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着実に進むSiCデバイス活用その最新情報を解説

インフィニオンがSiC MOS FETを量産へ その優れた特性を生かして車載分野を開拓
Peter Friedrichs氏
Infineon Technologies AG Senior Director

 インフィニオン テクノロジーズが、SiCデバイスの分野で、技術開発と事業体制の両面からの大攻勢を掛けている。これまで「信頼性に絶対の確信が持てるまで量産しない」としてきたSiC MOS FETの市場投入に、満を持して踏み切った。さらに、現在保有している技術を補完してSiCデバイス技術をさらに強化し、なおかつSiCウエハーの開発・生産を含めた垂直統合型の事業体制も獲得する。勢いに乗る同社の最新の動きを、Infineon Technologies AG Senior Director Peter Friedrichs氏が解説した。

 インフィニオンは、トレンチ型SiC MOS FET「CoolSiC MOS FET」の量産を発表し、2016年5月にドイツで開催されたパワー半導体の展示会「PCIM Europe 2016」で展示した(図1)。同社のSiCデバイス事業では、2001年の世界初のSiCショットキーバリア・ダイオードの量産開始以来、最大の節目になる発表だ。現在、2017年中旬の150mmウエハーでの量産を目指して、準備を進めているとする。

 さらに2016年7月には、Cree社のSiC基板事業およびSiCパワーとRFデバイスの事業会社であるWolfspeedを、8億5000万米ドルで買収することを発表した。既に契約を締結しており、さまざまな承認を得た後に、2016年末には買収を完了する予定である。講演の冒頭で、Friedrichs氏は、まずインフィニオンがWolfspeedの買収への背景とそれによって期待できる効果について説明した。

図1 インフィニオンテクノロジーズが量産するトレンチ型SiC MOS FET「CoolSiC MOS FET」
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垂直統合型のSiCデバイス事業を構築

 SiCデバイスの応用市場は、大きく2つある。インフィニオンは、Wolfspeedを買収することで、その両方の市場での競争力を強化できるとする。

 ひとつは、RFパワー市場である。この市場でインフィニオンは、現在3位のシェアを占めている。今後、いわゆる「5G(次世代移動通信システム)」の導入が始まり、IoTやIndustrie 4.0に関連した応用市場が立ち上がる。この動きに連動して、市場の要請に合った製品を販売していくとする。現状では、この市場に向けたデバイスとして、インフィニオンはGaN on Si ベースの技術を保有している。ここにWolfspeedが保有するGaN on SiC技術を加えることで、より高度で多様な要求に応えていく計画である。

 もうひとつは、技術力と供給能力の両面で圧倒的な強みを持つパワーデバイス市場である。この市場でのインフィニオンは、Siデバイスでシェア1位、SiCデバイスで同2位にいる。WolfspeedのSiCデバイス事業を加えることで、SiCデバイスでの強みが増強される。さらに、SiCウエハーの製造能力も獲得できるため、材料レベルから最適なデバイスを作り込み、バリューチェーン全体をカバーする垂直統合型の事業体制を確立できる。

 Wolfspeedの買収によって、製品ラインアップの拡充に加え、開発と生産それぞれでシナジー効果が期待できる。ただし、SiCウエハーやSiCデバイスを供給している両社の既存のお客様には、「従来と変わることなく供給を続けていきます。むしろ、お客様の将来のビジネスを強力に推進して参ります」(Friedrichs氏)と強調した。

良好な特性と信頼性の両立が困難

 次に、SiCトランジスタの本命デバイスといえる、CoolSiC MOS FETについて解説した。

 SiCベースをMOS FETを実現するためには、大きな課題を克服する必要があったと言う。SiベースのMOS FETでは問題にならなかった、高いチャネル抵抗(電荷が移動するチャネル領域の抵抗)への対処である。高いチャネル抵抗の影響は、デバイス全体の特性に及ぶ。Si MOS FETでは、オフ状態のゲートに特定の電圧を加えると、明確な状態変化を起こしてオン状態に転じる。そして、それ以上の電圧を加えても、そのオン状態は変わらない。一方、SiC MOS FETでは、印加するゲート電圧の変化に応じて、チャネル抵抗がズルズルと変わる(図2)。さらに、チャネル抵抗が大きな領域では、Si MOS FETよりも損失が大きくなってしまう。

