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IoT時代を拓くフォグサーバー「Olive」登場

三木 聡 氏
フィックスターズ 代表取締役社長 CEO

IoT(モノのインターネット)時代の要となるのは、センサーとクラウドの間をつなぐ“フォグコンピューティング”である。フィックスターズはフォグコンピューティングに特化したサーバー「Olive」を開発した。2.5インチフォームファクターの超小型でありながら、最大13テラバイトの大容量SSD(solid state drive)を備え、FPGA(大規模PLD)をベースにした斬新な構造。高性能・省スペース・低消費電力なので、様々なIoTシステムへの組み込みやその近傍で、効率的なデータ収集が可能になる。気鋭のエンジニア集団である同社が、尖った技術で世に問う、未来を先取りしたフォグサーバーだ。

 本格的なIoT時代が、目の前まで到来している。「インダストリー4.0」などものづくりの知能化やスマートグリッドの実現から、金融、物流、建設、医療、農業まで、あらゆる産業でIoTの活用が始まっている。

 2020年までに、少なく見積もっても、500億個の機器がネットワークに接続すると予想されている。それらの機器で収集するデータの量は爆発的に増加し、年間40ゼタバイト(1ゼタバイトは2の70乗バイト)に達する見込みだ。こうした、莫大な量のデータを有効に活用するため、ビッグデータを効果的かつ効率的に分析できる情報処理システムの開発が必要になっている。

IoTの要になるフォグコンピューティング

 データ量の急増に対応するには、情報処理システム全体の構造と、要素機器のそれぞれにブレークスルーが必要になる。

 IoTデバイスに組み込める演算能力やストレージ容量には、限りがある。従って、高度な分析や大容量のデータ蓄積には、クラウドの利用が欠かせない。しかし、収集した生データを、そのままクラウド上のデータセンターに転送したのでは、ストレージと通信の容量がいくらあっても足りないし、クラウド自体の処理能力も追いつかない。生データには、ノイズや不要な情報が大量に含まれているからだ。

 このため、情報処理システム全体の構造を見直し、データの収集側(エッジ側)に近い場所で、莫大な生データを価値の高い情報へと加工する工夫が必須になる。こうした課題を解決するブレークスルーとなるのが、米Cisco Systems社のFlavio Bonomi氏が2012年に提唱した、「フォグコンピューティング(Fog Computing)」である。フォグ(Fog、霧)は、クラウド(Cloud、雲)よりも手前で、クラウドの一極集中を避けるために設けられた中間層のコンピューティングである。

 フィックスターズは2016年4月、フォグコンピューティングに特化したサーバー「Solid State Server Olive」を発表し、この8月から出荷を開始した(図1)。フィックスターズ 代表取締役社長 CEOの三木 聡氏は、「われわれはクラウドで満たせない限界を突破するために、フォグコンピューティング専用のサーバーを出しました」と、時代を拓く意気込みを語る。

図1 フィックスターズのIoT時代を見据えたフォグサーバー「Olive」

 IoTにおけるフォグコンピューティングは、例えばスマート工場を構築するのに、効果を発揮する。工場内部の製造機械からのデータや、周囲にセットした計測機器からのデータをいったん工場内のシステムで処理する。あるいは製造機械や計測機器の内部に組み込んでその場でデータ処理を行うのだ。ある程度、求めるデータに抽出したあと、クラウドに送り、外部で高度な分析や意思決定を下すことができれば、IoTが目指す世界に近づくことができるだろう。

フォグサーバーの技術要件は極めて厳しい

 三木氏はOliveの設計コンセプトについて、「ストレージに高速・大容量のSSDを使い、処理エンジンにはFPGAを採用しました。“Solid State Server”と呼ぶようにしたのはIoT時代を見据えたオールフラッシュ・サーバーにしたからです。消費電力も極限まで抑えています」と、フォグコンピューティングならでは、ブレークスルーを意識した作りを強調した。

