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工業用乾燥炉、60年ぶりの“再発明” 生産工程を革新する「波長制御乾燥システム」

自動車や電子部品、食料品、医薬品など、生産プロセスの中に乾燥工程が含まれている工業製品は多い。そして乾燥工程の巧拙は、製品全体の品質や性能を大きく左右する。ところが、そこで使われる乾燥炉は、赤外線セラミックヒーターの登場以来60年、大きな進歩がなかった。日本ガイシは、乾燥のコンセプトを根本から見直した革新的な乾燥炉「波長制御乾燥システム」を開発した。ヒーターが発する赤外線の波長を制御してミクロな乾燥現象を操り、塗布膜や基材の温度を上げず、狙った溶媒だけを蒸発させる。不可能を可能にした乾燥炉が、あらゆる工業製品の生産プロセスを革新する。

日本ガイシが開発した波長制御乾燥システム
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 日本ガイシが開発した「波長制御乾燥システム」は、工業製品の品質や性能に直結する乾燥工程を質と効率の両面から大幅に向上させる、全く新しいコンセプトの乾燥炉である。携帯電話がスマートフォンへと生まれ変わって情報通信産業に新時代を切り開いたように、長い間変り映えしなかった乾燥炉を、生産プロセス開発に革新をもたらす「スマートキルン(賢い炉)」へと変貌させる。この新しい乾燥炉をいかに活用するかは、さまざまな分野、製品のプロセスエンジニアにとって、大きなテーマになることだろう。

60年ぶりの“再発明”

 ドイツのエルシュタイン社が赤外線セラミックヒーターを市場投入したのは1950 年のこと。アルミナ磁器の中にニクロム線を埋め込んだ構造のこのヒーターは、工業用乾燥炉の熱源として極めて完成度が高いものだった。他方式の追随を許さず、60 年以上にわたって使い続けられてきた。日本ガイシも、「インフラスタイン」という名称で、50 年間赤外線セラミックヒーターを販売してきた。その間、あらゆる分野の製品にかかわるプロセスエンジニアが、このヒーターを利用することを前提に、生産プロセスを開発してきた。

 ただし、このヒーターには一見当たり前の現象に思える欠点があった。塗布膜の中から溶媒を蒸発させようとすると、溶媒を飛ばすだけではなく、塗布膜や基材の温度も上げてしまっていたことだ(図1)。身近な例で考えると、洗濯用の乾燥機から取り出した衣類が熱いのと同じ現象だ。

 乾燥するための加熱だから、熱くなって当たり前と思うかも知れない。しかし、これは工業製品の生産では、できれば起こって欲しくない現象なのだ。溶媒以外の部分が加熱されることで、基材が軟化して形が変わる、塗布膜で状態変化や化学変化が起きる。つまり、劣化が進むのだ。

図1 従来乾燥方式イメージ
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 ところが近年の研究から、赤外線が当たったモノ全ての温度が上昇するのは、当たり前の現象なのではなく、赤外線セラミックヒーターの特性によって起きていたことが分かってきた。モノは、赤外線を吸収し、これが熱エネルギーに変わることで溶媒の蒸発や、基材の温度上昇を起こす。ただし、対象物の原子の結合状態によって、吸収する赤外線の波長が異なる。つまり、吸収しない波長の赤外線のみを照射できれば、温度上昇を抑制できる。

 現在使われている赤外線セラミックヒーターは、2.5μm~8μmと広範囲な波長の赤外線を放出する。このため、多種多様な対象物を加熱できたのである。これは、加熱用のヒーターとしては、汎用性を広げる好ましい特性だ。しかし、工業用乾燥炉の熱源としては、どんな対象物も加熱してしまうその特性自体が欠点につながっていた。

狙った溶媒だけが吸収する光を照射

中山 慶太氏
日本ガイシ
産業プロセス事業部 営業部
加熱グループ

 「蒸発させたい溶媒が吸収する波長の赤外線だけを照射して、塗布膜や基材の温度は上げずに選択的に溶媒を飛ばす。これが、波長制御乾燥システムのコンセプトです」(日本ガイシ 産業プロセス事業部 営業部 加熱グループの中山慶太氏)。

