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HR最前線~企業の成長戦略を担う人材マネジメントとは~

労働力不足が叫ばれ優秀な人材を獲得することが難しい今日、CEOをサポートしながら人事の責任を担うCHO、CHRO、CPO(人事最高責任者)の働きが非常に重要になってきている。企業の成長戦略に欠かせないHR担当者の役割や資質に関して、米国と日本では違いがあるのか。採用、育成、離職率防止などの人材マネジメントは、今後どのように進んでいくのか。ビジネスの第一線で活躍する、人事のスペシャリスト6人が語った。(氏名五十音順)

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―――CHO、CHRO、CPOという呼称は、日本ではまだあまり浸透していません。まずこれら(以下CHRO)の役割について日米の違いを見てみましょう。バルボーネさん、米国の状況を伺えますか。

バルボーネ:CHROの役割は日々変化していますが、最近ではビジネスで重要な決定に関わるポジションになってきています。人事的な手続きとともに、どのようにイノベーションを起こし人材を動かすのかがCHRO の焦点になっています。これは米国だけの問題ではなく、日本でも起きていることではないでしょうか。

 CHROの重要な仕事の1つはCEOを補佐し、企業にとって大事なことを特定して成功に導くことで、5年前にはなかった役割だと思います。近年米国では上場企業の70%が、「投資家向けの収支報告に費やす時間のうち最低30%は、人材のために使っている」ということです。

―――米国では投資家が注目する企業価値を伸ばすため、人材マネジメントを成功させるようCEOを支援するのがCHROの役割なのですね。CHROの役割やヒエラルキーについて、日本企業の状況をお教えください。

江上:10年前はCHROという概念はなく、人事は与えられたアサインメントを実現させる“ファンクショナル・ヘッド”という印象でした。しかしこの10年で変わってきています。ビジネス戦略に基づき、イノベーションを起こすにはどんな人材が必要か、CEOと同じ目線で会社全体を見てHR専門家としてサポートすることが求められています。ただそれは理想の姿で、メンバーとはギャップもあります。人事制度を変えたり研修をしたりすることだけが目的になってしまっているメンバーもいるので、こうしたギャップを埋めるのが課題です。

梯:人事の役割については、数十年前にミシガン大学のデイビッド・ウルリッチ教授が「戦略パートナー」「管理のエキスパート」「従業員のチャンピオン」「変革のエージェント」の4つと定義しました。伝統的な人事の役割は「管理のエキスパート」「従業員のチャンピオン」でしたが、VUCAと言われる今の時代は「変革のエージェント」やHRBP(Human Resource Business Partner)のような「戦略パートナー」の役割にシフトしてきています。ただ個人的には、人事の役割はHRBPだけでなく「組織の良心」がないと人がついてこないと思うので、バランスの問題ですね。

 また日米では、人事担当者の専門性に差があると思います。私が調べたところ、米国では5人中4人のCHROが人事の領域で5年以上の経験があり、外部採用が30%でした。他方日本では、専門性のない1人の人事役員が労務担当として総務や法務、財務の責任を担う企業も少なくありません。短期を重視せざるを得ないことが多い財務とより中長期の視点が日常的に期待される人事の役割を一緒にすると矛盾が生じてしまいます。

木下:CHROの役割とは、個人と組織の成果を最大化していくことだと思います。メルカリは2018年に大規模採用を行い、この1年で組織がほぼ2倍になりました。そこで現在は、当時入社した従業員が組織の中でさらに活躍できる仕組み作りに力を入れ始めています。以前は採用に偏っていたのですが、今後は採用も継続しつつ次世代のタレントデベロップメントに注力しているということですね。

 事業の成長のために人の成長にフォーカスするということで、3つの新方針を打ち出しました。1つ目は部門のアジェンダに寄り添った人事を実現するHRBP。2つ目は、全体感を持って次世代の部門や後継者たちを育成する人材開発。3つ目は日本人以外の従業員を含めたD&I(Diversity Inclusion)の定義です。D&Iの取り組み方について意見が様々なので、施策を模索しています。

羽田:私は皆さんと多少毛色が違い、14年前に社員約80人の会社に人事経験なしに入りました。人事部門もなかったので自分で作り、当初から社長と中期経営計画達成のための人事施策やIPO後の方針などについてよく話をしてきました。グループの従業員1500人くらいになった今でも変わらず、会社のビジョンを実現する組織作りを社長と二人三脚で行っています。

 弊社LIFULLは「あらゆるLIFEを、FULLに。」というビジョンのもと、2025年までにグループ会社を100社にするという目標に向け、新規事業やテクノロジーを駆使したイノベーションの創出も推進しています。CHROの役割は企業のビジョンと個人のビジョンの実現を両立させることと考え、個人のビジョンを実現するための活動が会社のビジョン実現に繋がるような仕組み作りを意識して人事諸制度を設計しています。

