カーエレクトロニクスの分野では「これ以上、回路や基板の搭載スペースを確保できない!」といった悲鳴がエンジニアから聞こえてくるほどクルマの電子化が進み、搭載される回路規模も増大している。そうした課題を解決するスイッチングレギュレータICとして開発されたのがリニアテクノロジーの「LT8610」と「LT8611」だ。エンジニアのニーズに徹底的に応えた「パーフェクト」なスイッチングレギュレータの5つのポイントを紹介する。
クルマの電子化が急激な勢いで進んでいる。ECUの搭載個数は車種によっては80個を超え、インフォテイメントや安全機能の拡充も盛んだ。カーエレクトロニクスを担当するエンジニアからは、「回路や基板の搭載スペースを確保できない!」といった悲鳴すら聞こえてくる。
そんな切実な声に応えて開発されたスイッチングレギュレータICが、リニアテクノロジー(以下リニア)の「LT8610」と、電流検出アンプを内蔵した「LT8611」である。いずれも最大で2.5A出力が可能だ。その開発コンセプトについて同社の亀元政秀氏は、「カーエレクトロニクスのさまざまな課題を解決するパーフェクトなスイッチングレギュレータとして誕生しました」と述べる。
LT8610/LT8611はカーエレクトロニクス分野の次のようなニーズを踏まえて開発された。
・カーエレクトロニクス回路の小型化を図りたい
・バッテリから常時通電される回路の暗電流を抑えたい
・電源回路からの発熱(損失)を抑えたい
・コールドクランクやロードダンプでも安定した出力を得たい
・AMラジオ周波数との干渉を回避したい
それぞれ概要を見ていこう。
冒頭でも述べたように、クルマの高機能化に伴って増大するカーエレクトロニクスをいかに小型化するかが、クルマ設計における喫緊の課題のひとつになっている。リニアテクノロジーのLT8610/LT8611は、こうしたニーズに応えて、回路面積で従来に比べておよそ80%の小型化を実現した。高速のスイッチング周波数によるインダクタや、出力コンデンサの小型化に加え、トップMOSFETおよびボトムMOSFETを内蔵したことや、過電流保護機能の改善により、磁気飽和に対するインダクタ電流容量がデバイスの過電流保護値を必ずしも満足している必要が無いため、さらに小型のインダクタ選択が可能になったことなどがその理由だ。
たとえば+12Vを入力とし、+3.3V/2.5Aを出力とする電源回路を構成する場合、従来は40mm×35mm程度の基板面積が必要だったが、LT8610ならおよそ1/5の15mm×18mm程度で大きさで済む(図1)。
カーエレクトロニクスの一部の回路はイグニッション(キー)がオフの状態でも動作を続けている。たとえば、メモリバックアップ等を必要とする一部のECU、リモコン式ドアロック、イモビライザー(盗難防止装置)、パワーシートコントローラ、時計、バッテリ監視回路などがこうした常時通電の対象だ。
これらの回路が消費する「暗電流」が大きいと、クルマをしばらく走らせないでおくだけでいわゆる「バッテリー上がり」が起きてしまう。そのため、回路の消費電流はできるだけ小さいほうが望ましい。なお、乗用車の暗電流は一般に数十mAのオーダーである。
こうしたニーズに応えて、LT8610/LT8611には、軽負荷条件に適した「バーストモード」が設けられている。間欠的に電流パルスを出力するモードで、パルス出力から次のパルス出力までLT8610/LT8611は待機状態に入り、この間はわずか2.5μAしか電流を消費しない(なお、パルス上の電流は出力コンデンサで平滑化されるため、負荷には一定の電圧が供給される)。一般に「Iq」で表される待機時電流としては業界トップクラスの数値だ。
常時通電の回路数が多い場合は、レギュレータICをLT8610/LT8611に置き換えるだけで、トータルで数mAの暗電流削減が見込める可能性もある。
電源回路で懸念されるのが変換損失から生じる発熱である。発熱が大きいとヒートシンクなどの放熱手段が必要になり、コストや実装スペースに制約が生じてしまう。
