事例研究・バリューアップ戦略

周辺環境の変化で競争力が弱まった。
起死回生の改修へ

西麻布の築50年ビルの再生術(前編)

2018/02/21
事例研究・バリューアップ戦略

変化の大きい首都圏、特に都心部では、建物の築年数が経つと老朽化と同時に周辺環境が大きく変化することがある。今回取り上げる早野ビルもその典型。店舗、オフィス、住宅の複合ビルとして誕生したものの、時間とともに周辺に住む人が減り、オフィス化した部屋の需要も落ち込んだ。こうしたなか、起死回生のために打った手とは……?

東京・港区西麻布。外苑西通りと六本木通りの交差点の角に1967年10月に竣工、2018年に築51年を迎えた早野ビルがある。

鉄筋鉄骨コンクリート(SRC)造10階建ての同建物は、竣工時はマンションで非常に目立っていた。首都高速3号渋谷線があり、4階建てのビルが隣接していたものの、周辺は2階建ての木造住宅など低層の建物ばかりが並ぶ地域だったからである。その頃の西麻布は、マンションが建ち並ぶ現状からは想像できないくらい鄙びた場所だったのだ。

建てたのは現オーナー早野雄一郎氏の祖父。日本橋で経営していた喫茶店を引き払い、次の投資先として目を付けたのが、地下鉄日比谷線の新駅建設予定があったこの地だったのだ。残念ながら新駅は住民の反対運動で頓挫したものの、建物はこの当時には目新しい高級マンションとして人気を博した。芸能人の居住者も多かったという。

竣工当時の外観。首都高速はあったものの、それ以外はほとんど建物はなく、周囲からは目立つ存在だった(写真提供:早野ビル)

竣工当時の外観。首都高速はあったものの、それ以外はほとんど建物はなく、周囲からは目立つ存在だった(写真提供:早野ビル)

住宅は専有面積40m²前後から55m²の、和室のあるごく普通の2DKだったが、当時としては最先端だった(写真提供:早野ビル)

住宅は専有面積40m²前後から55m²の、和室のあるごく普通の2DKだったが、当時としては最先端だった(写真提供:早野ビル)

エントランス脇には駐車場。当初1階には店舗が入っていたが、現在の1~2階には飲食店が入っている(写真提供:早野ビル)

エントランス脇には駐車場。当初1階には店舗が入っていたが、現在の1~2階には飲食店が入っている(写真提供:早野ビル)

その後、1980年代後半から1990年にかけてのバブル期には行列のできるアイスクリーム店やディスコ、カフェバーなどが林立、西麻布の地名は全国に知られるようになる。一方で、この建物の住宅としてのニーズは減少し始める。バブル前夜に誕生した広尾ガーデンヒルズが高級マンションのイメージを塗り替えたのである。バブル以降には周辺にワンルームマンションが増加、それらに比べると築年数、設備等で劣るという不利もあった。

そのため、早野氏の父の代には方向を転換、住宅をオフィスとして貸すようになっていた。それでも今より20年前くらいから空室が出るようになってきていた。父から事業承継したオーナーの早野氏自身がビル内に居住し、設備その他の不備にはすぐ対応するなど管理が良いことから、長く入居するテナントが多い。それでもやはり空室は出てしまう。そして、一度空室が出るとなかなか決まりにくくなってきたのがここ数年のことだ。

現在の外観。周辺にはワンルームを中心にしたマンション、オフィスビルなどが建ち並び、時代の変化を感じさせる

現在の外観。周辺にはワンルームを中心にしたマンション、オフィスビルなどが建ち並び、時代の変化を感じさせる

だれに相談していいかが分からなかった

そして、ついに4階のワンフロア、4室がすべて空いてしまった。それまで仲介を不動産会社に依頼するだけでなんとかなってきただけに、こんな時、だれに相談すべきかが分からない。ネットで検索して、中小オフィスビルの空室対策コンサルティングを行うバリューレイズに資料を請求した。実際の相談に至ったのはその1年半後である。

ビルオーナーにとって「相談先がいない」という問題については、他でもよく聞く話である。住宅を貸しているオーナーは世にあまたいるが、ビルオーナーは数少なく、ビルに詳しい不動産会社も少ない。しかも、ビルオーナーの多くは親から引き継いで経営に当たっており、ビル業界のことをよく知らないケースも多い。地元不動産会社に相談したところで知恵が出ることはなく、かなりの人が途方に暮れているはずだ。