 ブレークスルーが求められる条件を一つずつ見ていこう。第1の条件は、高速・大容量であること。データ収集側近傍のサーバーには、現在の組み込みシステムよりも数段上の演算能力とストレージ容量が求められる。それでいて、データセンターで使われているような、高性能サーバーをそのまま流用するわけにはいかない。データを収集する現場の近くで蓄積・分析できるように、置き場所に困らないほど小型である必要があるからだ。それが第2の条件である。できれば、工作機や検査機器に組み込めるようなサイズにしたいところだ。

 第3の条件は、消費電力を最小限に抑えること。今後は、データを収集する場所において、機械学習のような高度な処理をすることもありうる。高性能マイクロプロセッサーやGPUを使うと、数十Wもしくは100W以上の電力を消費してしまい、冷却が間に合わなくなるだろう。

厳しい条件をクリアするOlive

 IoT時代の情報処理システムを構成する数ある要素機器の中でも、フォグコンピューティング向けのサーバーは、最も厳しい技術要件を突きつけられている機器であると言える。厳しい技術要件を満たすブレークスルーとして、同社が提案するのがOliveである。

 Oliveの第1世代であるOlive 1の仕様はこうだ(表)。2.5インチフォームファクター(100mm×70mm×15mm)の小さな筐体の中に、デュアルコアCPU「ARM Cortex A9」を搭載したFPGA SoC「Xilinx Zynq-7030」、512MバイトのDDR2 DRAM、ストレージとしてSATA3.0に準拠した最小512ギガバイト、最大13テラバイトのeMMCを収めている。消費電力も、動作時6W、待機時2Wと極めて低い。また、HDDのような機械的に動く部分がないため、振動などにも強く、信頼性が高い点もフォグコンピューティング向けとして魅力的な特長である。

表 Oliveの仕様
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 現状、インタフェースは1GビットEthernetインタフェースだけを搭載する割り切った設計になっている。これはOliveが用途に応じて各種センサーやアクチュエーターを搭載した子基板(モジュール)を搭載することを前提としているからだ。同社は、ユーザー企業へ子基板開発のための必要な仕様を公開したり、同社が設計開発を請け負ったりすることで、フォグコンピューティングでの利用を促進する構えである。

要求に応じてカスタマイズも可能

 IoTシステム中でセンサーが収集するデータは、一定の形式に沿ったシンプルなものだ。様々な形式のデータを対象にして、多様な処理をそつなくこなすマイクロプロセッサーの高い汎用性は必要ない。一定の処理を、並列かつ高速に実行する演算性能の高さこそが重要になる。こうした処理を、低消費電力で実行できるFPGAは、まさにフォグコンピューティング向けの処理エンジンに適したチップだといえる。

 Olive 1では、FPGAを使って、データへの演算処理や圧縮処理、暗号化処理などをプロセッサーの負荷なく実行できる(図2)。ユーザーもOlive上のFPGAを駆使して高性能で低消費電力のアプリケーションを簡単に開発できる。フィックスターズは、演算処理を高速化するための技術ノウハウを蓄積しており、将来はライブラリを提供していきたいとしている。また、OSとして「Yocto Linux」を実装している。標準的なLinuxが動作するため、既存の様々なLinuxアプリケーションを実行可能だ。

図2 Oliveの特長
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 さらに、用途に合わせてカスタム対応できる柔軟性も備えている。フィックスターズは、オプションとして各種モジュールを提供。また製品化・量産を見据えOliveをリファレンスとして、ハードウエア拡張を含むカスタマイズ化した上での販売提供にも対応するという。

既存の組み込みでは対応できない応用を拓く

 高演算性能・大ストレージ容量でありながら、超小型・低消費電力なOliveは、これまでの組み込みシステムでは実現できなかった応用機器の開発を、加速していく可能性を秘めている。

