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量子コンピューター時代にどう備えるべきか

量子コンピューター
実用段階に入った量子コンピューター。これによりビジネスはどう変わるのか、企業はどう向き合えばいいのか。
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スーパーコンピューター(以下、スパコン)でも答えが出せない問題を瞬時に解いてしまう量子コンピューター。すでに“最新のスパコンを凌ぐ”量子コンピューターは実用化の計画段階に入ったといわれる。では、それにより何が可能になり、ビジネスはどう変わるのか。量子コンピューターの研究開発を進める専門家やデータビジネスに詳しい有識者、データビジネスを提供する企業などが一堂に会し、量子コンピューターとビジネスを考える経営戦略セミナー「量子コンピューティングはビジネスをどう変えるか?」が都内で開催された。

未来は自らの経営力で創るもの

伊藤 羊一 氏
ヤフー株式会社
コーポレートエバンジェリスト
Yahoo!アカデミア学長
伊藤 羊一 氏

 基調講演は、ヤフーのコーポレートエバンジェリストであり、同社の次世代を担うリーダーを育成する企業内大学「Yahoo!アカデミア」の学長を務める伊藤羊一氏が行った。テーマは「ビジネスの現場が一変する〜AI、データ活用の現状から量子コンピューターへの期待まで」である。

 伊藤氏は「今、ITに第三の波が来ています。ビッグデータ、IoT、AI(人工知能)の先に、量子コンピューターなどのさらなる発展が位置づけられます」と語る。共通して重要になるのは、データだ。伊藤氏はヤフーがデータを活用して、いかにスマホサイトの滞在時間を延ばし、クリック率を上げてきたのかを実例を交えて紹介した。

 「様々な予想にデータを活用するようになってきています。それを人事領域でも適用できないかと始めたのが、ヤフーのPeople Analytics Labです」と伊藤氏は、自身がこの1年間に関わってきたプロジェクトを紹介する。2017年4月に設立された同ラボでは、採用から働き方まで1人のデータを1レコードでつなげる取り組みを行っているという。

 IoTで全てのものがインターネットとつながっていく現在のトレンドをみれば、データが爆発的に増加していくのは誰の目にも明らかだ。それをどう使うかが経営力である。伊藤氏は「ビジョンを描き、明確な論理と言葉を持ち、チームワークで勝利する。この3つで経営力を高めなければなりません。未来は予測するものではなく、創るものなのです」と語った。

量子コンピューティングで変わるビジネスの世界

森本 典繁 氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
執行役員 研究開発担当
森本 典繁 氏

 続いて日本IBMの執行役員 研究開発担当の森本典繁氏が「量子コンピューターが拓く未来」と題し、量子コンピューターの解説と最新の動向を紹介した。「量子コンピューターは、量子というとても小さな世界の不思議な現象を利用しています。量子効果はあまねく自然界に存在しているにも関わらず、人工的に量子を操作するには非常に高度な技術が必要です」(森本氏)。

 IBMは数十年前から量子効果の研究に取り組んでいるが、特にここ10年の間には画期的な発明・発見があり、飛躍的な進化が見られたという。「90年代に日本の科学者が量子状態の制御に成功したことで、2000年以降はさらなる量子の安定化が実現し、ついに量子コンピューターを実際に作る段階に進むことができた」と森本氏は語る。

 同社が開発する量子コンピューターはあらゆる用途に使える万能の量子コンピューターであり、その能力は情報を扱う単位である量子ビットで表現される。ただし、これまでのビットのように0か1ではなく、同時に0と1の状態を持つことが特徴だ。この“重ね合わせ状態”によって、これまでの常識を超えた計算能力を誇る。

 「量子ビットの数が増えることで指数関数的に処理能力が向上します。IBMではすでに20量子ビットの商用量子コンピューター『IBM Q』を開発し、クラウドを介して提供しています。研究所では50量子ビットのプロトタイプを安定稼働に向けて調整中です。これは最新のスパコンを凌ぐ性能を有しています」と森本氏は最新事情を語る。

量子コンピューター活用の展望

 現在、慶應義塾大学と先進企業数社で構成されるIBM QネットワークハブにおいてIBM Qをどう使うかという実践的な研究が進められている。森本氏は「研究にはAIや創薬など4社が参画し、金融班と材料班に分かれてそれぞれのテーマについて、新しい量子コンピューティングのアルゴリズムの発見に取り組んでいます」とその取り組みを紹介した。

