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IoT時代で加速するワイヤレス技術の進化

世の中のあらゆるモノにワイヤレス通信機能が搭載される時代が目前に迫っている。国際電気通信連合(ITU)は、5G(第5世代移動通信)で求められる技術要件を明確に定義するため、「IMT-2020」として用途を3つのユースケースに整理し、次世代を担うワイヤレス技術とそれを活用した機器の開発を促している。こうした新しい時代の到来を前にして、ワイヤレス機器の開発現場では、最新規格で効果的で確実な接続を実現し、同時に開発コストの低減も期待できる、新しいテストシステムの登場が渇望されていた。2012年に、高い柔軟性と拡張性を実現したテストモジュール「ベクトル信号トランシーバ(VST)」を発売し、ワイヤレス機器のテストシーンを一変させたナショナルインスツルメンツ(NI)社が、満を持して第2世代VSTを投入した。次世代のワイヤレス機器を開発するエンジニアが常に傍らに置くべき、その数段進化した機能と性能を紹介する。

 携帯電話でメールの送受信やウエブページの閲覧が可能になったのは、それほど昔のことではない。今では、高解像度の動画をどこでも楽しめるまでになった。

 携帯電話に限らず、ワイヤレス通信技術は絶えず進化し続けている。これからの10年の間には、ワイヤレスネットワークにつながる機器の数が、利用者の数の10倍にまで増えると予想されている。人だけではなく、世の中のあらゆるモノにワイヤレス通信の機能が搭載される時代が間近に迫っているのだ。さらに進化したワイヤレス通信技術は、人々の生活をより豊かなものにし、仕事の進め方や社会活動の効果と効率をさらに高めることだろう。

久保 法晴 氏
日本ナショナルインスツルメンツ株式会社
APACマーケティングマネージャー テスト&RF担当

 近年のワイヤレス通信を活用した機器やシステムの開発では、最新の規格への迅速な対応だけではなく、開発コスト削減の重要性が一層高まっている。あらゆるモノがネットにつながる時代には、ワイヤレス機器の開発案件が急増し、安価な機器にもワイヤレス通信機能を搭載する必要があるからだ。「進化とコスト削減の両面からの要求に応えるため、テストシステムにもさらなる進化が求められています」と、日本ナショナルインスツルメンツ APACマーケティングマネージャー テスト&RF担当 久保 法晴氏は語る。

 これまでワイヤレス通信を活用する機器やシステムのテストでは、仕様を特定の機能や用途に最適化した計測器を組み合わせて構成したテストシステムを利用していた。しかし、これからは、こうした構成のシステムでは決められた開発期間内、コスト内で高度なテストを行うことが困難になる。「NIは、柔軟性と拡張性に優れたスマートテストシステム『PXIプラットフォーム』の提供を通じて、機器やシステムの試作・検証に貢献して参ります」(久保氏)。

ワイヤレス機器の開発シーンを一変させたVST

 NI社は、2012年に、ワイヤレス通信機器のテストに比類なき柔軟性と拡張性をもたらす「ベクトル信号トランシーバ(VST)」を発表した。6GHzのRF信号発生器、6GHzのRF信号アナライザ、パラレルデジタルI/O、そしてユーザーが機能を自由にプログラミングできるFPGAという、4つの機能を1つのPXIモジュールに一体化した画期的な製品だった。

 VSTは、テスト効率を劇的に向上させ、より高性能、高品質な機器やシステムの設計に大いに貢献した。例えば、Qualcomm社では、Wi-Fi向けチップのテスト時間を、VSTを活用することで従来システム比1/200に短縮。短縮した分のテスト時間を、より詳細なチップ評価に振り向けて、より深く洞察した上での設計ができたという。同社以外にも、通信チップの開発ではBroadcom社、航空宇宙産業ではLockheed Martin社、5G実証実験ではNTTドコモと、それぞれの業界を牽引する企業が競うように採用した。これらは、VSTがさまざまな業界の開発現場に与えたインパクトがいかに大きかったかを示す証左である。

