
ソニーグループ株式会社
常務 CDO 兼 CIO
デジタルトランスフォーメーション戦略、
情報システム、情報セキュリティ担当
小寺 剛氏
巨勢ソニーグループでは、DX 戦略の⼀環として、2021 年にグループ横断のデータ活⽤プラットフォーム「Sony Data Ocean(SDO)」を構築しました。その概要と⽬的についてあらためて確認させてください。
小寺SDOの特徴は、中央集権的な仕組みではなく、各社が持つデータレイクをつないだ「フェデレーテッド(連邦)モデル」であること。各社の主体性を尊重しつつ、共通のベネフィットを⾒出せる分野でデータを共有することです。
これにより各社が強みやアセットを駆使しつつ、それぞれの事業セグメントの中で、成⻑を⽬指す。加えてグループ全体でデジタル技術やデータ利活⽤を促進し、課題の共有や成功モデルを横展開することでシナジー効果を最⼤化していくことが狙いです。
ソニーグループが展開するSDOのイメージ
グループ全体でデジタル技術やデータ利活用を促進し、課題の共有や成功モデルを横展開することでシナジー効果を最大化していく
巨勢SDOを活用して、どのようなデータ分析やデータ活用を実践しているのでしょうか。 また、その成果や課題について、何か具体例があればお聞かせください。
小寺ワンオフ(一度だけ)のプロジェクトやPoC(概念実証)など、様々な活動を行っているところですが、既にPoCからBAU(定常業務)のフェーズに移行しているものもあります。その中から、プレイステーションを中心としたゲーム事業を展開するソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)と、音楽事業を手掛けるソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)の協業事例についてお話しします。
元々私はSIEを管掌していたこともあり、ゲームプレイヤーの方々に好きな音楽を聴きながら、より豊かなゲーム体験を得てもらいたいとの思いがあります。そのために、音楽体験とゲーム体験を一体化させるような機能拡張も行ってきました。こうした中、浮かび上がってきたのが、ゲームプレイヤーの心により響くプレイリストの提供です。
SIEではゲームプレイヤーが好む楽曲のデータを保有していますし、SMEにもパートナーの音楽配信会社も含めたマーケットデータが蓄積されています。そこで、両社が持つこれらのデータをSDO上に持ち寄って分析し、その結果を元にしたプレイリストをSMEで作成しました。すると、あるプロモーションでは、ゲームプレイヤーの分析を伴わない通常のプロモーションと比較して、約8倍のプレイリスト再生回数を達成できました。
巨勢約8倍ですか、それはすごい成果ですね。
小寺プレイステーションには、ゲームを中断することなくプレイリストを選択する機能が備わっていますが、多くの方々に分析結果に基づくプレイリストを選んでいただけたのは大きな成果でした。
こうした協業を通して、ソニーグループならではのより深いエンゲージメントをお客様との間に確立できます。SIEではゲームプレイヤーの方々に大きな満足感を提供できますし、SMEや音楽配信事業者でもプロモーション活動や顧客獲得に大きな効果が見込めます。そして何よりも重要なのが、お客様がより豊かなゲーム体験を得られたということ。SDOによる分析を通して、Win-Win-Winの関係性を築けたわけです。
巨勢まさに、様々な事業ドメインでコンテンツを持たれているソニーグループならではの成功体験ですね。データを中心とした連携や共創を行うことの価値が見事に示されています。
小寺当社ではパーパス(存在意義)として、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」を掲げています。その中で重視していることの1つに「コミュニティ・オブ・インタレスト(感動体験や関心を共有する人々のコミュニティ)」があります。様々なコミュニティ・オブ・インタレストが広がり、つながっていく世界を目指していきたい。今回お話しした事例についても、同じゲーム、同じ音楽という共通のインタレストを持つ方々が、より深いコミュニティを築くことに役立つと考えられます。そうした面での意義も大きかったと感じています。

アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社
執行役員
技術統括本部長
巨勢 泰宏氏
巨勢ソニーグループ各社で異なっていた顧客IDを統合するそうですね。この点も踏まえて、今後SDOはどのような方向性を目指されるのでしょうか。
小寺基本的には、データ利活用を通してコミュニティ・オブ・インタレストとのエンゲージメントを深めていくことが、最重要フォーカスエリアになります。我々としては、より多くのお客様に「ソニーグループはユニークな体験を提供する企業だ」と感じていただきたい。そのためには、より効率的に、かつ安全・安心な形でデータの収集・分析を行える環境が必要です。SDOとID統合は、これを実現する上で重要なファクターとなります。
先ほど触れたように、SDOはフェデレーテッドモデルで各社のデータを収集・分析する基盤ですが、新たな取り組みを進めていく上では、ペイメントやコマースなどの要素も必要になります。我々はビジネスイネーブラーとしての役割も負っていますので、様々なケイパビリティをうまく組み合わせて、グループ各社の事業やグループ全体の成長を下支えしていきたいと考えています。
巨勢グループ全体でデータ利活用を推進していく上では、テクノロジーだけでなく組織や文化といった非技術領域での取り組みも欠かせないのではないでしょうか。そこはどのように工夫しているのですか。
小寺まず1つは関係者間の議論です。例えば当社が日米で開催している「DXフォーラム」には、グループ各社から様々な業務部門の参加者が集まり、現在の課題や機会、共創の可能性などについて議論しています。多種多様な事業会社、出資会社から参加者が集まっていますので、複数の視点で物事を捉えられるのは大きな利点です。
また、もう1つはデータカルチャーです。やはり我々は、より良いデータとテクノロジーの使い手にならなくてはいけません。そのためには何が必要なのか、インフラなのかスキルなのか、あるいはリテラシーなのか。そうしたことも、社内でしっかりと考えるようにしています。
巨勢次に生成AIについてお伺いします。最近では様々な企業が生成AI活用に着手していますが、ソニーグループにおける方針や取り組みについて教えてください。
小寺デジタルの力でヒトの能力を拡張できるという意味で、生成AIには大きな期待を抱いています。ヒトは様々な技術や道具を使って自らの能力を拡張してきました。しかしこれまでは、どちらかというと物理的、あるいは機械的な手段が主体でした。その点、生成AIは、これと違ってヒトの思考や判断能力を拡張してくれます。この技術が民主化され、社員やクリエイターがより良い使い手となれば、もっとクリエイティブな活動や成果物が生まれると考えています。
特に私は、CDO(最高デジタル責任者)でありCIO(最高情報責任者)ですので、企業におけるエンタープライズ活動での可能性に着目しています。企業内には、経理や総務、人事、知財など、多様な業務機能が存在します。こうしたところに生成AIを適用すれば、業務効率を飛躍的に高められます。
しかも、これは決してコストダウンだけを狙っているわけではありません。生産性を高める一方で、業務機能そのものをより創造的な方向に進化させることも可能になります。その結果、組織やオペレーションも大きく変わるかもしれない。社内向けの生成AI環境も、そうした視点で整備を進めています。
巨勢機械学習などの技術は、やはりその領域のエキスパートがいないとなかなか使いこなせません。しかし生成AIは、そうしたスキルを持たない方々とテクノロジーをつないでくれますから、今までは考えられなかった領域での活用も進みそうです。
小寺ソニーグループでも、ゲームや各種のプロダクトの開発にAIを活用してきました。ただ、エンジニアやクリエイターだけでなく、今まではAIと無縁だった社員でも使えるようになったことは大きな変化だと思います。現在の中期経営計画でも、私が担当するエリアではDX推進のテーマとして「創造性と生産性の両立」を掲げました。もちろん、当社一社だけでできることではないので、パートナー各社の協力も積極的に仰ぎたいと考えています。
