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感動のあるサービスを止めないためには?

「モノ」から「コト」の時代にITサービスマネジメントが求められる理由

「モノ」から「コト」の時代にITサービスマネジメントが求められる理由

「コト」体験を円滑に提供するには顧客エンゲージメントの再構築が不可欠

 鉾木氏は、「サービスの定義が変われば、それを提供する時間の幅も変わります」と語る。

 「例えば、プロ野球観戦のサービス時間は、かつては試合をする間の3時間半程度だと考えられていました。しかし、実際のファンの体験は『いつ野球を見に行こうか?』と予定を立てるところから始まっているわけです。スマートフォンでチケットを買う、当日スタジアムに行くまでの計画を立てる。少し早めに行ってショップで何かを買おうかとか、終わったらスタジアムに併設されたバーで勝利の余韻に浸りながら飲もうとか。そうなると、本来は3時間半だったサービスの時間が6時間にも9時間にも広がります」(鉾木氏)

 時間の幅を広く捉えれば、提供できるサービスの幅も広がる。

 「ひいきの球団が逆転サヨナラ勝ちを収めた2日後に、球団から『記念Tシャツを販売します』というメッセージが届いたことがありました。日をあけずに“形”になったTシャツが、ファンの感動を持続させるわけです。ほかにも、試合開始前に見どころをまとめた『GAME PREVIEW』情報を配信し、観戦後には監督名義で『応援ありがとうございます』という感謝のメッセージを送るなど、さまざまな気配りやサプライズでファンの方々に感動を与えることができます。既存のサービスの枠にとらわれず、いかに幅広い機会を利用してお客さまに感動を提供するか。それが、これからのビジネス競争を勝ち抜いていくために求められていることです」(鉾木氏)

 久納氏は、「そうした感動体験を円滑に提供し、常に進化し続けるために欠かせないのが、顧客エンゲージメントの再構築」だと言う。

 「鉾木が挙げた野球観戦の例で言えば、チケットを予約したお客さまにプレビュー情報を配信する、観戦後に感謝のメッセージを送るといったサービスは、『Aが発生したから、Bの行動を取る』という行動の連携がスムーズに取れる状況でなければ実現しません。このように今までとは違ったやり方で顧客をひきつける(エンゲージする)ためには、新たなサービスを立ち上げ、滞りなく提供する必要があります。そのためには提供する仕組みの見直し、すなわち顧客エンゲージメントの再構築が必要なのです」と久納氏は説明する。

野球観戦×サービスの例
消費者により大きな感動を提供するために、サービスの定義と範囲はどんどん広がっている。広範なサービスを円滑に提供するためには、顧客エンゲージメントの再構築が欠かせない。

ITサービスマネジメントはITインフラを管理するためだけのものではない

 意外に思うかもしれないが、顧客エンゲージメントを再構築するうえで重要なカギを握るのはITサービスマネジメントだ。

 ITサービスマネジメントと聞くと、IT機器やネットワークなどの管理を思い浮かべるかも知れない。しかし、何らかの障害が発生してサーバーがダウンしたり、ネットワークがつながらなくなったりすると、サービスやビジネスに大きな支障が出る。それは同時に、サービスを使うユーザーに、感動とは程遠い体験をもたらしていることを意味する。

 こうした事態を防ぐために、障害発生時に一刻も早く復旧させるインシデント管理、同じ障害を繰り返さないための問題管理、インフラ情報を最新に保つ構成管理、契約ベンダーを管理するサプライヤー管理など、実はITサービスマネジメントの中では幅広い管理体系が整理されている。本来、ITサービスマネジメントとは、ITインフラの後追いの管理ではなく、ITサービスの品質を継続的に改善する能動的な取り組みなのだ。

 久納氏は、「このITサービスマネジメントの考え方は、社内IT業務にとどまらず、社内のIT以外の業務、さらには、社外のお客さまに提供するサービスの管理にも、もっと適用するべきです」と語る。長年培われてきたITサービスマネジメントのベストプラクティスが、IT業務の高度化に有用なことはもちろんだが、そのエッセンスは社内IT以外の業務にも適用可能で、これが従業員体験を高め、ひいては社外の顧客体験を高める。

 「優れたITサービスマネジメント・システムは、デジタル化されたワークフローが、部署横断型の業務プロセスもEnd to Endで標準化し、業務経過を一箇所に集めて可視化してくれます。結果としてサーバー担当、ネットワーク担当、データーベース担当、アプリ担当と、サイロ化しがちなITサービスを、質の良い1つのサービスに束ねることができるのです。感動体験の基礎となるのは、間違いなくこういう仕組みです」(鉾木氏)

 「野球観戦の例に戻ると、『試合を行う』という球団が本来提供してきたサービスのほかに、情報やメッセージの配信、Tシャツの販売といった、幅広い付加価値をプラスすることで、より大きな感動が与えられるようになります。しかし、それらをトータルに提供するには、情報コンテンツづくりやTシャツの製作・販売を行う会社、通信ネットワーク事業者、ネット販売の決済を請け負う金融機関など、さまざまな外部の事業者と連携しなければなりません。1つのサービスに関わる社内の部門が複数にまたがるのであれば、部門間の連携も不可欠です。そうした社内外の連携が円滑化されてはじめて、感動体験をお客さまに滞りなく提供できるようになる。考え方の根っこは、ITも野球観戦も同じなのです」(久納氏)

 どんなに感動的なサービスをリリースしたとしても、プロセスや管理の不備が多く利用しにくいものであれば、顧客はたちまち興覚めしてしまうだろう。それによって、むしろ自社の評判を落としてしまう恐れもある。感動体験の提供によってビジネスを大きくしたいと考えるのなら、顧客エンゲージメントの礎としてITサービスマネジメントやその考え方を根付かせることは不可欠だといえる。

ITサービスマネジメントの土台があるからこそ感動体験が提供できる