高度化と多様化が進むワイヤレス機器の未来

 ワイヤレス機器の高度化と多様化は、これからも続く。国際電気通信連合(ITU)は、5G(第5世代移動通信)で求められる技術要件を明確に定義するため、「IMT-2020」として用途を3つのユースケースに整理している(図1)。

図1 3つの5Gユースケース
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 1番目は、「高度モバイルブロードバンド(Enhanced Mobile Broadband:eMBB)」と呼ぶ、より高いピークデータレートでより高精細な動画やバーチャルリアリティ向けのデータを短時間でダウンロードして使うようなケースである。将来求められるネットワーク通信容量とピークデータレートを定義しており、下り方向でのピークスループットの目標としてLTEの100倍に相当する10Gbpsを掲げている。こうした野心的な目標を実現するため、キャリアの広帯域化、高次変調方式の採用、MIMO/ビームフォーミングといった技術の活用を想定している。

 2番目は、「大容量マシンタイプ通信(Massive Machine-Type Communication:mMTC)」と呼ぶ、スマートシティでの自動車と交通インフラ間での通信のような、多くの機器が同時にデータをやり取りするケースである。アクセス可能な場所と機器を増やすとともに、そのコストの抑制を求めている。実現に向けては、M2M(Machine to Machine)通信向けLTEや狭帯域IoT(Narrowband IoT:NB-IoT)といった技術の利用が想定されている。

 3番目は、「超高信頼性マシンタイプ通信(Ultra-reliable Machine-Type Communication:uMTC)」と呼ぶ、医師がロボットを遠隔操作して手術するといった、高度な安全性と信頼性が要求されるケースである。自動運転車の実現にも欠かせない通信技術だ。実現手段には、レイテンシとパケットエラーレートを低減できる技術の利用を想定している。

ワイヤレス通信の進化に寄り添いVSTは第2世代に進化

 IMT-2020で挙げられた3つのユースケースの実現には、帯域幅の拡大、マルチアンテナ技術の採用など、これまで以上に高度で多種多様なワイヤレス通信技術を開発し、機器やシステムごとのユースケースに合わせて実装していく必要がある。こうしたワイヤレス技術のさらなる進化に追随して、RF設計/テストにも進化が求められるようになった。そこでNI社は、「第1世代の4つの機能と性能を底上げし、さらに時代の要請に応える新しい機能も追加した第2世代VST『NI PXIe-5840』を投入しました」(日本ナショナルインスツルメンツ 久保氏)。

 第2世代VSTでは、瞬時帯域幅を従来機の200MHzから1GHzへと拡張。計測可能な周波数範囲も、下限周波数を前世代機の65MHzから9kHzへと拡大し、AM、FMや航空宇宙関係の低周波数通信などにも利用できるようになった。これによって、ワイヤレス機器の開発案件の約8割をカバーする、極めて汎用性の高いツールになった。また、通信品質を測るEVM(Error Vector Magnitude)評価での性能も現時点で世界トップクラスとなる前世代機比2倍に向上し、FPGAのサイズも4.7倍に大規模化した。加えて5つ目の機能として、新たに12.5Gbpsの高速シリアル通信機能も搭載し、バスの高速化に対応した。しかも、こうした数々の進化を遂げながら、設置面積を第1世代から33%小さくした2スロットのモジュールに収めている(図2)。

図2 大幅な機能強化を図りつつ、33%もコンパクトになった第2世代VST
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 第2世代VSTの登場によって、IMT-2020に向けた高度で多様なワイヤレステストに対応できる、高い柔軟性、機能、性能が実現した。さらに、先進運転支援システム(ADAS)や自動運転車に欠かせない自動車用レーダーなど、近い将来に実用化するワイヤレス機器の開発にも対応できている。

デジタル・プリディストーションに対応できる帯域幅を確保 過去10年間、ワイヤレス通信では、より広い帯域幅でのチャネルを使用することで、ピークデータレートを向上させてきた。例えば、Wi-Fiでは20MHzから40MHzへと高速化し、最新規格のIEEE 802.11axでは160MHzを実現している。携帯電話でも、GSMの200kHzからLTE-Advancedの100MHzへと高速化した。LTE-Advanced Proや5Gといった将来規格でもこの傾向は変わらない。

