日経クロステック

「世の中のためになる研究」という視点
異分野知識の融合と企業連携で推進する材料開発

複数の領域を横断することで、画期的な研究テーマや技術が生まれる。脳科学とITの知見を融合させた人工知能(AI)や、金融と数学の融合である金融工学などはその典型だ。これを体現する化学者の一人が、京都大学大学院の沼田圭司教授である。高分子材料化学という分野においても「ツールの選び方(アプローチ)次第で、これまでわからなかったことがわかるようになる」という沼田教授の、時代をリードする研究テーマの選定とその進め方、また成果を世に出すための企業連携について聞いた。

京都大学大学院 工学研究科 材料化学専攻 高分子材料化学講座 生体材料化学分野 教授 沼田圭司氏

京都大学大学院 工学研究科 材料化学専攻
高分子材料化学講座 生体材料化学分野
教授

沼田圭司

なぜ化学者・沼田圭司教授は
注目を集めるのか

高分子科学と生物学という別分野の学問の境界で研究を進め、様々な成果を上げているとお聞きしています。具体的には、どのような研究に取り組まれているのでしょうか。

沼田 幾つかある研究テーマの1つに、構造タンパク質の合成があります。構造タンパク質とは、生物の骨格を形作る自然界に存在する物質です。それがどのように機能しているのか高分子科学の手法で解析し、生物学的に調べ、生化学的な手法で合成して材料を作り出すのがこの研究です。

例えば、クモの糸ができる過程を分子レベルで初めて明らかにし、天然の分子モデルを参考にしてタンパク質を設計し直して、生化学的な手法での合成を可能にしました(図1)。酵素や微生物など、生物や生物の中にある物質の機能を活用して、新しい高分子を作り出す方法が生化学的な合成です。

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図1 クモの糸ができる過程を分子レベルで解明して、軽くて強靭な糸を生化学的な手法で合成

クモの糸を人工的に作ったのですか。

沼田 はい。ただし、クモの体内環境を構成する成分で明らかになっていないものもあるので、自然界のクモの糸と全く同じではありません。クモの糸ができる過程を参考にしながら、人間が扱える生化学的プロセスに適応できるように糸の分子構造を設計し直して、似た特性を持つ材料を作りました。クモの糸をそのまま再現できたとしても、それが役立つかどうかは別問題です。単に自然界と同じものを作るのではなく、似た特性を持った活用しやすい材料を自在に設計する技術が有用だと考えています。

ほかに、植物由来の材料の研究もしています。二酸化炭素と窒素という大気中にあるありふれた気体を固定化して、様々な物質を作る植物の機能を上手に扱うことで、新しい材料を作り出せる可能性があります。私たちは、世界で初めて植物のミトコンドリアゲノムに外来遺伝子を挿入することに成功しました(図2)。法整備が進んでいないのでなかなか難しい分野ですが、植物をうまく改変することで、米国ならば農業、日本ならば新規材料に活かせないか検討中です。

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図2 植物の細胞中のミトコンドリアに外来遺伝子を挿入することに成功

研究に向き合う姿勢と
モチベーションとは

沼田先生は、どのような性質を持つ材料の開発を目指しているのでしょうか。

沼田 力学物性を改善したり、新しい特徴を付与したりすることにフォーカスして材料開発しています。軽量で強靭な特性を併せ持つクモの糸の再現はその典型例です。そのほかにも、天然ゴムのように弾性に優れた材料などを研究しています。材料の力学物性に関しては、生化学的アプローチの導入によって飛躍的な改善が期待できる領域だと考えています。

なぜ、構造タンパク質の生化学的な手法による合成を研究テーマに選んだのでしょうか。

沼田 解明されていないことを学理的に明らかにしたいというモチベーションで取り組んでいます。生化学的な合成を材料に用いたのはカリフォルニア工科大学の化学者が最初で、まだ30年ほどの歴史しかありません。新しい材料を化学的に合成する知見を持つ研究者や技術者はたくさんいますが、生化学的な合成で材料開発を考える研究者はまだ少なく、そこに魅力を感じました。

より良い成果を効率的に得るために、どのように研究を進めているのでしょうか。

沼田 これはあらゆる分野に当てはまることだと思いますが、先人たちによって蓄積されてきた知見やデータをつぶさに読み解き、自分の研究テーマに活用できる発想や利用できる手法のヒントを探しています。また、国際コミュニティを活用した情報収集にも努めています。ただ、情報過多にならないように注意が必要です。

