった組織とも連携しながらビジネスを進める必要がありました。今後、継続的にTradeLensの参加者を募っていく中では、今回得たノウハウや実績が必ず役立つと考えています。

平田
 将来的には、より新しいかたちのコラボレーションも拡大していきたいと思っています。TradeLensのエコシステムの参加プレーヤーは、「ネットワークメンバー」「クライアント」「アプリケーション提供者」の3つに大別できます。ここまで紹介してきたのは、船会社や港湾事業者、税関といった可視性を提供する「ネットワークメンバー」と、荷主やフォワーダーなどの可視性を取得する「クライアント」です。

 商用サービス開始にあたって、さらなる拡大・発展に向けたカギを握るのが、「アプリケーション提供者」です。TradeLens上にマーケットプレイスを開き、そこで貿易関連のアプリを開発する事業者の呼び込みを考えています。異なるタイプの参加者が増えることで、エコシステム全体の多様性や魅力を高めていく。そんな循環を実現したいですね。

髙田
 TradeLensは、今後の海運サービスを大きく変える可能性を秘めていると自負しています。また、より一般化するなら、「多数のプレーヤーが、“バケツリレー型”で情報伝達を行っている」ような世界観において、ブロックチェーンは同様の効果をもたらすことができるでしょう。当社も、より一層多様な領域でのブロックチェーン活用に向け、これからもお客様と共に挑戦していきたいと考えています。

平田 燕奈氏 髙田 充康氏
※2018年12月11日、商用化が開始された時点
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日本アイ・ビー・エム株式会社 URL:http://ibm.biz/mail-retail