中計と四半期見通しを廃止し、
新しい経営指標を設定へ
食品事業とアミノサイエンス系事業を柱に、幅広い事業をグローバルに展開している味の素グループ。同社は「おいしさの素」がアミノ酸であることを発見して以来、競争力の源泉となるアミノサイエンスを軸に、世界各国・地域の食文化に適合した調味料や冷凍食品、術前・術後の栄養管理に重要な役割を果たす医療用アミノ酸、製薬企業を顧客としたバイオファーマサービス(CDMO)、半導体の絶縁材に代表されるファンクショナルマテリアルズなど、常に新しい価値を創造し続けている。
順調に成長を続ける同社だが、2023年に中期経営計画を廃止し、独自指標である「ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)指標」への切り替えを行ったことは、社内外に大きな衝撃を与えた。その背景について、味の素 執行役常務 財務・IR担当(ファイナンス責任者)の水谷 英一氏は次のように振り返る。
「以前の中期経営計画は、3年分の財務数値を各社の報告から積み上げてつくるものでしたが、作業に多大な時間を要することや、策定後の環境変化に伴って計画そのものの意味が薄れる課題がありました。また数値目標のみに執着すると、数年先の目標達成に向けた単眼的な経営に陥り、新たな製品やサービスを生み出す中長期的な視点を失ってしまいます。そこで当社は中計を廃止して2030年の“ありたい姿”に向けたロードマップを策定し、そこからバックキャストした戦略を、利益率や成長率といった比率ベースで毎年見直すASV指標を設定したのです」


ASVは、社会課題を解決する社会価値、利益を生み出す経済価値を両立させていくことを目的とした味の素グループ経営の基本方針。いわば原点回帰ともいえる。ただし、その実現を図るには、従来の経済指標のほか、社会課題や無形資産といった数値化が難しい指標も取り入れて計測・分析し、顧客・社会・業界など、変化する外部環境に適応できる強い収益構造を目指すことが求められる。
そのため四半期ごとに作成していた業績見通しも、事業ごとの見通しと実績のギャップを早期に把握してアクションへつなげるローリングフォーキャスト(以下、RF)へ移行。2021年からASEAN地域で先行導入されていたRFをベストプラクティスとしてグローバルに展開することを決定した(図1)。
図1 ローリングフォーキャストへの移行

以前の中期経営計画は3年分の財務数値を各社報告から積み上げてつくるものだったが、作業に多大な時間を要し、策定後の環境変化で計画そのものの意味も薄れることなどから2022年に中計を廃止。精緻な数値のつくり込みを伴わないロードマップへ切替を行った
ASV経営実現に向けた「課題」と
味の素が選んだ「解決策」とは
だが、ASV経営とRFを推進するためには「早急に解決すべき課題があった」と語るのは、味の素の財務経理部門が独立分社化した「味の素フィナンシャル・ソリューションズ」(以下、AFS)のシニアマネージャー 依田 忠之氏である。
「それまでは予算・実績、業績見通し・RFのデータが別々のシステムで収集されており、マスター体系もバラバラでした。そのため手作業で行っていたExcelベースの集計作業には膨大な手間と作業時間が発生していました。一般的な財務諸表には現れない『販売数量』や『品目別の売上』といった非財務情報も別システムで集めていたため、RFへ移行するには、これら多種多様なデータの一元管理とモニタリングを自動化できるシステムの導入が必須になると考えていました」(依田氏)


データ管理や入力については、各事業部にも大きな作業負荷がかかっていた。そこで味の素はASV経営とRFの推進に向けた管理会計の高度化を図るため、CPM(Corporate Performance Management)システムの導入を決断。水谷氏をリーダーに、味の素のグローバル財務部とAFSの連結会計部メンバーを中心とした導入プロジェクトをスタートさせた。
プロジェクトでは国内外ベンダーの製品・ソリューションが候補に上がり、最終選考に残った数社によるプレゼンテーションが行われた。そしてプロジェクトメンバーによって選ばれたのが、経営管理プラットフォーム「CCH Tagetik」だった。
ウォルターズ・クルワーが提供するCCH Tagetikは、予算管理から連結管理、レポーティング・分析まで、経営管理に関連する業務を網羅的にカバーできるプラットフォームだ。グローバルの財務・非財務情報をあらゆるデータソースから一元的に管理・分析できるため、企業の財務状況と経営状況をトータルかつスピーディーに把握し、より精度の高い経営判断を可能にする。
CCH Tagetikを選定した理由として、依田氏はシステム全体の柔軟性と拡張性を挙げる。
「マスターデータの構造を柔軟に拡張、カスタマイズできる点に驚きました。従来のシステムはマスターが固定的で、様々な情報を1つのシステムで集めることが難しかったのですが、CCH Tagetikならその制約から解放されると考えました。連結会計や非財務情報の収集に関する拡張性も高く、RFを実装するには最適なシステムだと判断しました」(依田氏)(図2) 。
図2 ASV経営を支えるシステム選定のポイント