 こうした新しいコンセプトに沿って、絶大な効果を発揮する乾燥炉が生まれた。厚い塗布膜の乾燥、熱ダメージを抑制する低温乾燥、大気圧下でのフィルム内部の脱水など、これまでの不可能を可能にする。その他、乾燥時間は約1/2~1/3に短縮し、消費電力も30~50%削減。塗布膜中成分の乾燥による濃度の偏りを示すバインダー偏析も30~40%抑制可能である。 その原理とヒーターや炉の構造を簡単に紹介する。

 水、イソプロピルアルコール(IPA)、酢酸エチルなど、生産プロセスの中で使われる代表的な溶媒は、波長が3μm周辺の近赤外線をよく吸収する。これに対しPETフィルムなど塗布膜を載せる基材は、この波長帯の光をほとんど吸収しない。半面、遠赤外線を吸収すると加熱されて軟化してしまう。波長をキッチリと制御し、近赤外線だけを当てれば、基材の温度上昇を抑えつつ溶媒を蒸発させ、内部まで均一に乾燥させることができる(図2)。

図2 波長制御乾燥イメージ
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 波長制御乾燥システムで使われているヒーターは、主に波長が3.5μm未満の近赤外線を選択的に放射する。その構造は、以下のようなものだ。まず、熱源にはタングステンのフィラメントを用い、その周囲を石英管で覆っている。これは、電気ストーブなどのヒーターによく見られる構造である。フィラメントの温度が2000℃近くまで上昇すると、そこから近赤外線と遠赤外線の両方が放出される。

 周囲を囲う石英管には、遠赤外線を吸収し、近赤外線を透過させるフィルターの役割を果たす特性がある。ただし、その温度が1000℃近くまで上がると、石英管からも遠赤外線を二次放出してしまう。そこで日本ガイシが独自開発したヒーターでは、さらにその外側を2層目の石英管で囲み、1層目と2層目の隙間に低温の空気を流して冷却する「二重管構造」を採用した。この構造を採用することで、石英管を100~200℃と低温で維持し、遠赤外線を遮断する効果を得た。

生産プロセスに革新をもたらす

 波長制御乾燥システムには、ヒーターの構造以外にも、日本ガイシが持つ多くの技術やノウハウが注がれている。塗布膜中の溶媒や基材の種類、塗膜の厚さなどに合わせて、乾燥後のダメージを最小限に抑えながら、狙った溶媒を蒸発させるため、炉内に配置するヒーターのピッチ、流す空気の温度、量、乾燥対象の搬送スピードなど多くの条件を最適化して乾燥炉が設計されている。

 日本ガイシは、こうした装置の設計条件を導き出すためのシミュレーターを独自開発。用途に合った装置を、効率よくカスタマイズできる環境を用意している。波長制御乾燥システムの応用分野は、極めて広い(図3)。日本ガイシには、さまざまな分野の製品を生産するプロセスへの適用を目指した多くの開発案件を通じて、最適な炉を設計するためのノウハウが着実に蓄積されている。

図3 波長制御乾燥システムの応用分野
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新井 誠氏
日本ガイシ
産業プロセス事業部技術部
プラント技術グループマネージャー

 これまで不可能に思えた乾燥を可能にするシステムの登場で、あらゆる工業製品の生産プロセスに、一歩進んだ効率化、低コスト化、高品質化がもたらされる可能性が出てきた。「既に試したユーザーからは、私たちも想定していなかった利用法を聞く場面が増えてきました。波長制御乾燥システムの潜在能力の大きさを再認識しています」(同 技術部 プラント技術グループマネージャーの新井 誠氏)という。

 プロセスエンジニアに、新しい生産プロセスの創出につながるインスピレーションを与える波長制御乾燥システム。それを活用した生産プロセスの革新は、今始まったばかりだ。

お問い合わせ
  • 日本ガイシ株式会社
    日本ガイシ株式会社

    産業プロセス事業部 営業部

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