“見えない資産”が、企業成長の原動力に

――ビジネス環境が大きく変わる中、企業が成長していくためには、何に注目して成長戦略を描く必要があるのでしょうか。

早川 モノから利益が上がらない時代が到来したことで、企業の時価総額の大部分が“見えない資産”が占めるようになりました。1975年当時、米国のS&P500社の時価総額の83%は、土地・お金・在庫など“見える資産”が占めていました。つまり、企業価値は見える資産の量で裏付けられていたと言えるでしょう。ところが2015年には、見える資産は時価総額の16%にまで縮み、大部分が特許・意匠・商標・ブランドやノウハウなど知財を含めた“見えない資産”が企業価値を大きく左右するようになりました(図2)。

 現在の経営者がROA(Return on Assets)の最大化を考える場合、“見える資産”と“見えない資産”のいずれに注目して成長戦略を描くべきか。答えは自明です。“見えない資産”をいかに効果的に運用するかが、問われる時代になったのです。ただし残念なことに、日本企業の経営者の多くは、“見える資産”や「モノ」に傾注して成長戦略を描いているのが現状です。さらに“見えない資産”への投資も、情報化や研究開発に対しては積極的ですが、そこから得られた成果を法的財産にして有効活用する視点は乏しい傾向があります。世界のリーディング・カンパニーに比べて、日本企業が伸び悩んでいる最大の原因がここにあると考えています。

“見えない資産”の量と質をどう測るべきか

――“見えない資産”である知財は、財務諸表上に記された資産とは異なり、その量と質を推し測り難いように思えます。実態が見えにくい資産をいかに扱ったらよいのでしょうか。

早川 特許を例にすれば、まず、自社で何を持っているかを把握することが大切です。そして、保有特許のビジネス上の位置づけをマトリックスで見える化することから始めます。例えば、既存ビジネスでの位置づけに注目して競争力と将来性の観点から4象限に分類します。そして、分類した位置づけに基いて、それぞれ運用方法を考えます(図3)。

 既存ビジネスでも利用しており、将来性もあり競争力があるのであれば、周辺特許を固めるなど積極的なR&Dを進める必要があるでしょう。また、将来性はないが競争力がまだあるものの使っていない知財であれば、売却やライセンスをした方がよいと思います。保有しているだけで維持費が掛かりますから。

 製造業の企業は、知財の中でも特許だけに注目しがちですが、いまの時代には意匠や商標、ブランドなどに加えてノウハウや最近ではドメインなども、企業価値を大きく左右する“見えない資産”に含まれます。品質、商標、デザインを含めての総合的なブランディングや知的事業戦略が大切です。特許と同様に、ビジネス上の位置づけを見える化して、運用法を明確に定めておくべきでしょう。

――なるほど。しかし、知財の大まかな位置づけはできても、精度の高い価値査定は難しいように思えます。それで大丈夫なのでしょうか。

早川 確かに知財の価値を正確に定量化してバランスシートに査定できればよいのですが、実際には困難です。しかし、たとえ正確ではなくても、大まかな価値を記して“見える資産”と“見えない資産”の双方の現状を比較検討できれば、成長するために何を活用すべきなのかはっきりと見えてくると思います。

 近年では、各種文献・各社の研究開発費・起業の動向など、クラウド上の多様な情報を紐づけて分析することによって、これまでよりも精度の高い経済価値や将来のホワイトスペースを推測できるようにもなってきました。また、知財情報を客観的かつ定量的に分析するツール、価値を査定するサービスなどを提供する企業がありますから、これらをうまく活用することでかなり明確な知財の位置づけが分かるようになっています(図4)。人間の頭で価値査定する際に勘案できるパラメータはせいぜい5項目から10項目ですが、AIなど高度な分析ツールを活用すれば100項目でも1万項目でも勘案した高精度の傾向を抽出できます。現在は“見える資産”である不動産も、かつては値段が相対取引での交渉で決まっていたため、価値査定が困難とされていました。いまでは、資産価値を正確に査定できるのはご承知のとおりです。知財もいずれ同様に一定の範囲での価値査定が可能になってくると思います。

知財の運用は経営者の最大関心事であるべき

――これまでにも、専門的な知識を持つ知財部門を中心に知財戦略が策定されていました。いま、企業に求められる知財戦略とは、従来と何が異なるのでしょうか。

早川 知財戦略の策定は、企業の最も大きな資産の運用法を考えるのですから知財部門に丸投げするのではなく、経営者自らが中心となって考えることが極めて重要です。ただし、経営者による知財運用の重要性を強調するからといって、研究開発やモノづくりの放棄を勧めるわけではありません。モノづくりのビジネスを有利に展開し、収益性の高い企業体質を作り上げるうえで、本質的に価値のある技術開発と知財の運用が必要不可欠な条件になるのです。

 1990年代、円高に苦しんだ日本企業は一気に海外進出に打って出ました。ただし、自社で工場を建てて、自社で販売して、債権を回収する自前主義のビジネスモデルでした。その結果、多くの企業がもうかりませんでした。不慣れな土地で、ゼロからビジネスをスタートするのだから当然なのです。現地にマーケットシェア3割の企業があったとしたら、そこに技術を5%でライセンスすれば、いきなりシェア3割、利益率5%のビジネスができます。不得意な海外市場では間接的にモノづくりに関与すればよいのです。その方が、リスク要因となる大きな固定費を抱える心配がありません。

 ただし、ライセンス先に技術を盗られてしまったら、どうしようもない。ライセンス先から継続的に課金できる仕組み作りが欠かせません。ここに、知財戦略や新たなビジネスモデルが必要になるのです。例えば、特許には有効期限があります。しかし、特許が有効なうちに自社ブランドを消費者に認知させ、期限切れした後も有利なビジネスを展開できるようなビジネスシナリオを描くこともできます。このほかにも、自社ビジネスの防衛・強化を念頭に置きながら、多様な収益モデルとブラックボックス化したノウハウを絡めた方法など、様々な戦略があるのです。

日本企業は知財をどう扱うべきか

――自社で価値ある知財を持っていたら、グローバルなバリューチェーンを見渡し、どこで知財の効力を発揮させたらよいのかを熟慮する必要があるということですね。

早川 その通りです。技術力に強みを持つ日本の製造業企業は、利益を上げるうえでも、有利なビジネスを展開するうえで、研究開発や商品開発は続けながらも、必ずしも自社でモノを作ることにこだわる必要がないことを理解すべきです。技術の効能は形のある製品の生産だけで発揮されるわけではありません。その製品を使ったより高付加価値なサービスにある場合がよくあります。たとえ自社の製品から直接利益が出なくても、周辺のサービスや知財等 “見えない資産”からさらに対価を得ることを考えることもできます。

 日本企業の多くは、日本が “知財先進国”であると誤解しています。多くの特許を保有していることは確かです。しかし、“見えない資産”である知財を効果的に運用していないため、“知財戦略先進国”とは言えません。特許の価値をモノの生産だけで収益化できた過去の成功体験は捨て、保有する知財のビジネスでの位置づけ、その質と量を棚卸しして、一回原点に戻って考えるべきだと思います。

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