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建設現場に導入されたIoTシステムの開発事例

ものづくりの現場ではIoT(Internet of Things)活用が、盛んに検討されている。多種多様なセンサーを使って、製造装置・工作機械などの稼働状況をきめ細かくモニタリングし、より効果的で効率的な生産を目指す。同様の動きは、ものづくりだけにとどまらず、建設・土木、医療、農業などさまざまな分野でも広がっている。創業から300年以上の歴史を誇る老舗ゼネコンである銭高組は、トンネル工事の現場で、省電力化と安全性の向上を実現するIoTシステム「TUNNEL EYE(トンネル・アイ)」を開発。高松自動車道 志度トンネルの工事現場に試験導入した。同社は、坑内の作業者の安全を確保しながら、電力消費を従来比で2割減らすことができるシステムを、わずか3カ月で開発したという。ナショナルインスツルメンツ(NI)社の開発プラットフォームを活用することで、短期開発を実現した。

 製造業をはじめ、建設・土木、医療、農業など幅広い業界でIoT活用の議論がなされつつある。有効なIoTシステムを開発するためには、「利益を上げる」「コストを削減する」「品質を向上する」といったシステム導入で狙うメリットを明確に定めることが鍵になる。その上で、システムのアイデアを具現化する開発プラットフォームの選択をすることが重要だ。ここでは、IoTシステム開発の一例として、老舗ゼネコンである錢高組の取り組みを紹介する。

トンネル工事現場の様子は、外から細かく見ることができない

 錢高組が手がける、山を貫いて高速道路を建設する「山岳トンネル」の工事現場では、作業員の安全管理ならびに電力消費量の削減が課題であった。現場では施工用の大型機械が多く使われ、多数の作業者が危険と隣り合わせの環境の中で働いている。しかし、現場の施工用機械のきめ細かな稼働状況や、作業者の位置情報などを、リアルタイムで把握する手段は持っていなかった。

 例えば坑内で発破をかける場合、作業者が確実に待避できていなければならない。だが、入坑管理は、トンネルの出入り口で表裏がそれぞれ赤白に塗られた名札を作業者自らひっくり返す「名札管理」で行う現場が今でも存在している。仮に、名札を返すのを忘れてしまった人が坑内に残っていても、気付かない可能性がある。

 また、山岳トンネル工事の現場では驚くほど莫大な電力を消費している。掘削やコンクリートを吹き付ける施工用機械や坑内を照らす照明、粉塵の排出、酸素濃度の低下や温度の上昇を防ぐ換気ファンなど、多くの電気機器が昼夜を通して使われるからである。ただし、消費する電力には、多くの無駄が含まれていることは分かっていた。

  なぜなら、入坑者の安全確保と低電力化は、トレードオフの関係にあるからだ。作業者の所在を把握しにくい環境の現場では、安全を確保するためには、常に作業者がいることを前提にして、ファンや照明など作業環境を整えるための機械を動かす必要がある。例えば、掘削や吹き付けを行うときには、作業を始める前から換気ファンを回したままにして作業環境を整えていた。現場の状態をつまびらかに把握できないため、余裕を持って安全を確保するには見切りでファンを動かす必要があったのだ。

 さらに、掘削して出た土砂の運搬では、トラックが走る坑内全域を照明で照らしている。これも、トラックの位置をリアルタイムに把握する手段がなかったから生じる無駄だ。これらの無駄が一度に重なると、電力の消費量は一気にピークになる。仮に契約電力容量を超えてしまった場合には、超過費用の支払いで建設費用を押し上げる要因ともなりかねない。

  だからこそ、山岳トンネルの工事現場の状態を、精緻かつ正確に把握できるシステムを構築することで、作業員の安全管理と省電力化を両立できるのではないか―――銭高組は、このようなアイデアを持っていた。

