回生ブレーキシステムを搭載したクルマが増えてきた。加速中や走行中はオルタネーターの発電を抑制しながらエンジンから見た負荷を軽減し、減速時の運動エネルギーを利用して発電することで、燃費の向上を図ろうという狙いである。リニアテクノロジーでは、効率的な回生ブレーキシステムの実現に欠かせない高性能な電源コントロールICを取り揃え、アナログ技術を通じてクルマのさらなる燃費向上ニーズに応えてゆく。
クルマの燃費向上を実現する手段として最近注目を集めているテクノロジーのひとつが、減速時の運動エネルギーを電気エネルギーとして回収し、結果的に7%から10%程度の燃費向上を実現する「回生ブレーキシステム」である。「回生ブレーキシステムは電気自動車やハイブリッド車などではおなじみのシステムですが、最近では一般的な乗用車や軽自動車にも搭載されるなど、ガソリン車においても急速な勢いで普及しています」と、リニアテクノロジーで車載向け半導体を担当する中嶋大輔氏は説明する。
ここで回生ブレーキの仕組みを簡単に説明しておこう(図1)。クルマの電装品が消費する電力は12V出力の鉛バッテリから供給されるが、消費した分はエンジンに直結されたオルタネーター(交流発電機)によって発電し充電してやる必要がある。
しかし、従来のオルタネーターはエンジンが回転している間は常に発電する状態にあるため、エンジンからは重い負荷として見えてしまう。今はほとんど使われなくなったが、自転車でダイナモ(発電機)をタイヤに当てるとペダルが重くなる現象と似ている。エンジンが生み出したトルクの一部が本来の走行のためではなく発電のために使われることになり、結果的に燃費低下の一因となっていた。
一方の回生ブレーキシステムは、加速時や定速走行時にはオルタネーターの界磁電流を遮断して発電を止め、エンジンから見た負荷を軽くし、エンジンへの燃料噴射がカットされる減速時にのみオルタネーターに界磁電流を与えて発電を行うのが基本的な仕組みである。トルクの一部を発電に回さずに済むため燃費の向上が図れるほか、加速性能が犠牲にならない。
ただし、クルマのメインバッテリーである鉛バッテリは入力抵抗が大きく、減速時に発電される大電力を効率的かつ瞬間的に蓄える目的には向かない。そのため、一部の車種には、サブバッテリーとしてリチウムイオンバッテリや電気二重層キャパシタなどの蓄電デバイスが搭載されている。
リニアテクノロジーでは回生ブレーキシステムに適した高性能な電源レギュレータICを提供中だ。今回紹介するソリューションが対象とするブロックは、図1にて赤線で囲った「高効率コンバータ」部分である。
「回生ブレーキシステム向けの電源レギュレータICには、入力電圧範囲が広くオルタネーターが出力する高電圧にも対応できること、変換効率が高く12V鉛バッテリに効率よく充電し、なおかつ損失による発熱が少ないこと、動作温度範囲が広いこと、などが要件として挙げられます」と中嶋氏は説明する。
これらを満たす具体的な製品をいくつか取り上げてみよう。「LTC3890-3」(図2)はデュアル回路構成の2フェーズ同期整流式降圧DC/DCコントローラだ。
入力電圧範囲は4Vから60Vと広く、25V出力のオルタネーターを使ったシステムでも十分なマージンを確保できる。出力電圧範囲は0.8Vから24Vで、出力電流は外付けパワーMOSFETの選択次第では20A以上も可能である。
変換効率は最大98%と高いほか、スイッチング周波数は50kHzから900kHzの範囲で設定可能となっているため、AMラジオなどと重複しない周波数を選択するなどして他のサブシステムとのノイズの干渉を抑えられる。また、無負荷時の待機時電流は50μAと小さく、電装系の暗電流を増加させない。
「LTC3789」(図3)は高効率な同期整流式4スイッチ昇降圧DC/DCコンバータである。入力電圧範囲は4Vから38Vと広く、かつ、昇降圧機能を有していることから、回生用オルタネーターが発電した電気エネルギーを蓄えておくリチウムイオンバッテリや電気二重層キャパシタの電圧が12V鉛バッテリの電圧を下回った際にも、昇圧動作が自動的に行われて充電が可能になる。その結果、コストとスペースの最大要因である蓄電デバイスの搭載量を軽減できると考えられる。
そのほか、最大変換効率は98%、スイッチング周波数設定範囲は200kHzから600kHz、動作温度範囲は-40℃から+125℃と、車載用途として十分なスペックを備える。
現在の回生ブレーキシステムで得られる燃費向上効果は7%から10%程度といわれているが、ガソリン車での燃費向上の余地はまだまだ残されている。一つの方法が48V化とオルタネーター/スタータの一体化である。「燃費規制が厳しくなる中で、新たな動きとして48V系のマイルドハイブリット車の登場が囁かれるようになっています。そのため、48V駆動のオルタネーター/スタータの登場やその大電力化によって、15%以上の燃費向上が狙える(図4)と考えますが、その実現のためには、車のさらなる電動化や電子化は避けて通れません」と中嶋氏は語る。