図2 Si MOS FETとSiC MOS FETの特性の違い
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 一般的なMOS FETの構造であるプレーナー型の場合、チャネル抵抗は、キャリア(電子)がどのくらい容易に移動できるかによって決まる。ところが、SiCのようにチャネル領域とゲート酸化膜の界面の欠陥密度が高いと、キャリアが散乱されてしまい、自由な移動が妨げられてしまう。結果としてチャネル抵抗が増大し、電力損失やドレイン電流の低下を招く。

 プレーナー型でのオン抵抗を下げるための唯一の解は、ゲート酸化膜の電界を上げることだ。ゲート電圧を上げる、もしくはゲート酸化膜の厚さを薄くしてすれば電界は大きくなる。ただし、いずれの方法も、ゲート酸化膜中の電界が大きくなり過ぎると、酸化膜を破壊してしまう可能性がある。特性の改善と信頼性の確保には、トレードオフの関係があるのだ。

 こうした課題を克服するためには、新しい素子構造が必要になる。いかにして、酸化膜に過度のストレスが掛かる状況にしないかが、素子構造を考える上でのポイントになる。

トレンチ型の絶大な威力

 SiC MOS FETが抱えていた課題は、トレンチ型の素子構造を採用することで解決できる。SiCには、トレンチ構造の側面部をチャネル領域にすれば、欠陥密度を、プレーナー型の一種であるDMOSよりも1ケタ低くできる。特性の改善と信頼性の確保の両立を阻む元凶だった欠陥の密度を低減できるため、課題が一気に解消する。ただし、トレンチ型の素子構造を実現するためには、高度な設計・生産技術が必要になる。この点に関しては、「インフィニオンにはSi MOS FETをすべてトレンチ型で作ってきた実績があり、問題にはなりませんでした」(Friedrichs氏)と言う。

 トレンチ型を採用することで、オン抵抗を既存のMOS FETに比べて極めて低い、3.5mΩcm2まで低減することに成功した。このオン抵抗の値を3MV/cm2以下の低い電界で実現できるため、車載用のように高い信頼性が求められる応用にも適用できる。しかも、しきい値電圧が4Vと高く、ゲート制御範囲も-5V~15Vと広い。こうした特長を同時に実現できるのは、トレンチ型ならではである。

 さらに高いスイッチング速度に対応できる、優れた制御性能も備えている。加えて、内蔵ダイオードの特性が優れており、高速な外付けショットキーバリア・ダイオードと同等の損失レベルを達成している。このため、CoolSiC MOS FETの内蔵ダイオードは、堅牢性の向上(ハードコミュテーション)にも利用できる。

 インフィニオンは、CoolSiC MOS FETの製品として、1200V品をまず投入。TO247パッケージに封止したディスクリートデバイスと4つのパワーモジュールを発売する計画である。モジュールは、ハーフブリッジのセットと、ブースターセットの2種類を用意する。

車載にはSiCを推す

 インフィニオンは、CoolSiC MOS FETを、ハイブリッド車や電気自動車などへの応用が広がる製品と位置付けている(図3)。

図3 CoolSiC MOS FETで多くの車載応用での要求をカバー
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 車載用として、GaNデバイスを活用する検討も進められているが、インフィニオンは「高速スイッチングに関してはまだ問題が残り、欠陥の影響による信頼性にも確信が持てない状態です」(Friedrichs氏)とみる。そして、CoolSiC MOS FETならばIGBT向けと似たゲートドライバで利用できるため、現状の回路構成に大きな変更を加える必要がないとする。また、CoolSiC MOS FETは、高いパワーレートまでカバーし、スイッチング周波数もSiベースのIGBTよりも高くできる。このため、その特性は、車載用の多くの用途での要求に応えられる。

 ただし、車載ならばどのような車種のどのような機能でも効果を発揮するといった乱暴な提案をしているわけではない。バッテリーベースの電気自動車のうち、長距離運転を想定したハイエンドで大きな効果が得られるとする。

 CoolSiC MOS FETは、今後、短絡耐量の向上、耐圧の向上をさらに推し進めて、応用分野を段階的に拡大していく計画だ。最初にソーラー、スイッチ、無停電電源システム(UPS)、電力の蓄積システムといった応用を想定した製品を出す。次にモータドライブの用途、その次に交通機関への応用に向けた製品を投入する。

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