 近年、高速なワイヤレス通信を実現するRF回路で使われる半導体をテストする場合には、規格上の帯域幅を上回る帯域幅で信号の挙動を評価できる計測器が求められるようになった。例えば、パワーアンプ(PA)の非線形性を補完する「デジタル・プリディストーション(DPD)」と呼ばれる技術がある。PAの非線形性を補償する技術である。 DPDを用いた状況でPAをテストする場合には、PAの特性計測と同時に、非線形性を補償する波形を生成する必要がある。この時、高度なDPDアルゴリズムを使おうとすれば、テスト要件として、PA自体の帯域幅の3~5倍に対応することが求められる(図3)。LTE-Advanced(100MHzの信号)向けでは、計測器の帯域幅要件は最大500MHzに、IEEE 802.11ac/ax(160MHzの信号)向けでは800MHzになる可能性があるのだ。1GHzの帯域幅を持つ第2世代VSTならば、こうしたテスト要件を満たすことができる。

図3 5倍の信号帯域幅を使用するDPDアルゴリズム
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 帯域幅の拡大の恩恵を受ける場面は、テストだけではない。第2世代VSTの広い帯域幅ならば、より確実にパルス信号を収集するために最大1GHzの信号帯域幅が必要になる、広帯域レーダーシステムの開発にも利用できる。

IEEE 802.11ax向けのEVM要件を満たすRF性能を実現

 最近のワイヤレス機器では、高次変調方式と広帯域マルチキャリア信号が導入されるようにもなった。そして、RFフロントエンドでは、高い線形性と低い位相ノイズを実現しながら、同時に必要な変調性能を備える必要が出てきた。こうしたタイトな開発要件に合わせて、RFテストシステムにも優れたRF性能が求められるようになった。

 例えば、ワイヤレス機器のEVM性能を評価する場合、RF信号アナライザのEVM性能は、テスト対象機器よりも最低10dB分は優れていなければならない。現在のIEEE 802.11acデバイスは、256-QAMの信号を生成するのに、-32dBのEVM性能が必要である。つまり、計測器には、-42dB以上のEVM性能が求められる。IEEE 802.11axで導入が検討されている1024-QAMでは、対象機器のEVMのリミットを-35dB、計測器のEVM要件を-45dBにまで引き上げる必要が出てくるだろう(図4)。

図4 IEEE 802.11axの1024-QAMコンスタレーションプロット
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 第2世代VSTでは、高度なIQキャリブレーション技術(特許出願中)を使うことで、広帯域信号に対応する最高レベルのEVM性能を実現している。そして、PXIのモジュール式設計の効果によってVSTの潜在能力はさらに高まり、最も厳しいEVM性能の要件に対応できるようになる。PXIの外部ローカルオシレータ(LO)を併用すれば、EVM性能は-50dB未満にまで向上させることができる。

複雑なマルチアンテナ技術のテストを容易化

 最新のワイヤレス通信規格では、高度なマルチアンテナ技術の利用が進んでいる。MIMO構成を採用することで空間ストリームを増やし、高いデータレートやビームフォーミングによる堅牢な通信を実現するためだ。IEEE 802.11ax、LTE-Advanced Pro、5Gといった次世代ワイヤレス通信では、より複雑なMIMO技術が採用されることになる。

 複雑なMIMOの採用は、当然、設計とテストの複雑化を招く。機器の通信ポート数が増えるだけでなく、複数チャンネルの同期も必要だ。このため、MIMOを採用した機器をテストするには、複数のRF信号発生器/アナライザを同期できるRFテストシステムが欠かせなくなる。こうしたシステムを構成するには、計測器のフォームファクタや同期機構がとても重要になる。