 例えば、その小ささと軽さを利用して、ドローンに高度な分析機能を持たせることもできるかもしれない。もちろん、クラウドとの接続が制限される場面がある飛行機、自動運転車にも多くの活躍の場があることだろう。また、工作機や製造装置、検査装置など工場で使う設備に組み込むことで、故障の事前予知や、超音波診断によるインフラ設備の老朽化診断などにも利用できる。

 他にも、Olive上でFPGAによる画像処理についても応用が期待されている。Oliveにカメラセンサーをつなげて、一定時間は大容量ストレージに保存しながら、認識処理で何かを検知したらクラウドに送るといった利用法が考えられる。

 IoTシステムのエッジ側に置く機器の中で演算処理するための組み込みコンピューターとして、「Raspberry Pi」がよく知られている。Oliveは、今後の開発ロードマップの中で、Raspberry Piよりも、より大容量のデータを対象にして、より高度な演算をエッジ側で実行できるようになることが、明確に示されている。「超高性能なRaspberry Piと言えばいいでしょうか。Raspberry Piのように気軽に各社のIoT製品に組み込んでほしいと考えています」(三木氏)。

気鋭のエンジニアたちの技術の粋

 フィックスターズは、最先端のマルチコア並列処理技術やNANDフラッシュメモリー関連の技術に強みを持つ企業である。通り一遍の技術では実現できない、一歩進んだ仕様のシステムを開発することで定評のある企業だ。Oliveは、同社がこれまで培ってきた技術の粋を注いだ製品であり、同社だからこそ開発できた製品だと言える。

 同社は、扱いやすいプロセッサーや開発環境の利用に縛られず、より高速で、より低消費電力のシステムを構築できる可能性を秘めてさえいれば、たとえ一癖も二癖もある扱いにくい技術でも果敢に使いこなしにかかる。まさに、世界トップレベルのソフトウエア技術を持ったエンジニア集団である。ソニー・コンピュータエンタテインメントの「PlayStation 3」向けに開発されたヘテロジニアス(異種混合)マルチコア・プロセッサー「Cell」を活用したシステムの高速化などでも実績を挙げている。

近村啓史氏
フィックスターズ 取締役
田村陽介氏
フィックスターズ 取締役 COO

 同社は、システムの処理エンジンとしてのFPGAの潜在能力に早くから注目。それを使いこなすためのヘテロジニアス・マルチコア・システムの開発フレームワーク「OpenCL」の普及活動にも貢献している。さらに2014年には、オールフラッシュ時代を先取りして、ギガバイトクラスの製品が主流だった時代の2.5インチSSD市場に、独自のNANDコントローラによって3テラバイトまで大容量化した製品「Fixstars SSD-3000M」を投入して驚かせた。

「Oliveの開発でも、SATAの物理層上でTCP/IPを流すという難問に挑戦して、ずいぶん苦労しました」(フィックスターズ 取締役の近村啓史氏)と言いながら、開発開始からわずか半年足らずで製品化までこぎつけている。

 現在、同社の目は、フォグコンピューティングでの人工知能関連処理の実装に向いている。技術的な要件が厳しく、また高度な並列処理技術が求められるこの分野は、まさにフィックスターズ向きのテーマであると言える。Oliveは、開発する技術を実装する先となる。「しばらくは、人工知能関連の処理を実行するエンジンとして、FPGAの利用が活発化していくことでしょう。有効に活用して、高度な認識・分析・判断を下す処理を実行するうえで、圧倒的な電力効率の高さが魅力だからです。Oliveは、人工知能を宿すフォグコンピューティング用のサーバーとして、理想的です」(フィックスターズ 取締役 COOの田村陽介氏)という。

 IoT時代に求められる数々の魅力を備えているOlive。次回は、Oliveに投入されている技術の詳細、システムの構築法とその性能、さらにOliveのロードマップやユーザーの活用に向けた支援体制などを解説する。

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