岩田: CHROと人事部長は、一体何が違うのか?という役割定義がポイントだと考えます。ライフネット生命保険では、取締役副社長がCHROでその下に人事総務部長を置く体制になっています。弊社は従業員150人で単一事業ですが、コーポレートガバナンスの観点からCHROが必要だと考えています。人事総務部長とCHROの違いは、前者は人事労務の実務執行の責任者であるのに対して、後者はボードメンバーである“経営者の目線”から、企業価値向上のための組織・人事戦略を大局的に構想し、企業のステークホルダーに対して情報発信・対話をするという役割分担になっています。

―――企業の成長戦略のための人材の採用や育成について、CHROが推進すべきことは何でしょうか。

バルボーネ:米国では新入社員の20%が入社後3カ月で辞めてしまうので、応募の瞬間からオン・ボーディングする(新規採用した人材が定着・戦力化する)までの期間を重視しています。この期間に、今後のキャリアの目標についてよく聞くようにします。入社の3カ月後、3年後、10年後のキャリアの目標と企業の目標が合致しているか、擦り合わせることを大切にしています。

 また以前は簡単だった採用も、人材不足で現在は難しくなっているため、社内の人材を育成する方向に変わってきています。組織を成功に導くには、従業員にデジタルスキルを習得させキャリアプランにも注目する必要がありますね。

木下:メルカリでは現在、EX (Employee Experience:従業員体験)ジャーニーマップを作成しています。キャリアのタッチポイントを聞き取り、メーンポイントを設定して、これを実現するための優先順位を話し合っています。このような従業員のキャリアデザインは人事部門の大事な仕事ですし、CHROの醍醐味でもありますね。

羽田:LIFULLでは内発的動機付けを大事にする風土であることもあり、採用面では “ビジョンフィット、カルチャーフィット”を判断基準にしています。例えば、「新卒2、3年目で新規事業を立ち上げ、子会社の社長になりたい」というような会社の経営理念と同じベクトルを持ち企業文化に合致する人材を積極的に採用しています。

―――従業員の管理や人事部の施策は、何をKPIにしていますか?

岩田:労務の勤怠データや四半期ごとにとっているエンゲージメント・サーベイ(従業員満足度調査)などですね。これらを統合的にモニタリングしています。

羽田:弊社もエンゲージメント・サーベイを指標に活用しています。また5年計画で企業文化の変容を進めており、バリューを変更、四半期ごとに進捗や従業員への浸透度も定期的に計測しています。

木下:メルカリは組織が急拡大しているので、会社のDNAや文化をどれだけ浸透させられたかをKPIの1つに定めています。どういう考えに基づいて人材を採用し、育成したいかという経営陣の思いを明文化し全従業員に公開しました。これが実務レベルでどこまで届いているのかを測っています。

バルボーネ:5年間と比べて、ずいぶん変化がありますね。米国で5年前にKPIの質問をすると、研修をいくつ取得したかなど、より簡単なマトリックスになる答えが返ってきました。今はエンゲージメントのレベルを重視する方向にシフトしてきています。

梯:労働市場がタイトになってきて、業界によっては随分離職率が高まっているため、エンゲージメントスコアの大切さが増していると思います。

江上:弊社では階層別のコンピテンシーを定め、多面(360度)観察を行っています。個々人が自己評価と周囲からの評価のギャップを見定める助けになるとともに、弊社の社是である「あくなき創造」や企業理念がきちんと行動に現われているかを確認するのにも役立つのではないかと考えています。

 また弊社では、従業員一人ひとりが経営陣トップ宛てに、会社を改善する工夫の提案と結果を毎日報告する「三行提報」を40年続けています。提報は1年間で40万件ほど集まるので、ビッグデータとして分析にも活用できるのではないかと考えています。提報を読むと、社員の様々な面が見えてきます。

―――コンピテンシーの話が出ましたが、階層ごとのコンピテンシーを決めてウォッチしながら次世代リーダーを育成して企業価値を上げているところもありますね。

木下:従業員には「自分に何が期待されているか」を理解してもらうことで、評価の公平性や納得感が担保できると思います。

 メルカリでは四半期ごとに評価サイクルを回していますが、特にノンジャパニーズが評価に対する納得感が低いと感じているという課題がありました。評価の定義が明確になっていないため、「マネジャーの主観で評価されているのではないか」という不満が生まれていたのです。そこで評価のよりどころとなるツールとして、明解なコンピテンシーマップを用意するのが重要だと感じています。

梯:人材育成はOne On Oneで取り組んでいますが、これ自体が認識バイアスを生んでしまうことがあるので、育成はチームで見たほうがよいのではと思うこともあります。360度評価もありますが、どこまで本音で語っているか分かりません。そうなると直属の上司との一対一ではなく、さらに上の上司を育成に参加させれば、バイアスがかかっても抑制しやすいのではないかと考えています。

岩田:コンピテンシーを細かく設けて納得感を高めるのか、マネジメント層のコミュニケーション能力を高めるべきか、弊社でも迷っています。結局のところ、部下の日頃の言動に目配りしている直属上司の評価がいちばん的確ではないか、という意見も根強くありますね。

