日経テクノロジーonline SPECIAL

熱設計パラダイムシフトセミナー レビュー

電子機器の信頼性に直結する熱設計。その常識が、大きく変わっている。放熱経路の中心が基板への熱伝導になり、熱を空気に逃すことを前提とした従来の熱設計の定石は通用しなくなった。熱設計にかかわる技術者は、新しい体系に基づく方法論を身につける必要に迫られている。こうした状況を受けて2016年11月9日(水)に秋葉原プラザ(東京都千代田区)で開催された「熱設計パラダイムシフトセミナー」(日経BP社 主催)では、熱設計のエキスパート、機器メーカー、電子部品メーカーが登壇。新しい常識と言える熱設計の最新技術について解説した。ここでは、その概要を報告する。

国峯尚樹氏
サーマルデザインラボ 代表取締役

 熱設計パラダイムシフトセミナーで最初に登壇したのは、熱設計で数々のコンサルティング実績を持つサーマルデザインラボ 代表取締役の国峯尚樹氏である。「パラダイムシフト」と言えるほどの熱設計を巡る変化について解説した。

 情報処理技術はドッグイヤーでの進歩を遂げているが、これまで電子機器の熱設計では劇的な変革とは無縁だった。「部品で発生した熱は空気に逃し、空気の温度を適切に管理しながら、温まった空気を筐体内から外へ効果的に出す」という熱設計の定石さえ守っていれば、機器の性能や信頼性に大きな影響を及ぼすことにはならなかったからだ。

 ところが、いまやこの定石がまったく通用しなくなった。「現在使われている小型の電子デバイスでの放熱は、プリント配線基板を介した熱伝導の利用が主軸になりました」(国峯氏)。

放熱経路は基板への伝導が中心に

 電子機器とそこに組み込む電子デバイスの小型化が進み、発生した熱を筐体内の空気に逃がせなくなった。そして、小型化と同時に表面実装部品の利用が進んだことで、プリント配線基板が放熱経路の中心になっている。基板の設計は、電気設計者の仕事である。熱設計もまた、電気設計者の仕事になった。

 放熱に関わる物理現象が、空気への「放射・対流」から、基板への「伝導」に変わったことは、これまでの熱設計の手法が一切通用しなくなったことを意味している(図1)。

図1 基板放熱部品は、周囲の温度では管理できない
[画像のクリックで拡大表示]

 これからの熱設計では、部品の表面温度を測って熱を管理することになる。ところが、小さな部品の温度を正確に測定することすら難しくなっている。さらに、大きな発熱源が密集すると、熱伝導によって、周囲のほとんど発熱しない部品の温度も上昇してしまう。また、デバイス内部の構造や放熱経路の形態が複雑なため、シミュレーションによるデバイスの発熱量や基板での放熱の解析も難しくなっている。これら新しい熱設計に向けた課題をいかにして克服するかが、これからの電子機器の信頼性を高めるうえでの鍵になる。

放熱経路は基板への伝導が中心に

 密閉ファンレス放熱機器を基板への伝導を中心に据えて熱設計する場合、以下のような6つの視点から対策を積み上げて、信頼性を確保できる温度まで下げる手段を探る必要がある(図2)。

図2 密閉ファンレス放熱機器では筐体放熱を利用する
[画像のクリックで拡大表示]

 1番目は、部品と基板間の熱抵抗の低減である。より熱を逃がしやすくするため、両者をつなぐ銅箔の接合面積を大きくする。

 2番目は、基板の熱伝導性能の向上である。高熱伝導率材料の採用や、銅箔の活用、サーマルビアの設置などが具体策となる。

 3番目は、部品を直接筐体に接触させている部分での接触熱抵抗の低減である。サーマルグリースや熱伝導シートなど、熱伝導性が高く、柔軟な接触を可能にするTIMの活用が該当する。TIMには多くの種類があるので、求める接触熱抵抗や作業性、経時変化などを考慮して、適切なTIMを選定する。

 4番目は、筐体の面方向での熱伝導性能の向上である。ヒートスプレッダーの活用が具体策になる。

 5番目は、筐体の熱伝導性能の向上である。高熱伝導性の材料を使ったり、筐体から外部に熱を放射しやすい構造を採ることが重要になる。

 6番目は、外部への十分な放熱ができる筐体表面積の確保である。筐体に取り付けるヒートシンク形状の最適化などを行う。

熱源を分散させる

 そして、基板設計では、熱流束を考慮しながら熱源を分散し、効果的に熱を拡散できるように、部品配置を工夫することが重要になる。熱流束とは、搭載部品の総消費電力を基板の表面積で割った値である。基板設計での熱設計は、以下のように進める。

 まず、基板単位で熱流束を確認する。ここで、自然空冷基板を目指すなら、300~400W/m2まで抑えられている必要がある。次に、基板内の回路ブロックごとに熱流束を計算し、熱流束の分布が均一になるように、各ブロックの面積を調整する。

 そして、部品の消費電力を部品の表面積で割って、部品の熱流束を試算する。自然空冷部品にできる目安は、700W/m2以下である。ここで、危ない部品をリストアップして対策を検討する。ここまで進めたうえで、配線パターン面積の増大、ヒートシンク・放熱プレートの設置、筐体への伝熱、部品を複数に分けるといった対策を施す。