LT8610/LT8611は効率特性に優れた同期整流方式を採用し、オン抵抗が低く特性に優れたMOSFETを内蔵して超高効率を実現している。たとえば、VIN=+12VでVOUT=+5Vの場合、負荷電流が0.5Aから2.0Aの範囲で94%を超える効率が得られる(スイッチング周波数700kHzのとき)。
従来のモノリシック型スイッチングレギュレータに比べて5%程度も効率が高く、従来のショットキーダイオード内蔵タイプの同等パッケージ製品との比較で発熱に換算すると2.5A時に25℃分も熱を抑えられる。ケーシングのサイズに気を使わなくても良くなった。
第4の課題はカーエレクトロニクス特有の入力電圧の変動だ。クルマの始動時には、低温状態ではスターターモーターに大電流が流れてバッテリ電圧が一時的に低下する「コールド・クランク」と呼ばれる現象が発生したり、電池が劣化した状態ではアイドリングストップ時にIRドロップによる電圧の一時的低下が発生する一方で、バッテリがオルタネータから切り離されたときは、電圧が急激に上昇する「ロード・ダンプ」と呼ばれる現象が発生する。
LT8610/LT8611は、広い入力電圧範囲(3.4Vから42V)に対応することで、コールド・クランクなどの電圧低下またはロード・ダンプが発生した場合でも安定的な出力を保証している。
とくに電圧低下に対しては、ドロップアウト電圧が高性能低ドロップアウト式のリニ アレギュレータ並みに低いため、仮にバッテリ電圧が+3.8Vまで低下しても+3.3V/2.5Aの出力が得られる点は特筆すべきだろう。最近はアイドリングストップ機能を搭載したクルマが増えているが、エンジンを再始動したときにカーエレクトロニクスに瞬断が生じないのは大きなメリットになる。
スイッチングレギュレータはリニアレギュレータに比べて変換効率に優れるものの、スイッチング動作に由来したノイズが発生するというデメリットがあり、とくに車載用途ではAMラジオ周波数との干渉が問題になる。
LT8610/LT8611はスイッチング周波数を設定できる範囲が200kHzから2.2MHzと広いのが特徴だ。外部同期にも対応する。そのためAMラジオ帯を避けるなどもっとも干渉の少ない周波数を選べる。
また、デューティサイクルのオン時間がワースト条件で70nsと短いため、最高周波数の2MHzでスイッチングさせた場合でも、+12V入力から+1.8/2.5A出力を直接レギュレートできる点もポイントだ。
現時点でパーフェクトな降圧スイッチングレギュレータであるLT8610/LT8611は、2012年6月の発売以来、カーエレクトロニクスを担当するエンジニアの評価も良好だという。「自動車関連のさまざまなお客様にLT8610/LT8611をご紹介していますが、小型の車載機器を開発しようとしていたお客様が採用を即決されたケースもあります。」と亀元氏は述べる。
もちろんLT8610/LT8611はクルマ以外の用途にも使える。リニアでは、車載を始めとした高温下環境対応用の「Hグレード」のほかに、産業用途に見合った「Iグレード」および「Eグレード」も取り揃えている。産業機器や一般組み込み機器でも同様の課題を抱えている場合があり、LT8610/LT8611を使うことで機器の小型化など付加価値向上が図れる可能性が高い。ちなみにリニアでは、LT8610/LT8611をベースに、出力電流が異なる品種や、周辺のLRC素子もすべてパッケージ化した同社独自の「μModule」の開発も検討中だというから、今後の発展が楽しみだ。
以上述べてきたように、最先端のアナログ製造プロセスと長年にわたって培ってきた回路技術とを結実させたリニアのLT8610/LT8611は、エンジニアのこれまでの悩みを新たな性能レベルで解決する、次世代のスイッチングレギュレータといえるだろう。
(本社)
〒105-6891 東京都港区海岸1-16-1
ニューピア竹芝サウスタワー10F
(大阪営業所)
〒532-0003 大阪府大阪市淀川区宮原3-5-36
新大阪トラストタワー10F
(名古屋営業所)
〒451-6038 愛知県名古屋市西区牛島町6-1
名古屋ルーセントタワー38F