デジタルマルチメーターやデータロガーなど300種類を超える電気計測器を「HIOKI」ブランドで展開する日置電機。ひとりの技術者がLTspiceの存在を2005年末にインターネットで見つけて以来、LTspiceはじわじわと社内に浸透し、今では設計や検証において欠かせないツールのひとつになっています。LTspiceのヘビーユーザーともいえる同社の事例を<導入編>と<活用編>に分けてお届けします。
まずはLTspiceを導入した経緯を教えてください
栁澤:以前は回路の動作周波数もそれほど高くなく、また、新規設計よりも実績のある枯れた回路をベースにすることが多く、しかも、シミュレーションを回すよりもブレッドボード上に回路を試作して動作を実測したほうが簡単という意識もあって、回路シミュレータの必要性がそれほど高くはなかったんです。商用SPICEも導入していましたが、費用の問題もあり、1ライセンスを社内で共有していました。アナログの回路技術はどちらかというとそれぞれの設計者が頭の中に属人的に抱えていた感じですね。
永岡:正規版の商用SPICEのほかに、ノード数などに制約のある評価版も導入していました。回路規模が小さいときは評価版を使いましょう、大きいときは正規版を使いましょう、という使い分けルールがあって、予約台帳に書いて管理していました。
栁澤:そういう中で2005年に私がソフトウェアの部署からハードウェアの部署に異動になって、アナログ回路のスキルを属人的に備えた人たちに自分が追いつくにはなんらかのツールが必要だなと考えて、個人的にいろいろ探し始めたんです。社内からのインターネットアクセスにはセキュリティなどの問題があって当時は制約があったので、自宅に帰ってから探してみると、なんだ、フリーのSPICEが世の中にあるじゃんと。なぜか忘れもしないんですがLTspiceを見つけたのが2005年12月28日の夜のことで、結局、年末から正月休みはずっと遊んでいましたね(笑)。
2005年だと「LTspice/SwitcherCAD III」というソフト名でリリースされていました。日本で紹介が始まったのは「LTspice IV」になった2008年以降と思いますので、数年ほど早かったことになります。
今泉:昔だとDIP部品が主体でピン・ピッチも2.54mm(100mil)と広く、はんだ付けも楽だったのですが、私が入社した2005年4月の頃になると面実装部品がかなり増えていて、ブレッドボードで試作するのが少し面倒な時期になりつつあったんです。なので、試作して検証するよりもコンピュータ上でシミュレーションしたほうが楽なんじゃないかと考えたのですが、会社に商用SPICEのライセンスがひとつしかなかったので、なかなか自由には使えません。そんなときに栁澤が、面白いツールがあるよって2006年1月の正月休み明けにLTspiceを教えてくれて、ちょっと試しに使ってみようかと。
栁澤:正月休みで理解したことを簡単な説明書にまとめたんですけど、今泉がそれじゃ読みにくいからって、webベースのしっかりしたマニュアルをイントラ上に構築し始めてくれたんですよ。アメリカのYahoo!のLTspice Group(フォーラム)から入手した情報を今泉に教えて、さらに自分たちで使ってみて分かった情報も反映しながら継ぎ足していったら、書籍レベルに匹敵するようなマニュアルが出来上がったんですね。それもあって、社内で20人から30人ぐらいがテスト的に使うようになっていきました。
今泉:マニュアルというよりもFAQ集ですね。こういうことをやりたいときには、こういう手順でやるとうまくいく、というのを、自分自身の備忘録も兼ねてまとめていった感じです。回路の動作ばらつきを検証するモンテカルロ解析のやりかたも試行錯誤しながら見つけて、それをFAQ集に反映していきました。
栁澤:部品ライブラリの整備も並行してやりました。LTspiceにはご存知のとおり旧リニアテクノロジーの主なデバイスしかライブラリとして登録されていないので、実際に回路を組もうとすると他社の部品ライブラリがどうしても必要ですが、当時のLTspiceの英語の説明書には部品ライブラリの具体的な追加手順は書かれていませんでした。ところが、アメリカYahoo!のLTspice Groupを覗いてみるとライブラリの追加に成功している人たちがいて、そうした先人の知恵を借りながら、社内で使っていた部品をライブラリ化して整備していきました。かなりの種類の部品を使えるようにしたんじゃないかと思います。
永岡:LTspiceのような無償ツールでは、往々にして、マニュアルが不十分だとか、使える部品が少ないといった課題がありますが、そこを栁澤と今泉がボランティア的に整備してくれたことがその後の普及にはとても大きかったと思いますね。
本業がありながらもそうした利用環境の整備を進められたのは、大変だったのではないのではないでしょうか。
竹内:私はあくまでユーザー側なんですけど、栁澤と今泉が環境を整えてくれたおかげですよね。商用SPICEは先ほどもあったように台帳に予約してからでないと使えませんでしたし、回路を入力をするにも今と違ってグラフィカルに操作できるわけではなくてテキストエディタでネットリストを書かなければいけなかったのが、LTspiceが使えるようになったおかげで、シミュレーションとブレッドボード試作とを気軽に併用できるようになって、しかもLTspiceはフリーなので趣味で回路を組むときに自宅でも使えますし(笑)、とても便利になりました。
使い始めの頃にほかに取り組んだことはありますか?
栁澤:電子回路を学んだ方であればご存知と思いますが、アナログ回路に関してさまざまな著書もある(故)岡村廸夫先生の研究所に技術研修の一貫として月に一度のペースで通っていたんです。当時の弊社の技術部長か誰かのツテで若手の教育をお願いしていたらしいんですね。LTspiceを岡村先生に見せて活用方法をご相談したところ、回路シミュレーションを進める上でのアドバイスをたくさんいただきました。たとえば、まずは理想オペアンプでシミュレーションして、最後に実際のオペアンプ部品のライブラリを組み込んでシミュレーションすることで、部品の特性や影響を差分として理解することが望ましい、といった基本的な考えです。
今泉:岡村先生からそういうご指導を受けたこともあって、私自身、まずは理想素子を使って、最後に部品ライブラリに置き換えて動作を見るというやりかたが定着しています。とはいえ、ほとんどの設計者は回り道なしで実部品での動作を見るほうを好むので、ボランティア的に部品ライブラリをせっせと登録していました。
栁澤:電源にインピーダンスが存在すると回路の周波数特性などに影響が及びますが、LTspiceだと電源インピーダンスを簡単に設定できるので、そういったポイントも教えていただきました。アナログ回路に造詣の深い岡村先生のご指導が入ったことは、その後のLTspiceの活用にとても役立ったと思っています。
<活用編>につづく
※本事例の情報は2018年7月時点のものです。
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