以前は決算・予算、業績見通しが別々のシステムで収集され、マスター体系もバラバラだったことから管理会計データが散在していた。そこで新システムでは「予算、業績見通し/RF、実績といった多種多様な管理会計データをすべてカバーできること」「数量、重量も含めた非財務データを収集する拡張性」に焦点を当て、CCH Tagetikが選定された
味の素は2024年5月からCCH TagetikにRFの実装を行った後、システム化に向けた既存業務の課題を洗い出しながら、非財務情報の収集、連結予算作成、連結実績作成と、社内リソースに負担をかけないよう段階的に活用範囲を拡張している(図3)。
図3 味の素グループが実践する管理会計の高度化

CCH Tagetikは、様々な基準やデータソースに対応できる柔軟性を備えており、企業独自のニーズに合わせたカスタマイズが可能。味の素グループも多種多様な管理会計データを段階的に一元化するプロジェクトを進行しているCCH Tagetikが選定された
業績の目標値と
実際の事業利益のブレが5%以内に
CCH Tagetikの導入プロジェクトは現在も進行中だが、データの一元化と作業自動化による効果が既に出始めている。
「まず業績予想の精度が大幅に向上しました。2025年3月期の数値だけを見ても、目標値と実際の事業利益のブレが5%以内に収まっています。システム化にあたって私が設定した目標が、ブレをプラスマイナス5%以内に収めることでしたので、それが達成されたことになります」(水谷氏)
業績予想の精度向上は、ROICの向上やWACC(Weighted Average Cost of Capital:加重平均資本コスト※)の低減にも寄与している。水谷氏は「正確な数値を迅速に開示できるようになったおかげで、個人投資家の方々にも今まで以上に株式を買っていただけるようになりました。これは長期的に味の素のファンを増やしていくことにもつながります」と笑顔を見せる。
データの一元化と分析力の向上はグループ会社との連携強化にも効果を発揮する。味の素グループは世界130以上の国と地域で事業を展開しており、連結子会社は110社を超える。CCH Tagetikによってそれらのグループ会社の予算や実績が非財務情報も含めて容易に収集・分析できるようになれば、経営判断がスピード化されるだけではなく、それぞれのベストプラクティスも共有できるようになるからだ。
「CCH Tagetikというプラットフォームを活用し、経営判断の精緻化に加え、グループ会社間のシナジーを上げていく。それが我々FP&A(Financial Planning & Analysis)が果たすべき役割だと考えています」(水谷氏)
(※)加重平均資本コスト:事業資金に対し、どの程度の調達コストがかかっているかを示す指標
AI活用による
分析機能の高度化も視野に
それではCCH Tagetikの導入後、RFの運用はどのように変化しているのだろうか。AFSの連結予算業績グループ マネージャー 馬場 綾氏は、次のように説明する。
「CCH TagetikはETL機能も搭載していますので、セグメント別に散在している粒度の異なるデータを統一・標準化してデータのハンドリングが容易に行えるようになりました。その結果、経営層や事業部から“会社別・事業別・地域別に前回のRFと比べて数値がどう変化したのか”といった多様な要望が寄せられても、毎月作成している報告書でフレキシブルかつスピーディーに対応できるようになりました」


また、入力フォームの改善や汎用的なレポートの整備により、業務の効率化と分析精度の向上も実現しているという。
「CCH Tagetikにより、予算・実績・RFなどのデータを同一フォーマットでまとめて取得できるようになりました。これによりレポート作成にかかる時間も短縮し、業務全体の効率化が進んでいます。増減要因・リスク・機会といった定性的情報についても効率的に収集できる仕組みが整備されたことで、各部門での確認プロセスが短縮し、月15時間、年間では約200時間の効率化が実現しています」(馬場氏)
データの一元化と情報収集の効率化によって分析やレポーティングの質も向上。例えば事業部門では、データ収集の際にセグメント単位を柔軟に設定できるようになったことで、各部門が必要とする粒度でRFを作成・分析できるようになり、現場のニーズに即したレポーティングが実現されている。また為替影響試算ツールの導入により、各部門が為替変動の影響を迅速に試算・分析できるようになり、経営判断のスピードも向上した。
加えて、会社別分析の効率化が進んだことでRFの報告対象法人が2024年の29社から2025年には36社へと拡大。主要法人でグローバルでの一元管理が可能となった点も大きい。
「従来より収集していた管理RPや各社の原燃料価格・使用量などの情報をCCH Tagetikに移管して、収益性の多角的な分析やコスト構造の可視化、RFの分析・予測に活用しています。KPIに関しても、セグメント別ROICのレポートを実装し、各部門が必要とする業績管理データを一元的に収集・活用できる環境が整備されました。将来的にはSCM関連情報などの統合も進めることで、RFの予測精度向上を目指していきます」と馬場氏は語る。
今後も味の素では、非財務情報も含めた管理会計データの一元化を加速させ、本社や事業部、グループ個社がそれぞれのニーズに応じた経営情報に簡単にアクセスできる環境を整備していく考えだ。「今後はAIなどを活用した分析機能の高度化も視野に入れ、よりスピーディーで精緻な将来予測による財務戦略を進めていきます」と水谷氏は最後に語った。

お問い合わせ
ウォルターズ・クルワー CCH Tagetik Japan
https://www.wolterskluwer.com/ja-jp/solutions/cch-tagetik/about/contact-us




