
トラスコ中山
取締役 経営管理本部 本部長 兼
デジタル戦略本部 本部長
数見 篤 氏
今でこそDXで注目されるトラスコ中山だが、2000年代前半までは処理の多くを人手に依存していた。
「得意先からファックスや電話で届く毎日何万行もの受注を、手作業でメインフレームに入力していました。人間が行う作業ですから品名や数量でミスが出ることも多く、お客様にご迷惑をおかけしたことも少なくありません」と、当時営業部門に在籍していた数見氏は振り返る。
同社はまず手始めに、FAXのOCR取り込みやウェブを介した受注システムを導入し、人手作業の自動化を進めていった。紙ベースの業務プロセスをデジタル化する、いわゆる「デジタイゼーション(digitization)」をスタートさせたのである。
環境が大きく変わったのが2006年だ。処理の重いメインフレームに代えて、独SAPが提供するERP(統合基幹業務システム)を導入した。この新しい基幹システムは「Paradise(パラダイス)」と名付けられた。合わせて、受発注処理をファックスからオンラインに移行していった。
「会社を成長させていくには、社員が根性論で頑張るのではなくて、システム化や自動化を進めていかなければいけない、というトップの判断があったのだと思います。ERPの導入は当時としてはかなり思い切った投資だったことは間違いありません」と数見氏は述べる。
そのメリットはすぐに出たという。「それまでは月次ベースでしか確認できなかった販売や在庫などの様々なデータをリアルタイムで見られるようになり、意思決定の迅速化や商談の効率化が図られたことが、その後の当社にとってすごく大きかったと考えています」(数見氏)。
同2006年、同社はそれまで紙(冊子)で発行していた総合カタログ「トラスコ オレンジブック」をデジタル化したウェブサイト「トラスコ オレンジブック.Com」をオープンしている。膨大なプロツールの検索や注文がウェブからも可能になり、顧客の利便性はさらに向上した。ERP導入によって在庫のリアルタイム管理が実現されたことが、新サービス開始の背景にある。
組織や事業の変革に必要な基盤が整備されると共に、顧客や取引先のサービスを改善しつつ、業務プロセスのデジタル化を進める契機になったという意味で、2006年のERP導入と受発注のオンライン化への移行は「デジタライゼーション(digitalization)」と言えるだろう。
さらに同社は2020年、システムのさらなる強化を行った(図2)。新しい機能やサービスを実現するにあたって、その都度システムに大きな改修を加えるのはコストも工数もかかってしまう。そこで、より柔軟に、かつ、より短期間で機能を実装できるように、Paradiseの設計を見直したのである。
図2 トラスコ中山のITシステムの概要。中核となるシステムが、SAP S/4HANAで構築した基幹システム「Paradise 3」である。「MROストッカー」や「即答名人」などは、サイド・バイ・サイド・アプローチにより、Paradise 3と連携したSAP BTP( Business Technology Platform )上に構築されている。他にも、SAP HANAで構築したリアルタイム情報基盤「SORA 2」や、SAP BW/4HANAで構築した情報分析システムがある
具体的には、Paradiseを最新のERPソフトウエアソリューションである「SAP S/4HANA」に更新するとともに、カスタムアプリケーションを「サイド・バイ・サイド」と呼ぶアプローチでクラウド上に実装できるような仕組みを導入した。前述の「即答名人」や「MROストッカー」はこの方法で開発されている。
サプライチェーンに参加している外部企業も巻き込んで変革を図りながら、新たなサービスを通じて付加価値を創出するという意味で、2020年のERP更新およびITアーキテクチャ刷新は、いわゆる「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」に該当する取り組みと言えるだろう。はじめからDXありきではなく、2000年前半からのデジタイゼーション、2006年からのデジタライゼーション、そして2020年からのDXという3つのステップで進化を遂げてきたことが分かる。
こうしたデジタル化も相まって、売上高はERPを導入した2006年前後に比べて、およそ2倍に増えた(2006年1291億円、2022年2464億円)。数見氏は、「当社の成長を支える上で、SAP S/4HANAで構築した基幹システムParadise 3は中核的な存在になっています」と述べている。
図2に示したように、トラスコ中山のITシステムは仕入れ先、得意先、およびエンドユーザーとの連携が図られているのも特徴だ。同社では「トラスコにコンセントをつなげば、簡単に当社の資源を活用できる」と訴求する。
仕入れ先向けの商品情報管理システム「Sterra」や業務連携サイト「POLARIO」、販売店向けの見積回答システム「即答名人」やコミュニケーション・ツール「T-Rate」、エンドユーザー向けの「トラスコ オレンジブック.Com」や置き薬のように工具や消耗品を常備する「MROストッカー」などがそれらサービスの一部だ。