 コンパクトな筐体に必要な計測器の機能が収められた第2世代VSTでは、18スロットのPXIシャーシ1台に、最大8つのVSTを収容できる(図5)。さらに、このVSTには、他のVST、またはPXIモジュールとの間で正確に同期を取るための技術が導入されている。例えば、NI-TClk(特許取得済み)を使えば、1ナノ秒未満のチャネル間スキューで、最大8つのVSTを簡単に同期できる。さらに、各VSTのLOを互いに共有することで、極めて位相コヒーレントなRF信号生成およびデータ収集を実行可能だ。またICの開発では、消費電力を計測するSMU(Sauce Measure Unit)とVSTの間を同期させることで、動作時の消費電力の変動を測定することもできる。

図5 8つのVSTを使った典型的な8×8 MIMOシステム
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大規模なFPGAを活用して、計測性能を大幅に向上 高度で多様なワイヤレス機器のテストでは、テストの目的や対象に合わせて、機能を柔軟にカスタマイズできるシステムが求められる。計測器内での閉ループ制御、計測の高速化、計測データのリアルタイム信号処理、テスト対象機器の同期制御などを最適化することで、計測性能を大幅に向上できるからだ。

 これまで、こうした計測器機能のカスタマイズするためには、計測器ベンダと交渉して、計測器を動作させるファームウエアをカスタマイズしてもらうしかなかった。これには予定外の費用を要し、その額は決して安くない。これに対し、NI社のVSTを使えば、システム開発ソフト「LabVIEW」を用いて、簡単にカスタムファームウエアを内製し、VST内のFPGAに実装できる。

 こうした、機能を柔軟にカスタマイズ可能で、なおかつ広い帯域幅に対応した第2世代VSTの特長が際立つアプリケーションとして、レーダーシステムの試作が挙がる。レーダーシステムでは、刺激信号を送信し、自動車や飛行機といったターゲットから戻ってくる反射信号の遅延や周波数偏移を解析し、ターゲットまでの距離と速度を測っている。この解析には、ターゲットごとの特徴をシミュレーションして実行する必要があるが、VSTならば内蔵するFPGAを高速なシミュレータとして利用できる(図6)。Audi社は、ミリ波レーダーの開発において、VSTを活用することで以前は捕らえられなかった問題を、設計の早い段階で把握できるようになったという。

図6 カスタムミリ波ヘッドを用いたレーダーシステムのブロックダイアグラム
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 また、EVMや隣接チャネル漏洩電力(Adjacent Channel Power:ACP)といった計測では、計測時間は計測アルゴリズムの演算時間によって決まる。この演算をFPGAで実行することで、計測時間を短縮できる。

 第2世VSTでは、FPGAを前世代比4.7倍に大規模化しているため、計測時間短縮の恩恵が得られる場面は多く、その効果も大きい。例えば、LTEのテストで5つのバンドを測定する場合、前世代機では帯域幅の上限である200MHzずつチューニングして測定していた。第2世代では、1GHzの帯域幅を活用して、一気に測定することが可能になる。そして、大規模化なFPGAで並列処理することで、処理速度を5〜10倍に高速化できる。 また、Broadcom社は、PAの製造時のテスト時間を短縮するために、VST内のFPAGを活用している。PAを製造するとき、避けられない製造条件のばらつきによって、特性が変動する。この変動の計測では、「パワーサーボ」と呼ぶ入力信号と出力信号それぞれのレベルを測り、所定の入力レベルになるように調整する処理を行う。このレベル調整をFPGA上に実装したリアルタイムDPDで実行しているのだ。これによって、テスト時間を1/5に短縮できたという。

 ワイヤレス通信技術は、とどまることなく進化している。そして、通信技術の進化に際して、設計とテストも相応の進化が求められる。第2世代VSTは、次の世代を担う通信技術の進化に欠かせない、エンジニアのアイデアをかたちにし、問題を解決するための支援をするツールである。目前の課題の解決はもとより、将来の課題解決にも貢献できる拡張性を備えている。第2世代VSTは、最先端のワイヤレス機器を開発するエンジニアの傍らに常に置いて利用すべきツールである。

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