こうした動向の背景となっているポイントはふたつだ。ひとつは欧州が2020年にCO2の排出量を95g/kmに低減するという厳しい燃費目標を掲げる中で、回生エネルギーシステムはガソリン車においてもさらなる燃費向上が期待できる技術であるという認識が、自動車メーカーの間にも広まってきたことである。
ふたつ目は、電源の48V化によって燃費改善を図ろうとする業界標準規格「LV148」が欧州の自動車メーカー5社にて2011年に策定されたことを受けて、電装メーカーが実用化に向けて動き出していることだ。
それらを踏まえて、次世代の回生エネルギーシステムのテーマの一つに挙げられるのが、オルタネーターの大容量化である。クルマのエレクトロニクス化が進んだ現在は減速時だけ発電したのでは十分な電力が得られない場合もあり、定速走行中にもオルタネーターにわずかな界磁電流を与えて発電してやる必要が出てくる。そのぶん発電のために燃料を消費することになり、燃費向上効果が低下してしまう。
そこで、減速時だけで十分な電力を得るために、リニアテクノロジーはオルタネーターの大容量化が進むと予測する。容量には10kW~13kW程度と考えるが、これが実現できれば15%程度の燃費向上が可能と推測する。
但し、13kW程度の大容量のオルタネーターを使いこなすには課題がある。仮に13kWの大容量のオルタネーターを従来の12V系で使うと800A~1000A程度の大電流を扱う必要があり、ハーネスを太くしなければならず、組み付け場所の問題やハーネス重量の増加などを招いてしまう。
その解決策として、燃費改善を目的とした48V化との組み合わせが一つの案になるのではないかと、中嶋氏は述べる。
なぜなら、オルタネータを接続する系を48V化すれば、12V系で構成した場合に比べて流れる電流は1/4になり、それほど太いハーネスを用意しなくても済む。また、電流量の2乗で作用する配線の抵抗損失も48V化によって1/16に低減されるため、電装品全体の効率が向上し、その結果燃費にも大きく貢献することになるだろう。
実際に、48V対応のオルタネーター/スタータモータはフランスValeo社によって既に開発されており、回生エネルギーシステムを搭載した日産車に既に採用されている(Valeo社の機器にリニアテクノロジーのICが採用されていることを意味するものではありません)。
将来普及が見込まれる48V対応のオルタネーター/スタータモータには上記以外のメリットもある。具体的には、スタータを48V系で駆動すれば、アイドリングストップシステムで通常は必要になる12V系のボルテージ・スタビライザー(コールドクランクによる電圧低下を防止する回路)を省略できる。また、48V系の採用により、大電力が必要な電動パワーステアリング(EPS:Electric Power Steering)や電動コンプレッサなどの電装品の小型化や高効率化も可能になる。同様に、車の各所に採用されているモーターの小型化や駆動力アップにも貢献するだろう。
「オルタネーター/スタータモータは、低速時の駆動アシストにも活用でき、さらなる燃費の向上も狙えるでしょう。このような48V対応のオルタネーター/スタータモータの採用が広まれば、燃費向上に大きなメリットが期待できます」と中嶋氏は指摘する。
このようなシステムの例を図4の右側に示す。
ここからが本題になるのだが、ここで重要な役割を担うのが12V系と48V系とを結ぶ双方向の高効率DC/DCコンバータだ。通常は48V系から12V系に鉛バッテリの充電電圧を供給するが、48V系に接続されるリチウムイオンバッテリや電気二重層キャパシタの残容量が低下した場合は、スタータモータのアシストや48V系の電装品駆動用に12V系から充電できるように、双方向性が必要になる。
リニアテクノロジーの「LT8705」(図5)は双方向制御が可能な同期整流式昇降圧DC/DCコンバータだ。入力電圧は2.8Vから80Vと広く、48V系にも十分に対応できる。効率は98%と高い。外部にゲートドライバの「LTC4444」を用いればより大電流での双方向駆動が可能になる。
中嶋氏は「こうした次世代の回生ブレーキシステムは、2017年頃には実際のクルマに搭載されてくるのではないかと見ています」と述べ、今後の技術開発と実用化に期待を寄せた。リニアテクノロジーは、電源コントローラICなどのアナログ技術を通じて、さらなる燃費向上の実現に貢献していきたい考えだ。
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