消費電力を2割削減、作業者の所在も確実に把握

 そこで、銭高組では様々な計器やRFIDタグなどで現場の状況をきめ細かく監視し、照明や換気ファンなどを自動制御できるシステム「TUNNEL EYE」を開発(図1)。高松自動車道 志度トンネルの工事現場に試験導入した。導入効果として、山岳トンネルの工事現場が抱える課題を解決する実用性が確認され、消費電力は2割削減を見込んでいる。安全管理の面からは、仮に坑内で火災や落盤などの緊急事態が発生しても、作業者の行動履歴から所在を追跡できるようになった。

図1 銭高組が開発した低電力化と安全性の向上を同時に実現したIoTシステム「TUNNEL EYE」

 銭高組が開発し、試験導入したTUNNEL EYEは、IPアドレスを個々に割り当てた多種多様な計測・制御端末と、工事現場の事務所などに設置されたサーバーで構成される。

 このうち計測・制御端末は、制御の対象になる電気機器や100m置きに配備されている分電盤に取り付けられ、ネットワークを介してサーバーと情報をやり取りする。個々の端末に、粉塵や可燃性ガスなどの濃度を測定する濃度計、工事用の照明・換気ファン・掘削機械の稼働状況を監視する電力計、入坑者や工事車両を検知するRFIDリーダーなどを備えている。そして、坑内各所の状態データや、入坑者・車両の位置データを取得して、サーバーに送る。サーバーでは、受信したデータを基に分析・処理し、結果に応じて照明やファンにフィードバックして自動制御する。

省電力化と入坑管理を一元化

 TUNNEL EYEは、照明や換気ファンの自動制御と入坑者の位置情報の管理を関連付けることができる点で、これまでの管理・制御システムよりも一歩踏み込んだ進化を遂げている。従来からある一般的なシステムでは、省電力化のシステムと入坑管理のシステムは全く別々で、両者を相互接続して自動的に制御することはできなかった。それが今回一元管理できるようになったのだ。

 TUNNEL EYEでは、電力消費の推移、温度、湿度、二酸化炭素やメタンガスの濃度など現場の状況と、入坑者や工事車両の位置をリアルタイムで1つの画面で一覧し、これらのデータをすべて自動制御に利用できるようになった(図2)。さらに、取得したデータを基に、サーバーであらかじめ作業の様子を予測して、必要なタイミングで換気ファンを稼動させたり、照明を調整するなど最適化を行うことで、消費電力削減を実現できた。

図2 状態監視と入坑者情報を一元管理できるTUNNEL EYEのモニター画面

初めてでもIoTシステムをわずか3カ月で開発

岡田一成氏
日本ナショナルインスツルメンツ
マーケティング部 シニアテクニカルマーケティングマネジャー

 想定以上の成果を上げたTUNNEL EYEの開発だが、銭高組にとって工事現場のIT化は、何と初めての取り組みだったという。経験が少ないにもかかわらず、構想・設計・試作・実装で2カ月、アルゴリズムの調整などテスト・修正で1カ月の計3カ月と極めて短期間で開発を完了させている。開発プラットフォームとして、NI社の再構成可能な計測・制御プラットフォーム「CompactRIO」と容易なシステム開発を可能にするソフトウエアプラットフォーム「LabVIEW」を採用。NI社のパートナーであるイー・アイ・ソルが迅速な開発を実現した。

 完成したTUNNEL EYEは、一見、トンネル工事に特化しているシステムに見えるが、その本質は、ものづくりの現場などで導入が進みつつあるIoTシステムそのものだ。「昨今、何のためにIoTシステムを構築したいのか迷われているお客様が多い中、錢高組様はシステム開発の目的が、省電力化と安全性の向上ときっちりと定義されていました。このため、NI社の開発プラットフォームの潜在能力を的確に生かして、効果的なIoTシステムを短時間で開発していただけました」と、日本ナショナルインスツルメンツ マーケティング部 シニアテクニカルマーケティングマネジャーの岡田一成氏は語る。

