壱番屋の新たなデータ活用基盤の導入検討は、2021年からスタートした。中山氏はその狙いを次のように語る。「新たなデータ活用基盤では、Excelベースのデータの取り扱いをなくして効率化を図り、属人化を解消することを目指しました。加えて、統合された1つのデータを基に、多くの社員がスマートにグラフを見たり、スムーズにデータを分析したりすることができるシステムを作ろうと考えました」
また、POSシステムを新規に入れ替える過程では、新旧のPOSシステムが同時に稼働することになる。平岡氏は、「現状のPOSシステムで運用している要件を引き継ぎながら、新しいPOSシステムにも対応できるデータ活用基盤であることを条件としました。また、POSのデータを管理するサーバーを社内に持つことをやめたいと考えていたので、クラウドを前提に検討しました」と話す。
DX推進部ではいくつかのサービスを検討し、最終候補として2社に絞った。そして、その2社の導入支援パートナーに対して、実際の業務でのデータ活用を想定したPoC(実証実験)を依頼した。
この最終選考がユニークだったのは、検討プロセスにDX推進部だけでなく、実際のデータ運用や集計分析業務に携わる現場の社員も加わって行われたことだ。参加した現場の社員は30人以上に上ったという。その理由を中山氏は、「多くの現場に使ってもらうためには、使う本人が納得するものでなければいけないと考えました。PoCでDX推進部は進行役に回り、現場の意見を取り入れながら検討を進めました」と話す。
現場を巻き込んだPoCの結果、新しいデータ活用基盤は、システム開発企業のクロスキャットが提案した、Oracle Cloud Infrastructure(以下、OCI)で提供される「Oracle Autonomous Data Warehouse(以下、ADW)」と「Oracle Analytics Cloud(以下、OAC)」の組み合わせに決まった。
選定の理由を、中山氏は次のように話す。「新しいPOSシステムの詳細がまだ決まらない中で、データをダイレクトに格納できるADWと、柔軟なデータの可視化・分析が可能なOACの組み合わせを評価しました。またOCIは、もう1社のクラウドサービスと比べて、コスト的にもメリットがありました」。
また、クロスキャットによるOCIの提案は、情報が限られたPoCの段階でも、使う人の立場を考えており、分かりやすいインターフェースで現場部門の方々の評価が高かった。クロスキャットでプロジェクトをリードした福尾哲也氏は「店舗支援の方々が、店舗のオーナー様にどういうデータの見せ方をしたいのかを意識して、画面の作り込みを行いました。同時に、業務の中で手作業を減らしていけるように考慮しました」と話す。
新たなデータ活用基盤の開発プロジェクトは、2023年初頭からスタートした。並行して進んでいた新POSシステムが、2024年3月に初めて店舗運用を開始するため、それと合わせて稼働することをターゲットとした。「店舗は日々営業を続けており、売上データが取れない状況を作るわけにはいきません。新しいPOSの仕様を確認しながら、開発を進めました」(中山氏)。
また、稼働段階では、従来のシステムによって実現していた帳票出力などの機能は、1つの取りこぼしもなく同様にできるように開発した。「新しいデータ活用基盤になって、『これができない』ということがないように気をつけました。その上で、これまで難しかったデータの利活用や分析が行えるように様々な工夫を行いました」(平岡氏)。
加えて、データ活用基盤からデータを抽出して表示する「全社ポータルサイト」の開発もその1つである。OACを用いて、10種類を超える日々の帳票データのハイライトを1画面にまとめて直感的に分かりやすく表示している。店舗売上の速報値をはじめ、日本地図上に店舗を配置して、各店舗の売上状況をグラフィカルに表示して比較しやすいように視覚的効果を持たせるなど、店舗支援スタッフのモチベーション向上も意識した。
画面設計を担当したクロスキャットの茂庭香澄氏は「PoCの段階からメニュー別や男女比など売上の見せ方についてイメージしながら、利用する方々の見やすさや分析のしやすさを意識して開発しました」と話す。
システムの開発、運用面ではADWのメリットが多い。「マスターデータの更新や予実管理入力など画面開発が必要になりましたが、付属のローコード開発ツールOracle APEXを活用することで迅速に開発できました。運用においては、格納するデータ量の増加や、利用者が集中する時間帯など、負荷が上昇する場合がありますが、ADWの自動スケーリング機能は、その負荷に応じて柔軟にCPUリソースを無停止で拡張・縮小することができますので、詳細な稼働状況も監視しながら、ムダのない自動チューニングでの運用を行っています」と福尾氏は説明する。
壱番屋とクロスキャットによる開発は予定通り進み、新たなデータ活用基盤は2024年3月に稼働を開始した。
基盤刷新の目的の1つだったデータ運用の効率化は、大きな成果が出ている。店舗向けのレポートは、自動的に必要なデータを貼り込んだPDFを生成できるようになったため、本部の担当者がExcelでデータを抽出する作業は不要になった。「DX推進部では、およそ200%の作業効率アップと認識しています」と平岡氏は話す。
売上状況が一望できる全社ポータルサイトも、社内から好評だ。とくに経営陣からは「自分が現場にいるときに欲しかった」と言われるほど、日々チェックされているという。
新POSシステムにおいては、2025年4月ごろに予定される全店舗切り替え完了後、取得できるデータの粒度はさらに細かくなる。POSデータのリアルタイム分析によって、将来はキャンペーンの成果確認や、天候、季節などの外部データと売上の相関を分析し、需要予測につなげるなど、可能性は広がる。
「データ活用の敷居が下がったことで、現場からの要望はさらに増えています。新しいデータ活用基盤は追加の画面を作ることも簡単にできますので、業務別ダッシュボードなどの追加も始めています」と壱番屋DX推進部主任の伊藤慎泰氏は語る。
壱番屋では、2030年をターゲットにした長期経営方針「壱番屋長期ビジョン2030」を策定している。その中では、「わくわくで未来をつくる」を掲げ、失敗を恐れずチャレンジを続けることで未来を創造することを宣言している。
「社員が誰でも簡単に、欲しいときに欲しいデータを直感的に扱えるプラットフォームができました。これを武器にして、わくわくするデータ活用が進むよう、店舗支援のためのシステム開発を続けます」と、中山氏は最後に語った。