 森本氏の後を受ける形で登壇したのが、日本IBM執行役員の池田和明氏だ。池田氏は戦略コンサルティングという立場から「クオンタム・ビジネス」(量子ビジネス)と題して量子コンピューターのビジネス上の可能性と、そのためにどう準備すべきかを語った。

池田 和明 氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
執行役員 グローバル・ビジネス・サービス事業本部
戦略コンサルティング&デザイン統括
池田 和明 氏

 「量子コンピューティングは、大規模な非構造データ探索や機械学習の高速化を実現します。加えて、大規模かつ複雑なモデルによるシミュレーションの高速化を可能にします。有望視されている適用領域は、ロジスティクスや金融ポートフォリオの最適化問題、そして新物質を探索する量子化学の領域です」と池田氏は語る。

 しかし、池田氏が注目するのはこれらの領域だけではない。「高速化によって、モデルに内在する答えの可能性を“総当たり”できることは、ある意味パラダイムシフトです。ビッグデータ分析から帰納法的に答えを出すだけではなく、モデルから演繹(えんえき)的に最適な答えを探索することが可能になります。事業計画、研究開発、サプライチェーン、販売・マーケティングといった企業の活動をモデル化し、問題を定式化することで、様々な領域で量子コンピューターが活用できると考えています」(池田氏)。

 そこで課題となるのが、現実の世界をどうモデリングするのかという点だ。池田氏はモデル化と定式化のための有効なアプローチとしてシステム・ダイナミクスを挙げる。「昔からある手法ですが、量子コンピューターがあればより大規模で複雑なモデルを構築して課題解決につなげられます」と話す。

 また、池田氏は「現時点では空想の域を出ない」と前置きをしつつも、「複数の戦略の評価のためのシミュレーションから、最適な戦略を発見するためのシミュレーションが可能になる。そして環境条件の変化にリアルタイムに最適戦略を更新するなど“未来に向けて何をすればいいのか”がわかるようになるかもしれません。そのとき経営者に求められるのは、大局からものを考える思考や構造化の能力、問題設定能力です」とコメントした。

量子の時代に向けた人材の育成を

菊池 新 氏
株式会社ナビタイムジャパン
取締役副社長 兼 最高技術責任者
菊池 新 氏

 プログラムの締めくくりは、これまでの登壇者に加えてナビタイムジャパンの取締役副社長 兼 最高技術責任者の菊池新氏を迎え、「量子コンピューティング革命にどう備えるべきか」というテーマでパネルディスカッションが行われた。

 乗換案内サービスなどで知られるナビタイムジャパンは、経路探索エンジン技術を活用してB2B向けのビジネスや各種アプリケーションを提供している。菊池氏は「今は専用の並列計算機で経路探索を行っていますが、量子コンピューターが実用化されれば、もっと複雑な組み合わせでも計算が可能になり、よりパーソナライズされたナビゲーションができるようになると期待しています」と語る。

 量子コンピューターのインパクトと用途について森本氏は「量子コンピューターはこれまでの“クラシカルコンピューター”の延長線上にはありません。地上を走る列車ではなく、月に行くためのロケットみたいなもの。もちろん地球上の目的地にも行けますが、宇宙を目指したほうがメリットがあります」と話す。

 量子コンピューターの特性を最大限に生かすには、量子アルゴリズムの理解は不可欠だ。それと同時に、IBMはすでに量子アプリケーション開発キットやライブラリを公開しており、Pythonを理解するエンジニアであれば誰でも量子アプリケーションを作成し、量子コンピューターで実行することができる。それを聞いた菊池氏は「エンジニアとして特別なことが必要だと思っていました」と感想を述べる。ただし、利用するためにはモデル化が必須になる。伊藤氏は「基本は論理ありき。数学でも表現できないものは解けない」と理解を示す。

 「今、準備しておくこと」に対しての討論では、池田氏が「量子コンピューターがビジネスにもたらす価値を明らかにする検討をクライアント企業と一緒に取り組んでいきます。5年前にAIが価値をもたらすユースケースを発見するために世界的に展開したのと同じです」とIBMとしてのスタンスを語る。

 また、森本氏は「本当の意味でワクワクするのは、これまでのクラシカルコンピューターで計算するには現実的でなく“禁じ手”とされていた課題すら、量子コンピューターの活用により現実時間内で計算できる可能性。これまでの常識に縛られることなく、想像もできなかったことにチャレンジできるクオンタム・ネイティブな人材を今から育て始めてほしい」とし、池田氏は「ビジネス上の価値を発見し、その実現を支援するのがコンサルタントの役割です。そのスキルを持ったクオンタム・コンサルタントを社内で育成していく」と意欲を語った。

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