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家庭から産業分野までIoTを加速するDECT ULE

 本格的なIoT時代の到来を前にして、デジタルコードレス電話向けの無線通信規格として利用されてきた「DECT(デクト)」に、新たな価値が生まれている。高安定、低遅延、長距離での無線通信を実現できる特長を生かし、セキュリティーや産業プラントといった、特に高い信頼性が求められるIoTシステムでの活用が広がっている。バッテリーでの長期利用を可能にする、より低消費電力化を推し進めた規格「DECT ULE(Ultra Low Energy)」の登場で、応用の広がりはさらに加速しそうだ。DECTの潜在能力を解説するシリーズ、第2回は実際の応用事例と未来の新しい可能性を紹介する。

 Wi-Fi やBluetoothなどにはないDECTの特長を活用したIoTシステムの事例が、次々と登場している。応用は、家庭やオフィスだけではなく、工場、産業プラントにまで広がっている。さらに、電波干渉が少なく高安定、低遅延、遠距離での無線通信を実現するDECTの特長は、デジタルコードレス電話での音声伝送だけではなく、画像や制御のデータ伝送にも生かされるようになった。

 こうした傾向は、低消費電力化を推し進めたDECT ULEの登場によって、さらに加速することだろう。DECT ULEを使えば、DECTの特長を維持したまま、単3電池2本で非同期モードならば最大10年間、2秒ごとに間欠周期起動する同期モードでも最大2年間、利用できるようになる。さらに、同期モードでは起動後数十ms、非同期モードでも数百msと高速で通信を完了できるようにもなった。

 加えて、同規格の標準化を進めているULEアライアンスは、「オートメーション」「セキュリティー」「室内環境の制御」の3つの領域で、アプリケーション層のプロトコル「HAN FUN(Home Area Network FUNctional Protocol)」を新たに規定。IoTシステムの末端(エッジ)機器間での確実な連携・相互運用を実現している。こうした数々の進化によって、データを定常的に収集するエッジ機器向け無線技術としての適性は、さらに高まったと言える。

DECTが家庭でのIoTシステム導入を容易に

 2010年のデジタルコードレス電話の技術基準の改正を契機に、日本市場でもDECTに対応した機器が年間350万台出荷されるまでに増えた。その応用は、デジタルコードレス電話やファクシミリだけではなく、人感センサーや監視カメラ、インターホンなどを組み合わせたホームセキュリティーや電化製品の制御などにも、着実に広がっている(別掲記事「DECTの利用価値を再発見」参照)。

 例えば、窓やドアにDECT対応の開閉センサーを取り付け、コードレス電話機などに登録すれば、外部からの侵入者を発見してネットに接続した機器から警告音を鳴らすセキュリティーシステムを、簡単に構築できるようになった(図1)。さらに、コードレス電話機をインターネットにつなげるゲートウェイにすれば、家庭内だけで閉じていたセキュリティーシステムを、IoTシステムへと発展させることもできる。

図1 DECTを活用して家庭でのIoTシステムの導入を加速
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 既に、家に設置したセンサーの反応や留守中の来客を伝える画像を、携帯電話を使って外出先で確認できるDECT対応のシステムが販売されている。子供や離れて暮らす高齢者の見守りといった、これからの日本の暮らしの中で欠かせないシステムになろう。さらに、電源のオン/オフや消費電力のモニターが可能なスマートプラグなど、国内の安全基準にも適合したDECT応用商品にも期待がかかる。

 現在の住環境は、数多くのデジタル機器や電子レンジなどが発する電波が飛び交う、無線機器を安定・確実に運用する上で極めて過酷な環境になってきている。こうした中で、侵入者を見逃さないホームセキュリティーシステムを構築するため、他の無線機器との干渉が極めて少ない1.9GHz帯を用いるDECTの仕様は、替わるものがないほど貴重だ。

 また、必要に応じて、簡単なセットアップでIoTシステムの末端に置くエッジ機器を増設できる点もDECTを採用するメリットになる。ネットワーク情報、サービス利用許諾、個人情報の入力など、わずらわしい設定や手続きは一切不要だからだ。床や壁などの障害物を挟む時、「もう少し届けば」という時に役立つ中継アンテナに対応した製品もある。

 日本市場に先駆けてDECT対応の機器が普及した欧米では、DECT対応の機器を利用してIoTサービスを提供する企業も登場している。パナソニックは、ドイツ最大の保険会社であるAllianz社と協業。留守中の水漏れや侵入者などがあった場合に、家主のスマートフォンに通知する見守りサービスをAllianz社が提供している。パナソニックは、そこで用いるセンサーや監視カメラ、スマートフォンとつなぐDECTベースの情報システムを供給している。さらにHoneywell社とも協業し、家庭での人の動きや各部屋の温度をHoneywell社のサーモスタット制御用のAPIを利用してサーバーに通知し、快適さと省エネルギー化を両立した温度管理ができるようにしている。