IoTシステム開発の鍵を握るのは計測・制御デバイス

 IoTシステムは、データを収集するセンサーと制御対象となるアクチュエータ、計測・制御デバイスそしてネットを介してビッグデータ解析を行うITインフラの3つの部分で構成されている(図3)。このうち、センサーなど末端のデバイスに関しては、高い専門性を持った専業メーカーが数多くある。さらに、ITインフラについてもビッグデータの取り扱いに詳しいIT企業がたくさんある。しかし、両者をつなぐ計測・制御デバイスに関しては、システムを導入するユーザーも、その重要性を見逃しがちだ。計測こそがビッグデータの源であるにも関わらずだ。

図3 IoTシステムの3つの要素

 トンネルの各所に配置する端末装置では、そこに盛り込む機能を的確かつ効率よく実現することが鍵になる。その部分の開発で貢献したのが、NI社のCompactRIOである。銭高組が開発したものと同等のシステムは、PLC(Programmable Logic Controller)などFA機器やマイコンをベースにした独自の組み込みデバイスでも実現できるように思えるかもしれない。しかし、実際には、それほど簡単なことではない。

 IoTシステムに使用される計測・制御デバイスには、様々なセンサーやモーター、カメラなどを必要に応じて確実に接続できる極めて高い相互接続性が求められる。しかし、PLCでは、特定のセンサーや工業バスしか接続できないことが少なくない。CompactRIOならば、200種類以上のI/Oモジュールを用意し、EtherCATやEtherNet/IPなど多様な工業バスにも対応しているため、必要なものを組み合わせ、相互接続性を確保したシステムを自在に構成できる(図4)。また、多様なセンサーなどを統合するとき、ソフトやドライバーの開発など手間のかかる作業も不要なため、マイコンを使って独自の組み込みシステムを開発する場合に比べて、約半分の規模のチーム、約半分の期間で開発できるという。

図4 高い相互接続性を実現するCompactRIO

 さらに、今回の錢高組のシステムでは、近くで発破を掛け、漏水もある環境で利用するため、振動や温度、湿度などに対する高い耐環境性が求められた。しかし、PLCではこうした過酷な環境で利用できる製品が少ない。CompactRIOは、連続振動で5G、瞬間では50Gまで耐えられ、動作可能な温度範囲も−40℃~70℃と広い。湿度対策も万全であることも採用の決め手となった。

 加えて、計測器ベンダーならではの高い計測精度や、FPGAを搭載していることによる高速な演算も、CompactRIOをより高度な状態監視・制御に応用する上での魅力だと言える。

新しいアイデアを盛り込み、進化できるシステム

 実は、銭高組は、当初は省電力化と安全性の向上を1つのシステムで実現できるとは考えていなかったようだ。まず照明の点灯を自動制御する省電力化を実現するシステムの開発からスタートした。極めて柔軟性と拡張性の高い開発プラットフォームであるCompactRIOとLabVIEWの組み合わせでできることを開発の過程で見極めながら、徐々に状態監視と制御の範囲と対象を増やしていった。

 建設・土木の現場の環境や作業の要件は、多種多様である。換気ファンに加えて集塵機も利用する必要がある現場や、土砂の搬出をトラックではなく連続ベルトコンベアで行う現場もある。こうした状態監視の項目や制御対象の違いにも、CompactRIOならば柔軟に対応できる。また将来は、システムに盛り込む機能やデータ収集のセンサーを追加し、新しいアイデアを盛り込んだシステムへと進化させることもできるのだ。

 このように、NI社の開発プラットフォームCompactRIOとLabVIEWは、問題解決に向けたエンジニアのアイデアを、迅速かつ自由自在に具現化するツールである。その柔軟性は、建築・土木の分野だけではなく、IoTシステムの活用を考える、あらゆる分野で効果を発揮することだろう。斬新なアイデアを持つエンジニアにこそ、使って欲しいツールだ。

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