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失敗/成功事例から学ぶワークスタイル変革の実践ステップ

ワークスタイル変革の重要性が叫ばれているが、それは単にプロダクトアウト志向のデバイス一律導入によって成し遂げられるものではない。ユーザー目線に立って複雑なビジネスを支え、従業員のダイバーシティを受容する最適なインフラのグランドデザインが欠かせない。そのシナリオ策定において情報システム部門が担うべき役割は非常に重要であり、新たな形のリーダーとして期待が高まっている。

ワークスタイル変革の重要性が叫ばれているが、それは単にプロダクトアウト志向のデバイスやソリューションの一律導入によって成し遂げられるものではない。ユーザー目線に立って複雑なビジネスを支え、従業員のダイバーシティを受容する最適なITインフラのグランドデザインが欠かせない。そのシナリオ策定において情報システム部門が担うべき役割は非常に重要であり、新たなリーダーシップスタイルが求められている。

データで読み解くワークスタイル変革の実情

 昨今、ワークスタイル変革というキーワードが多方面で注目されるようになった。実際、多くの企業の現場ではどのような取り組みが行われているのであろうか。デロイト トーマツ コンサルティング(以下、デロイト)が2014年に公表した「ワークスタイル実態調査」によると、実に50%の日本企業が、「変革へのニーズを感じているが、実施には至っていない」と回答している。世の中で言われているほど機運は高まってはおらず、意外にもまだまだ様子見という傾向が見てとれる。

 もっとも、これはあくまでも経営陣や情報システム部門の視点から捉えた傾向であり、ビジネス現場の働き手側から見るとかなり様子が違ってくる。「調査結果と実感値のずれは、なし崩し的に現場でワークスタイルの変化がすでに起こりつつあることが一因です」と話すのは、デロイトの執行役員 パートナー 鵜澤慎一郎氏である。

 「弊社で別に実施した『デジタルテクノロジーが変える日本の働き方』調査(2014年7月)では、個人で所有しているテクノロジーやデバイスよりも、会社支給のものは時代遅れで、機能性や利便性の満足度は半分以下まで落ち込み、従業員が大きな不満を持っている結果が明らかになりました。これが要因となって、従業員が好きなデバイスを勝手に持ち込んで働き始める、いわゆる“シャドーIT”の問題も出てきます。会社のテクノロジーやデバイスに不満を感じた社員の4割は、シャドーITを経験したことがあるという驚きの調査結果もあります。現場が業務効率性や利便性を強く求めるのは当然ですが、一方で会社が適切なITマネジメントや情報セキュリティ管理を行わずに、なし崩し的にワークスタイル変革が進むことは本末転倒な話で、企業リスクの増大につながります」

 こうした企業側と働き手の間にあるギャップをどうやって埋めていくか。これはワークスタイル変革の本質的な課題だ。

 「ワークスタイル変革の目的はオフィス面積縮小やITインフラ・デバイスの見直しによるコスト削減にあると思われがちですが、決してそうではありません」と鵜澤氏は強調しつつ、次のようなデータを示す。それは「ワークスタイル変革のニーズを感じている企業が何を目的としているのか」を調査したもので、74%という圧倒的多数の企業が「多様な人材の維持・獲得」を挙げているのだ。

 “War for Talent”といったグローバルレベルでの優秀人材の獲得競争の過熱だけでなく、もっと身近な例として、日本の小売・流通業界やIT業界では人材採用に日常的に苦労しており、すでに職場で必要とされている人材の質・量を十分に満たすことができないことが発生している。

 一方で社内人材に目を向けると、エース社員がやむを得ずに突然会社を辞めていくという事態が、いつでも起こり得る状況となっている。その一例が水面下で進行している「隠れ介護」の問題だ。一定数の役員・中間管理職層世代が介護をしながら働いているが、企業はその実態をほとんど把握していない。高齢化の進展によって隠れ介護の該当者はすでに1300万人に上ると推測(※)されている。同様に出産や育児、あるいは自らの病気などの理由から、仕事を続けることが困難な状況に陥っていく人材も少なくない。