 また、回路の詳細を設計していくフローの中では、熱抵抗を軸にした熱設計も同時に進める必要がある。「熱設計とは、温度を予測して対策を施すことではなく、決められた温度になるように対策を施すことです」(国峯氏)。

 まず、目標とする熱抵抗を決定する。対流・放射・換気の3つの伝熱基礎式を組み合わせて内部空気温度を概算し、自然空冷が可能かどうかを見積もる。そして、論理設計では目標とする熱抵抗の値を実現するための論理パラメーターを設定し、物理設計ではパラメーターを実現するための物理パラ—メーター、すなわち寸法を決める。最後に、形状モデルを用いた流体解析または試作によって、想定したものが出来ていることを検証する。

データシートの記載データを新基準に

有賀善紀氏
KOA
技術イニシアティブ 技創りセンター 職人

 続いて登壇したKOA 技術イニシアティブ 技創りセンター 職人(初伝)の有賀善紀氏は、熱密度が急速に高くなってきている抵抗器の例に熱設計をめぐる部品業界の取り組みを説明した。

 熱設計の定石は、完全に変わったが、そのことを開発現場が十分に認知しているとは言いがたいのが現状だ。そもそも、熱設計をするための拠り所となる電子部品のデータシートに記載されているデータが、空気への放熱を前提にしていた。こうした現状を改善するために、基板への伝導を前提としたデータも併記するように是正する動きが出てきている。

 発熱源となる電子部品の代表が抵抗器である。そして、熱対策を施す必要性が高いのも抵抗器である。「許容される最高温度は、抵抗器の種類によって決まっています」(有賀氏)。かつての主流だったリード付抵抗器は、対流や放射による放熱が中心だった。これに対しチップ抵抗は、90%以上が基板での伝導を通じて放熱される。このため、抵抗器の温度は、周囲の空気の温度ではなく、基板(端子部)温度で決まる。

 固定抵抗器のデータシートには、使用環境温度と印加可能な電力との関係を示す負荷軽減曲線が記載されている。しかし、これまでは周囲の空気の温度で規定したデータが載っていた。これを、端子部温度を正確に測り、記載する方向に変わってきた(図3)。またKOAでは、Excelベースで動作する温度推定シミュレータを無料で提供している。装置情報、基板層構成、部品の配置、セルサイズ、表層銅箔、サーマルビアを設定すること、部品温度、基板表面温度、基板裏面温度を計算できる。

図3 端子部温度を基準とした負荷軽減曲線を併記
[画像のクリックで拡大表示]

チップ部品の端子部温度を正確に測定

平沢浩一氏
KOA
技術イニシアティブ 技創りセンター 職人

 有賀氏に続いて登壇した、同じKOA 技術イニシアティブ 技創りセンター 職人(上伝)の平沢浩一氏は、熱設計の新しい常識に適合するために同社が開発した温度測定技術について解説した。一般に電子部品や基板の温度を測定する手段として、熱電対を使う方法と赤外線サーモグラフを使う方法がある。しかし、そのいずれも「部品の小型化によって測定対象となるホットスポットが小さくなり、温度測定は格段に難しくなっています。適切な測定系を選択しないと正確な温度を得ることはできません」(平沢氏)。

 例えば、熱電対を使う場合には、熱電対自体が熱を逃がすピンフィンとなって測定対象の温度を下げてしまう。このため、測定結果を信じて熱設計を進めると、使用時には思いの外高温になってしまう可能性がある。KOAは、発熱現象や測定系の構造や特徴を精査し、熱電対と赤外線サーモグラフそれぞれでの温度測定精度の向上手法を確立した。

 端子部温度による抵抗器の使用温度環境の規定は、JEITA(日本電子情報技術産業協会)からテクニカルレポートRCR-2114として発行され、JEITA案としてIEC TC40/WG39に提案している。また、JEITAサーマルマネージメント標準化検討グループが、JEITA実装技術標準化専門委員会傘下に発足。2016年8月から活動を開始している。ここでは、実装技術の変遷に伴うサーマルマネージメントの重要性に関する部門と分野を超えた認知と広報を行う。さらに、表面実装技術におけるサーマルマネージメント総論の検討や、実装基板および実装部品の温度測定方法(熱電対、赤外線サーモグラフ)の標準化を検討する。

篠田卓也氏
デンソー
基盤ハードウェア開発部
第1ハードPF開発室

 最後の講演に登場したのは、ECUの開発を担当するデンソー 基盤ハードウェア開発部 第1ハードPF開発室の篠田卓也氏である。「車載機器における熱設計の勘所と対策のアプローチ」と題した講演では、新常識を前提にした熱設計のアプローチを車載機器をベースに解説した。

 スマートフォンやデジタルカメラの内部回路、クルマを制御するECUは、基板から筐体への熱伝導を中心に熱設計すべき機器の典型である。ECUは、エンジン周りのような高温環境下で利用できる部品を搭載している。このため、一見熱設計とは無縁のように思える。しかし、「開発時にシミュレーションで予測できないほどの高温になると、元々ギリギリの条件で動いているため、一気に不具合の種になります」(篠田氏)。こうした問題に適切に対応しながら、高機能、小型化、短期要求に応えるうで仮想開発のインフラが重要になると語った。