梯:確かに仕組みを作り込むと仕組みに頼ってしまうので、かえってマネジャーの能力が落ちる可能性が生じるかもしれません。

バルボーネ:米国では年1回ではなく、週次や月次で人事評価を行う企業が増えてきています。弊社では「30 by 30」という30日ごとに30分間のコーチングとフィードバックができるソフトウエアを販売していますし、毎日「Good job!」といったメッセージを従業員に送る機能も用意しています。

梯:フィードバックをするとき、米国人は7割褒めて3割で今後の課題を提示すると言いますが、日本人は3割褒めればいいほうですね(笑)。文化の違いを感じます。

バルボーネ:ところで日本の企業では、人材管理にテクノロジーをどう活用しているのでしょうか。弊社ではテクノロジー戦略としてAIを導入し、バイヤスを取り除くことに取り組んでいます。米国では競争的な要素を持つゲーミフィケーションを、従業員のモチベーションを高めるために役立てている企業もあります。

―――日本の皆さんの会社での、テクノロジー戦略はいかがですか。

梯:弊社では、タレントマネジメントソリューションの仕組みを10年以上使っています。今までの仕組みでは人事がデータのインプットやアウトプットをしていましたが、マネジャー自身が作成する後継者計画など、従業員が自分で入力するシステムに移行しようとしています。これまでとはコンセプト的に大きな変更があるので導入はチャレンジになりそうですが、使いこなすとかなりデータドリブンな人事管理ができると期待しています。

木下:メルカリでは、お互いにポイントを送り合う「ピア・ボーナス」というシステムを2年前に導入し、今でも90%以上の従業員が使用しています。ポイントを贈る評価基準をバリューの実践に置いており、高ポイント取得者を四半期ごとに表彰しています。

岩田:ライフネット生命保険でもメルカリと同じシステムを活用しています。新卒の従業員が「企業文化を変えたい」と執行役員会に提案し、ボトムアップで導入しました。テクノロジー活用という観点では、最近は人事系ツールのインターフェイスが劇的に変化していて、使い心地がいいですね。メルカリの木下さんが仰った、EXの観点からも人事系ツールのUIは大切で、UIがユーザーにフィットするものは浸透するし、使いにくいものは淘汰されるということを痛感しています。

―――動画をベテランの技術継承に役立てている企業も増加しています。

江上:各部門がテクニックの共有などに活用していますね。

木下:弊社ではポッドキャストが流行っています。執行役員からのメッセージやプロジェクトチームからの報告などを、10分前後でまとめています。移動時間やタスクをしながら聞けるので、便利です。

羽田:弊社では半期ごとに50講座ほど、従業員が講師役を務めるゼミナールという勉強会を行っています。従業員が自由に教えたり受講したりでき、すべてビデオで録画しアーカイブもしています。

―――最後に改めて、CHROに求められる資質について皆さんに伺います。

バルボーネ:何よりもまずCEOのビジネスパートナーであることですね。

木下:メルカリはバリューとして、「Go Bold」「All for One」「Be a Pro」の3つを定めています。私自身は、CHROがいかに「Go Bold」になれるかが重要だと考えています。私は人事にやりがいを感じて現職に応募しましたが、3つの価値の中でも「Go Bold」は会社全体に意識的に仕掛けていかないと、なかなか浸透しづらい。特にCHROが意識すべきは「チェンジマネジメント」ですね。マネジメント層の意識を変えることが必須だと実感しています。

梯:CHROはCEOのイエスマンになってしまってはいけないと思います。CEOが独走したり間違った判断をしたりしたときに、しっかりとNOを言う必要があります。また先ほどの「人事の4つの役割」のうち「変革のエージェント」が大切で、さらに付け加えると、CHROは人に好奇心を持ち、人の育成にコミットする「タレント・マスター」としての気概を持つことが望ましいでしょう。

江上:CHROに求められるのは、まず人間性だと考えます。もう1つ大事なのは、社長やCEOとの信頼関係です。どんなに優秀なCHROでも、トップと信頼関係を築けないといけません。トップと合意を取り同じ船に乗れるからこそ、トップに対して牽制機能を発揮できる。なかなか難しいですが、「トップにこんなことを言ったらいけないのではないか」と思ってはダメだというくらいの気持ちが必要と感じています。CHROとトップとの信頼関係が鍵だと思います。

岩田:経営視点だけでなく、世の中がどう変わっていくのか長期的な視点や未来観を持つことも重要です。例えばAIやIoTの進化で業務の自動化が進んだとき人は何をすべきなのか。テクノロジーの力で何を成し遂げたいのか。CHROはそうした未来を見据えて、今どんなことに経営資源を投資すべきなのか考える必要があると思います。

バルボーネ:またCHROはビジネスを理解し、企業が今後どこに向かうべきかを知る必要があります。今日、CHROであることは非常にエキサイティングですね。

―――CHROである皆さんは、本当に幸運だということですね。本日は、ありがとうございました。

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