置き薬ならぬ置き工具「MROストッカー」。工場や建設現場などユーザーの空きスペースに棚を設置し、各種工具や消耗品などユーザーが必要とする商品を同社の資産として常時陳列することで、ユーザーが必要なときにすぐ使用することのできるサービスだ。使った分だけ費用が発生し、在庫は遠隔で管理されるため、棚卸・在庫管理は不要となる
同社が中心となって、プロツールのサプライチェーン全体のデジタル化が推進されていると考えれば理解しやすいだろう。
その先を見据えた取り組みが、新しい流通プラットフォーム「TRUSCO HACOBUne(ハコブネ)」の構築である(図3)。ユーザーの工程などの情報と、天候や季節などの外部データを組み合わせながら、「MROストッカー」をベースに先読み納品を実現する取り組みだ。また、在庫管理や物流ではAIやロボティクスの活用も進めていく。
図3 トラスコ中山が国立大学法人 東海国立大学機構名古屋大学、GROUND株式会社、株式会社シナモンとの連携で取り組んでいる「TRUSCO HACOBUne」で実現されるサービスのイメージ。既存の「ユーザー様直送」や「MROストッカー」を発展させながら、エンドユーザーの現場の状況などに応じてAIで需要を先読みし、効率的な納品を目指す
そして、同社がTRUSCO HACOBUneの実現を含む「DX 2.0」へと進化を図っていく過程で、数見氏が着目しているのがクラウドの活用だ。
「時代が急速に変化していく中で経営に求められる要素も刻々と変化しています。例えばサステナビリティやビジネスAIに素早く対応しながら企業としての価値を高めていかなければなりません。SAPのようなベンダーが世の中の最新テクノロジーやベストプラクティスをクラウドサービスとして迅速に提供してくれることを考えると、特に当社も含む中堅・中小企業は、そうしたクラウドサービスを活用しながら、DXの中核を担う基盤を構築していくことが重要と思います」と数見氏は話す。
トラスコ中山の今後の進化において、数見氏が期待を寄せるのがSAPだ。「2020年のParadiseの刷新の際にはSAPの担当者からサイド・バイ・サイド・アプローチなどの様々なアドバイスをもらいましたし、MROストッカーの開発に際してはデザイン・シンキングという手法を通じて課題抽出を進めてくれました。これからも新しいテクノロジーの提供やクラウドシフトに関して、SAPには多くの期待を寄せています」。
なお、数見氏はジャパンSAPユーザーグループ(略称JSUG)の会長も務めている。同氏は2023年5月に米国・オーランドで開催されたSAPのイベント「SAP Sapphire 2023」に参加した感想を、次のように述べている。「SAPとしてクラウドにシフトしていく目的や戦略がこれまでになく明確に語られたと感じました。クラウドシフトのメリットやSAPの戦略を正しく理解し、上手に活用できるように、自分たちも変革を進めていかなければならないと考えています」。
冒頭で触れたように、「DXを進めてきたという感覚は持っていない」と語った数見氏。ではトラスコ中山がデジタルを推進してきた目的は何だったのだろうか。数見氏は改めて、次のように語る。「やはり、どのような会社になりたいかを明確にすることが大切です。お客様から見た利便性の向上や、『トラスコ中山があって良かった』と言っていただけるような会社になるために取り組んできた蓄積が、現在の当社の姿になっていると考えています」。
前述のように、豊富な在庫を持つことや、即納に対応した効率的な物流体制を構築したのも、顧客にとっての利便性の追求の一環と捉えられる。
また、同社は数値的な目標と同時に「能力目標」と呼ぶ「ありたい姿」の実現を重視している。2022年には「2030年までに在庫100万アイテムを保有できる企業になりたい」、「1日24時間受注、1年365日出荷できる企業になりたい」、といった「ありたい姿」を能力目標として掲げた(図4)。
図4 トラスコ中山のユニークな取り組みのひとつである「『ありたい姿』-能力目標-」の一覧。売上高いくらを目指すといった数値目標以上に、こういう会社になりたい、という将来像を大切にしている
「こうした能力目標は、基本的にはデジタルがなければ実現できません。当社の場合、DXという言葉で言えば “X” の部分、すなわちトランスフォーメーション(事業変革)を進めよう、新しいことにチャレンジしていこう、変化していこう、という風土を社長の中山が築き上げてきました。それがデジタル戦略の原動力の一つになっているのです」(数見氏)
つまり、会社のありたい姿の明確化と共有、成長に向けた人手作業からの脱却と適切な投資判断、デジタイゼーションから始まる段階的な取り組み、顧客から見た利便性の追求を根源とする在庫戦略や物流戦略、自社にとどまらずサプライチェーン全体の最適化を視野に入れたデジタル戦略などが、同社のDXの成功の要因と言えるだろう。
仕入れ先や得意先との連携をさらに強化しながら、最終的には「モノづくりの現場を支えるプラットフォーマー」(「ありたい姿」の10項目)を目指すトラスコ中山のこれからの取り組みに注目したい。
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