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Simulation Day講演レビュー

設計の効率化や品質向上に貢献するCAE(Computer Aided Engineering)は、製造業におけるものづくりのプロセスを革新的に変える可能性を秘めている。クラウド上の高性能な計算処理環境を背景に、多目的設計探査による最適値の探求や、シミュレーションを通した理想形の模索などが短時間で得られるようになってきた。こうした中、「Simulation Day いままでにないデザインを実現する最先端シミュレーション環境」が2016年11月10日に開催され、最先端の設計事例や最新ソリューションを紹介する講演が行われた。新境地を開くCAEの可能性をレポートする。

 製品設計では様々な要素が設計目的や制約条件として課せられる。それらをどうやって満たし、どのように最適化するかが設計者の腕の見せどころであり、その手法として注目され始めたのが、日本発の設計支援フレームワークである「多目的設計探査」だ。

大山 聖 氏
宇宙航空研究開発機構
宇宙科学研究所 准教授
東京大学大学院 准教授

 基調講演では宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所の准教授である大山聖氏が登壇し、JAXAにおける多目的設計探査を活用した設計改善への取り組みを紹介した。

 多目的設計探査では、設計上、実行可能な領域と実行不可能な領域の境界線を明らかにし、その線上から設計目的に対して最も有効な点を見つけ出す。個々の変数の変化が設計目的に与える影響を明らかにすることができ、設計上考慮すべき点を具体的な形式知とすることで、設計担当者の間でのノウハウ共有が進むというメリットもある。

現実的な最適解を見つけ出す

 JAXAでは2020年打ち上げ予定の新型ロケット「H3」に搭載するLE-9エンジンのターボポンプ設計に、その多目的設計探査を取り入れている。

 ターボポンプには、液体酸素や液体水素を圧縮するポンプ部分と、そこから回転力を取り出すタービン部分がある。ポンプ部分のブレードは必要軸馬力の最小化という目的と、指定した出力という制約条件が設定されている。タービン部分のブレードは出力軸馬力の最大化、エネルギー損失の最小化などの目的が設定されている。それらを満たすために、多目的設計探査が行われた。

 多目的設計探査では、様々な設計変数を変化させながら目的の結果を導き出す。変化させた結果、有効だった設計候補を抽出し、さらに変化させた場合の結果を検証するということを繰り返す。結果が理想的なものに収束したところを最適解とする。

 ポンプのブレードでは従来、流体が流れから剥離して渦状になった領域が流路をふさいでしまい、流体に十分に力を与えることができなかった。そこで新しいブレードの開発ではその渦を解消しようとしたが、ブレードの形状を表す28の設計変数を基に多目的設計探査を行うと、渦を完全に解消するよりも、渦がブレードのポケットの中に収まるようにして流路を広げる方が、現実的な最適解と判明した。

 タービンのブレードでも多目的設計探査の取り組みが行われ、58の設計変数に対して最適化が行われた。するとオリジナルのブレードの変数よりも良い形状の解が見つかったほか、一部の変数については予想に反してエネルギー損失には関係ないことが分かったという。解を基にブレードの形状を最適化した結果、ポンプのブレードの最適化と合わせて、ターボポンプ全体で10%の効率向上に成功したという。他にもターボポンプ設計に関する知見も得ることができたとしている。

 JAXAの大山氏によると、ソフトウエアの発展とコンピューターの能力向上により、設計探査の計算は容易になってきているという。むしろ「多目的設計探査でカギになるのは設計問題の定義。それができれば半分実現したようなもの」と指摘する。また「最適化の結果から、いかに設計に役立つ知見を抽出できるかがカギ。設計問題の専門家と設計探査の専門家によるチームを作ることが重要」と共同作業の重要性について強調した。

 自動車メーカー各社は、車種ごとに一から設計するのではなく、開発効率や生産効率をアップさせるために、プラットフォームのモジュール化を推進している。

小平 剛央 氏
マツダ
技術研究所 先進ヒューマン・ビークル研究部門
アシスタントマネージャー

 マツダも、車種ごとに異なっていたフレームワークを共通化する「コモンアーキテクチャ」を実現した。フレームワーク共通化にあたり同社は最適設計探査を活用した。フレームワークを固定要素と変動要素に切り分け、変動要素のバリエーションで個々の車種を作り上げるという流れだ。同社技術研究所先進ヒューマン・ビークル研究部門アシスタントマネージャーの小平剛央氏は「最適設計探査は設計者の構想や熱意を検証するのに有効」と語る。

 最初に車の「コスト」と「重量」を目的関数で表現するため、それに影響を与える要素を様々なパラメーターとして設定した。パラメーターには設計者が制御できる設計因子と、設計者では制御できない変動要素があるのでそれを考慮する。さらに、複数の車両性能を満足させながら変動要素の影響を受けにくい設計因子を見つけ、その中からコストと重量を最小化できるものを選んでいった。

 この時に重要なことは、「設計者の業務課題を定式化すること。定式化で最適化の9 割は決まる」(小平氏)のだという。

 小平氏はコモンアーキテクチャ実現の中で、位相最適化を例に具体的なアプローチを説明した。位相最適化は必要な剛性を保ちつつ、できるだけ軽く実現できる部材配置を求めるもので、ボディー領域を設計空間として、剛性最大化を目的関数、制約条件として体積の97%削減などを定義してシミュレーションを行った。その結果、効果的な構造を複数案見つけ出し、それらを基に耐力を35%、重量効率を32%それぞれ高めることができたという。

 また同社は、フレームワークの共通化だけでなく、そこから派生する車種ごとの最適化も実施している。ここでは設計変数として車体骨格部品の板厚を定義し、車体剛性にかかわる部品など、200点以上の部品の板厚を変化させながら、目的関数に位置付けた車両重量の最小化できるように最適化した。結果として、車両重量の約15kgを軽量化できる構造を見つけられたという。

 しかし、それでもまだ軽量化目標に到達できなかったため、さらなる軽量化を図るため、追加分析を行った。具体的には複数の性能間でトレードオフ状態になっている部位を見つけ、トレードオフを避けつつ同時に条件を満たすポイントを探したり、トレードオフを抜本的に解消する構造を新たに探したりといった検討を行うことができたという。さらに、近年、複数車種の同時最適化も進めており、主要車種の各開発ステージでさらなる軽量化への貢献を目指している。

 小平氏は「最適設計探査で限界点を見つけることで、次の車種の開発に生かせるノウハウを抽出できた」と成果を語った。