広大なメガソーラーの稼働状況をきめ細かく管理

 屋外に設置した巨大な産業プラントの保守・メンテナンスでも、DECTを採用したIoTシステムが活用されるようになった。

 再生可能エネルギーの固定価格買取制度の開始以来、日本でも大規模な太陽光発電所(メガソーラー)が数多く設置されている。メガソーラーでは、安定した発電を維持するため、設置した太陽光パネルの稼働状況を常時管理する必要がある。電力網につなぐための電力変換を行う施設であるインバーターハウスでこうした管理を行うと、管理対象となる太陽光パネルの数が多くなってしまい、不具合などの発見が遅れてしまいがちになる。その結果、発電ロスや点検工数の負荷増大を招く。こうした課題を、DECTの特長を生かした分散型の保守メンテナンスシステムの採用で解決した事例が出てきている。

 1.5MWの出力を持つF尾道太陽光発電所では、太陽光パネルの稼働状況のデータを、DECTを使ってストリング単位で管理できるようにしたシステムの実証実験が行われた(図2)。ストリングとは、太陽光パネルを何枚かまとめてグループ化した単位のことである。同発電所では、全パネルを440ラインのストリングに分轄。それぞれの発電状況のデータを、中央のインバーターハウスのある場所に設置した4機の親機にDECTを使って伝送する構成を採った。これによって、これまでよりもきめ細かい単位での発電状況の把握が可能になった。故障した太陽電池モジュールの早期特定、影や雑草などによる発電ロスの迅速な発見につながり、保守・メンテナンス作業の効果と効率が高まったとする。

図2 F尾道太陽光発電所のDECTを活用した監視システムの構成
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 同発電所は、広大な敷地の中に5728枚の太陽光パネルが設置されている。インバーターハウスとパネルが遠く離れていたとしても、DECTならば適所に中継点を置くことで伝送できる。さらにインバーターハウスからインターネットに接続することで、遠隔地から発電状況の確認や異常発生時の通知などを受け取れる。DECT対応の監視ユニットは簡単に後付けできるため、ケーブルの敷設が不要で,施工コストの低減にも貢献する。

機械同士が音声で通話する時代がやってくる

 DECTの利用価値は、これからますます高まりそうだ。音声認識技術や人工知能の発達によって、 音声データを高品質で伝送できるDECTの特長が思わぬかたちで生きてくる可能性の芽が出てきている。

 画像処理の分野では、カメラから取り込んだ画像をサーバーなどに伝送し、被写体を正確に認識することで、自動運転車や自動監視システム、ファクトリーオートメーションのような自動化システムが実現している。同様に、音声処理に関しても、音声認識技術と音声通信技術を組み合わせることで、自動化システムに活用できるかもしれない。人間だけではなく、機械も、人の言葉やさまざまな環境音に耳を傾けながら動く時代がくれば、音声通信の新たな可能性が開けることだろう。

 自動翻訳、公共施設などを案内する自動コンパニオン、機械の稼働音を聞いて不調を察知するシステムなど、音声データを利用した自動化システムはさまざまな場所で活用されるようになるのではないか。こうした時代が到来すれば、音声を高品質に伝えるために開発されたDECTは、替え難い価値を持った無線通信技術になるにちがいない。

DECTの利用価値を再発見

 DECTフォーラムは、2016年5月25日から27日に掛けて開催された無線技術関連の専門展示会「ワイヤレスジャパン2016」に出展した。前年までの展示では、チップやボードなどDECTに対応した機器を開発できる環境が整っていることを訴求していた。今回の展示では、日本市場でも豊富に流通し始めたDECT対応の具体的な機器を数多く展示し、DECTの利用がさまざまな応用で広がっていることを示す内容になった。

 来場者のDECTに対する印象も、この1年で大きく様変わりしたようだ。「これまでは、DECTとは何かを問われることが多かったように思えます。今年は、DECTはどのような応用で、どのような効果が得られるのか、一歩突っ込んだ質問を受けることが多くなりました」(DECTフォーラム ジャパンワーキンググループ 代表の森川和彦氏)という。現状ではWi-Fiを使ってIoTシステムを構成しているが、飛び交う電波が増え思ったような運用ができなくなったため、代替手段としてDECTの利用を考えている来場者もいたという。

 さらに、これまで思ってもみなかったDECTの活用法もありそうだ。例えば、空中でも利用できるDECTの特長を生かし、ドローンと陸上との通信に利用できる可能性がある。無線技術は、応用分野の求めに合わせて、適材適所に使い分ける時代になっている。DECTが活躍する場面は、ますます増えることだろう。

参照リンク

IoT向け無線として、旬と成熟を同時に迎えたDECT:第1回
音声通信で磨いた高品質をIoTに生かす
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