巨勢多くの期待と関心を集める一方で、生成AIについては不安や懸念の声もあります。ここはどのようにお考えですか。
小寺おっしゃる通り、意図せぬ情報漏えいやヘイト発言、ハルシネーションなど、生成AIには多くの課題もあります。そうした背景からも、エンタープライズ領域での利用においては、安全・安心な対応と技術への正しい理解が非常に重要だと考えています。そこで、生成AIの正しい活用に向けて、学び・体験・ビジネス対応の3つの視点で活動するチームを編成しました。ここでは、グループ内コミュニティの形成と情報発信、安心して体験できる場の推進、技術探索とPoC支援など、幅広い取り組みを行っています。
また、エンタープライズ領域におけるグループ向け生成AI活用基盤についても、AWSをはじめとするパートナーの協力を得て整備を進めています。最終的にはグローバルロールアウトを目論んでいますが、既に約1万人の社員が活用を始めており、実ビジネスでの活用事例も生まれてきています。新しい技術を安全に、正しく活用できる土台を整えることで、想像を超えたイノベーションや価値創出が実現できることを期待しています。
巨勢当社の生成AIサービス「Amazon Bedrock」もご活用いただいています。こちらについてはいかがでしょうか。
小寺Amazon Bedrockはプライベートプレビューにも参加させていただき、現在も実践で活用させてもらっています。生成AIの中でもLLM(大規模言語モデル)とその周辺技術は特に進化が速く、拡張される機能も多岐にわたります。その点Amazon Bedrockは、多様なLLMを単一アーキテクチャで扱えるようになっています。当社の生成AI基盤では多様なLLMを適材適所で使い分ける戦略を取っていますが、その戦略の方向性とも合致します。また、フルマネージドかつコンサンプションモデルで利用できるため、素早い導入も実現できました。
ちなみにAmazon Bedrockは、当社のエンタープライズ領域での生成AI基盤において、日々数万件を超える推論の実行を支えてくれています。私も少々驚きましたが、この数からは当社メンバーの強い好奇心が垣間見えます。生成AIについては、グローバルでのBAU化を推進していきますので、その負荷に対応する上でも欠かせないソリューションになると考えています。
巨勢ありがとうございます。我々としても、1つの基盤モデルですべてをカバーするのは難しいので、業界最先端の様々な基盤モデルを適材適所で使い分けていただくことが重要だと考えています。また、情報漏えいなどのリスクを防ぐためのガードレール機能や、組織内の情報を生成AIの応答に生かすRAG(検索拡張生成)機能など、各種の機能強化も積極的に推進し、お客様が安心して活用できる環境を提供していきたいと考えています。
本日はいろいろなお話を聞かせていただきましたが、最後に今後のDX施策の注力領域について伺えますか。
小寺大きく3つあります。まず1つ目は、ソニーグループの多様なポートフォリオをいかに生かすかという点です。グループ各社が自らのケイパビリティやデータ資産を最大限に活用し、それぞれの分野で成長を遂げていく。さらに、そこでの課題や成功を横展開することで、シナジー効果を最大限に発揮する。このことが、グループ全体の企業価値最大化につながると考えます。
2つ目は、データ利活用のさらなる促進です。いくらSDO上にデータがあっても、それが使われないのでは意味がありません。データを溜めて分析するだけでなく、ビジネスにしっかりと役立てていきます。
そのためにも重要なのが3つ目で、最新技術やケイパビリティをもっと民主化していきたい。社員をはじめとする利用者を全社で支援し、より良いテクノロジーの使い手になってもらう。さらにそうした人たちがお互いに共創し、ソニーならではのユニークな体験を継続的にお客様にご提供していく。そうした方向性を目指したいと思います。
こうした取り組みを進めていく上では、AWSの力添えにも期待しています。AWSには、グループ各社のクラウド基盤などでも多くの支援をいただいていますが、当社では今後もSDOや生成AIをはじめとした新たなチャレンジに挑んでいきます。先に我々はビジネスイネーブラーであると述べましたが、AWSもぜひその一員として共に活動してもらいたいですね。