研究成果を広めるために
必要なこと

研究室で重視されている方針はあるのでしょうか。

沼田 研究室としては、メンバーが論文を継続的に世に出していけるようにサポートすることを常に意識しています。論文はプロジェクトのためでもありますが、研究者がキャリアアップするために必要なものです。

論文の掲載先は意識されていますか。

沼田 基本的にはインパクトファクター*は大切だと思いますが、私自身はその研究分野でよく読まれている、あるいは自分の学術的に価値があるだろうジャーナルに出そうと考えています。

ただ若い研究者は、論文の第一著者としてしっかり書き、研究者のコミュニティに認められている専門誌に論文を採択してもらうことが重要です。それをきっかけに小さくても予算を取り、研究を進めてまた論文を出すというサイクルを回せるようにならなければいけません。

*ジャーナルインパクトファクター:特定のジャーナル(学術雑誌)に掲載された論文が特定の年または期間内にどれくらい頻繁に引用されたかを平均値で示す尺度。

先生はアメリカで研究された経験がありますが、日本の環境と比べていかがでしょうか。

沼田 日本の環境が劣っているとは思いません。確かに、アメリカは多国籍でラボが運営され、刺激的でプロダクティブです。ただ、継続的な予算取りや、明確な成果が求められるのでプレッシャーも多い。中国は予算規模が他国と比べて異なると感じますが、結局ないものねだりで、一長一短があるのではないでしょうか。

研究成果の活用に
企業の存在は不可欠

大学で活発化する産学連携についてお聞かせください。沼田先生の研究室では、どのような形態で産学連携を進めているのでしょうか。

沼田 私たちの研究室では、1テーマに2社以上が混在して利益相反や情報がコンタミネーションしないように努めています。研究テーマの中には、基礎研究段階のものもあれば、製品化に近い段階のものもありますが、いずれも長いお付き合いをさせていただいています。

ビジネスという視点で研究テーマを選ぶことはあるのでしょうか。

沼田 産学連携の対象となる研究でも、あくまでも学術的に関心のあるテーマを選んでいます。その取り組みを見られた企業からコンタクトしていただき、互いに可能性を感じられれば共同研究を進めます。論文または学会発表も、企業の方に興味を持ってもらうきっかけになっています。

企業の研究者から学理的探求に役立つ気付きや情報はありますか。

沼田 各企業には、世界的な企業の研究者やアカデミアとの調整役がいます。その方と話をさせていただくと、産業界で今なにが求められているのか、また大学からでは見えにくい技術開発の現場の動きを知ることができます。そこから一緒に取り組むべきテーマが浮かんでくることがあります。産業界の生の情報は、インターネットで調べられないですし、アカデミアで教わることもできません。

また企業の研究現場では、年齢を重ねられると、前線での研究活動から外れてしまうケースがあるのは残念です。我々の得られる知識は論文からですが、失敗して世に出てきていないこともご存知で、ベテランの企業研究者の知見とノウハウはとても貴重です。

最後に、今後の展望と企業の研究者にメッセージをいただけますでしょうか。

沼田 私は高分子科学に主軸を置いていますが、基礎生物学も重視しています。ラボの半分は植物科学をはじめとした生物に関係した研究を進めています。特に、分子生物学と高分子科学の融合は初めてではないかと言われています。今後は、もう少し幅広い物性の生物材料をアミノ酸ベースでつくることを考えていますが、こうした研究指針は、学会や学術会議などで企業の研究者の方々と交わした会話が反映されているのかもしれません。

私たちは教科書に載るような知識を作り出すことはできますが、それを産業の成果として形にするためには綿密なブラッシュアップが必要です。私にはとてもできない仕事を、企業の研究者の方々に担っていただいていますので、とても尊敬しています。研究成果を世の中に役立てるためには、企業の研究者の力が不可欠ですので、是非とも企業研究を継続していただきたいと思います。

京都大学大学院 工学研究科 材料化学専攻 高分子材料化学講座 生体材料化学分野 沼田圭司氏

問い合わせ

クラリベイト・アナリティクス・ジャパン株式会社 〒107-6119 東京都港区赤坂5-2-20 赤坂パークビル19F https://clarivate.jp/
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