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「ガラケーの屈辱」を繰り返すな 国内自動車業界の構造改革は必至

自動車業界は今、自動化と電動化という、2つの歴史的パラダイムシフトを同時進行で経験している。これらの急激な変化は、もともと、自動車業界が想定していたものではない。政治的な思惑や他業界の思惑が複雑に絡みあって起きており、現時点の自動車業界にとって不都合な点も多い。この逃れられない変化に対応するため、業界の構造改革が必至になっている。

 これまで自動車業界は、エンジンやブレーキ、サスペンションなど機械技術を中心に技術を蓄積してきた。ところが現在直面している自動化と電動化という大波への対応で求められるのは、電気・電子、そして情報処理の技術。蓄積してきた技術体系とは別の土俵での勝負が求められている。

次世代のクルマ開発は
もはや産業の戦争

 自動車業界を取り巻くビジネス環境は極めて複雑だ。純粋な自動車技術の進化だけで次世代のクルマを語れなくなっている。「情報化社会の中に組み込まれるクルマ」「シェアリングエコノミーの中核ツールとしてのクルマ」「地球環境保全に向けた注力点としてのクルマ」「新興国にとっての新しい成長産業としてのクルマ」といった、さまざまな観点からクルマの姿を探ることが求められている。そして、これらのすべてが近年になって、不意打ちのように自動車業界の各企業に降りかかってきたと言える(図)。

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図 日本の自動車業界にとって、降ってわいたような自動化と電動化の動き(出典:写真は、日産自動車)

 米Google社が完全自動運転社の開発に取り組んでいることが明らかになったのは2009年のこと。当初は半信半疑だった自動車業界も、事の重大さに気付いた。そして、かつて高度道路交通システム(ITS)というドライバーを支援するインフラ整備を中心に描かれた電子化シナリオは、クルマそのものの自律化という方向に急転。それから約8年掛けて、日本の自動車業界は、今やっと自動運転の実現に向けた技術開発の枠組みが整った状況だ。

 そこへ、2017年に降って湧いたように欧州発のEVシフトが起きた。ノルウェーは2025年までに全車をEVに切り替えると打ち出し、フランスと英国は、2040年以降、ガソリン車とディーゼル車の新車販売を禁止すると発表した。世界最大の自動車市場である中国もまた、本格的なEVシフトを進める方針を明らかにしている。今起きているEVシフトは、税制や補助金の供出によるEVの普及促進とは一線を画する、踏み込んだ施策である。とても無視できない大きな潮流である。

 日本の自動車メーカーは、ハイブリッド車での優位性によって、クルマの電動化をリードしていると考えていた。しかし、世界は高度な技術の結晶であるハイブリッド車を飛び越えて一気にEVに向うことになった。日本の自動車業界は、電動化でのリードを貯金にして、開発リソースを自動運転車の開発に注力して、優位なポジションを取りたいとする思惑があったはずだ。ところが、EVにも経営リソースを配分して、開発を急ぐ必要が出てきたのである。

 ハイブリッド車からエンジンを抜けばEVになるのだから、電動化での日本のメーカーの優位性は揺るがないとする意見をよく聴く。しかしこれは、将棋よりチェスの方が単純なゲームなのだから、将棋の名人はチェスのチャンピオンに勝てるはずというのと同じ論理である。単純なゲームには単純さに応じた戦い方が求められ、勝利するためのスキルと思考法は別なはずだ。

 日本の産業界には、こうした構図にデジャビュ(既視感)がある。ガラケーの凋落(ちょうらく)である。携帯電話機のインターネット接続で世界をリードしていながら、スマートフォンの時代に全く存在感を失った。クルマで同じことを繰り返すことはできない。

ピラミッド型業界構造では
想定外の変化に対応できない

 これまで、日本の自動車業界は、サプライチェーンの要所を系列企業で固める、OEMメーカーを頂点とした上意下達のピラミッド型業界構造を取ってきた。そして、クルマに投入する技術も、自社または系列企業で自前でそろえる傾向があった。

 こうした業界構造と開発戦略は、技術や製品の開発トレンドを、OEMメーカーがきっちりと描き切ることを前提としたものだ。系列企業はOEMメーカーの指示によってのみ技術や製品の開発を進める。開発の進め方も、サプライチェーンもカイゼンを繰り返し、徹底的に無駄が削ぎ落とされてできた業界構造である。無駄がないがゆえに、今回のように、OEMメーカーが想定していない大変化が起きると、全く受け身が取れない。

 例えば、自動運転車で走行環境を自動認識するための人工知能(AI)でしっかりとした技術を確立しようとすれば、ソフトウエア開発だけではなく、AI関連処理に特化した半導体、AIチップを独自開発する必要があるかもしれない。しかし、半導体デバイスの作り込みには、数年の時間を要する。これをOEMメーカーからティア1企業に要件を伝え、これをまたティア2企業である半導体メーカーに伝えたのでは、開発に時間が掛かりすぎてしまう。

自前技術にこだわらず
外部技術を徹底的に取り込む

 急激な自動車ビジネスの環境変化に対応するため、2つの構造改革を進める必要が出てきている。

 まずは、業界構造の改革だ。理想的な業界構造は、ドイツなどの自動車業界の構造である「パートナーシップ・トライアングル」と呼ぶものだ。OEMメーカーとティア1、そして半導体メーカーなどティア2を対等の関係と位置付け、OEMメーカーと半導体メーカーが、直接、技術交流できるようにする。これによって、OEMメーカーと半導体メーカーが自動運転車やEVのビジョンを把握し、将来求められる半導体の開発に早期に着手できる。

 ただし、業界構造は急には変わらないし、その効果が得られるのも将来の話だ。効果が出るまで何もしないのでは、新しいクルマづくりの経験値が貯まらない。そこで、もう1つの変革が必要になってくる。不足している技術の積極的な外部調達である。自前主義を廃して、これから必要になる電気・電子、情報処理の技術の購入や技術を持っている企業との関係強化を加速する必要があろう。

 半導体メーカーやITベンダーにとって、クルマはとても魅力的な市場だ。先進運転支援システム(ADAS)向けの半導体やAI技術など、既に多くの技術を自動車業界に供給している。ただし、一方的に自動車業界に自社技術を押し付けられないことも分かっている。

 例えば、ADASから自動運転システムへと進化する際には、クルマが事故を起こしたときの責任がドライバーからメーカーに移ることになる。クルマが自律的に運転しているのだから当然だ。走行環境を認識するための画像認識用カメラの台数は、コスト削減を考えればなるべく減らしたいのが電気・電子業界の発想だ。しかし、万が一、カメラに故障が起きても走行環境の認識には支障がないよう備えるには、カメラまたは別のセンサーを余分に搭載しておく必要があるだろう。いわゆる機能安全と呼ぶ考え方だ。

 安全性を維持しながら、ギリギリのコスト削減をするといったバランス感覚は、自動車業界ならではのものと言える。