右がオーナーの早野雄一郎氏、左がバリューレイズ代表の石田竜一氏。早野氏は見様見真似でビル内の修繕などの多くを覚えたそうで、何か不備があった場合にはすぐに対処するようにしているという(写真:中川寛子)

右がオーナーの早野雄一郎氏、左がバリューレイズ代表の石田竜一氏。早野氏は見様見真似でビル内の修繕などの多くを覚えたそうで、何か不備があった場合にはすぐに対処するようにしているという(写真:中川寛子)

さて、相談を受け、現地を訪れたバリューレイズ代表の石田竜一氏が最初に提案したのは退去後、そのままになっている室内の一部に最低限の手を入れること。

「4室のうち、2室を借りていた会社は滞納の挙句、原状回復をしないまま退去していました。それまでは、『空いたら借りたい』という人がずっといましたから、空室はすぐに埋まっていました。それで今回も造作を壊して空間さえ見せればテナントは決まると思っていましたが、石田さんはそれではダメだという。そこで350万円をかけて、モデルルームにする2室の内装工事を行いました」(早野雄一郎氏)。

改修前の4階の状況。通りに面した窓は魅力だが、この状況からリノベーション後の姿が想像できる人は少ない
改修前の4階の状況。通りに面した窓は魅力だが、この状況からリノベーション後の姿が想像できる人は少ない

改修前の4階の状況。通りに面した窓は魅力だが、この状況からリノベーション後の姿が想像できる人は少ない

最近では、「内装は自分たちの好きなように手を入れたい」というテナントもないわけではない。実際、同ビルの4階には事務所仕様のままで借り、自分たちで内装を整えたというギャラリーも入居している。だが、特に中小規模の会社では、自由に内装をやりたくても予算、人手がなく、また、荒れた部屋がきれいになった状況をイメージできない人も多い。それを考えると「最低限は手を入れたほうが、テナント候補の間口が広くなり、決まりやすくなります」と石田氏は話す。

そこで天井、配管を補修して白く塗り、窓の一部を潰し、そこにカウンターとコンパクトなキッチンを設置した。床は既存のプラスチック系のタイル(Pタイル)を剥がして、そこにクリアな塗装を施した。物件写真もプロが撮影して、独自の視点で物件を紹介する東京R不動産のサイトに掲載を依頼した。当時の周辺の坪単価の相場1万2000円より、やや高めに設定したが、すぐにテナントが決まった。

改修でカウンター、キッチンを作りつけた。床は既存タイルを剥がしてクリア塗料を塗っただけだが、以前の写真からすると見違えるようだ

改修でカウンター、キッチンを作りつけた。床は既存タイルを剥がしてクリア塗料を塗っただけだが、以前の写真からすると見違えるようだ

モデルルーム以外の部屋もDIY可能とうたって貸すなどの工夫を取り入れた結果、以前の内装のままで募集した部屋もモデルルームのアナウンス効果があったのだろう、徐々に決まり出し、やがて4階全室が埋まった。そのうちの1室は前述したギャラリーである。

4階を募集している間に空室となった3階の1室もテナントが決まったが、さらにテナントを誘致しなければならないフロアが残っていた。7階部分だ。実はもともと住宅だった40m²前後から55m²までの4室が、そのままの状態で長年放置されていたのである。

改装前の7階の様子。住居のままで、かつ残置物もあり、とても貸せる状態ではなかった
改装前の7階の様子。住居のままで、かつ残置物もあり、とても貸せる状態ではなかった

改装前の7階の様子。住居のままで、かつ残置物もあり、とても貸せる状態ではなかった

アート展示でビルの情報を発信

これをどう貸すか。まずバリューレイズが行ったのは、リニューアル計画を練っている期間中の空室を利用したアートイベントだ。アート展示によって、通常の中古の空きビル内覧会には来ない客層を集められる。ビルの情報発信のターゲットも広がる。石田氏は「人が集まるところには人を集める力がある」と考え、これまでも20回近いアート展示を実施した経験がある。それによって、数々の空きビルにテナントを誘致してきた。

早野ビルで行われたアート展示では、3日間で200人以上を集客した。アート展示をひらくことによって、この物件の最大の売りも分かった。

文:中川寛子、写真提供:バリューレイズ(特記なき写真)

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