 どうすれば魅力ある人材をマーケットから継続的に採用し、貴重な社内戦力を失わずにすむのか。特に20代の若手層は最新テクノロジーを日常的に使いこなすデジタルネイティブ世代であり、慣習に縛られずに快適に働ける環境を望む。育児・介護従事者や海外や国内を出張で飛び回る人たちはロケーションや時間にとらわれずにいつでもどこでも柔軟に働くことができる環境を望む。そのような環境を整備できない企業は優秀人材を保持できずに、おのずと苛烈なビジネス競争から脱落することになる。「ワークスタイル変革は、全社戦略として取り組むべき課題に変わってきました」と鵜澤氏は示唆する。
※出典:日経ビジネス2014年9月22日号

デロイトが実施した「ワークスタイル実態調査」
ワークスタイル変革に関する姿勢・目的では、多くの企業が人材の維持・獲得を目的にしている。しかし、変革のニーズを感じるも50%が足踏みの状態
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デバイスの一律導入はプロジェクト失敗を招く

デロイト トーマツ コンサルティング株式会社
執行役員 パートナー
鵜澤 慎一郎 氏

 ユーザー視点を持たないプロダクトありきのワークスタイル変革では決してうまくいかない。典型的な失敗事例として鵜澤氏が挙げるのが、2~3年前に多くの企業で見られた「営業部門向けにタブレットを一斉導入する」といった取り組みだ。

 それらのタブレットが以後、どのように活用されているかをインタビューすると、ワークスタイル変革からは程遠い結果で、外出先でのメールチェック、スケジュール管理、電子カタログによるプレゼンテーションといった限定的な利用にとどまっている企業が少なくない。各自のデスクの引き出しの中で眠ったままというケースさえも見受けられる。

 世間で流行しているデバイスさえ渡しておけば、ユーザーは喜んでそれを使って、おのずとワークスタイル変革が進んでいくだろう――。そういった、現場への安易な丸投げ体質がそもそもの間違いなのである。同じ失敗を繰り返さないためにも、「デバイス一律導入の発想から脱却すべきです」と鵜澤氏は説く。

 では、具体的にどのようなアプローチが望まれるのだろうか。デロイトがユーザー視点に立って進めたプロジェクトは学ぶべき点が非常に多い成功事例だ。鵜澤氏によると、それは次の4つのステップで進められた。

 ステップ1では、自社の社員それぞれの働き方に着目し、「外出先で提案活動や顧客対応を主に行っている」「オフィスで決裁・事務処理を主に担当している」といったペルソナ(典型的なタイプ)を複数描き、タイプ区分とそれに該当する従業員の比率を算出した。

 ステップ2では、それぞれのペルソナが「オフィス」「外出先」「自宅」の3つの場所において、どんなデバイスやツールを、どんな目的で、何時間くらい使っているのかといった実際の働き方を把握するための調査を行った。

 ステップ3では、それぞれのペルソナがより快適に活躍できるようになる最適な働き方とはどういうものなのか、目指すべき理想形を描くとともに、それを実現するためのシナリオを策定した。

 ステップ4では、上記のシナリオに基づき、ユーザー目線に立った業務に最適なインフラやデバイス、セキュリティの導入に向けた構想を具体化した。もちろん、この最終段階では利便性や機能面だけでなく、ITインフラとしての情報セキュリティ管理やITポリシーの見直しを同時に考慮することが求められている。

 この取り組みの結果として、デバイス一律支給発想からの脱却や現場任せのシャドーITリスクを軽減でき、一人ひとりの社員の業務生産性の向上はもちろん、女性やシニア世代の活用などのダイバーシティ促進やリテンション(離職防止)を含めた効果的なワークスタイル変革を実現することができた。

従業員の働き方を起点にワークスタイル変革を行うアプローチ
離職率が高い海外では、優秀な人材の維持・獲得が重要な課題となっており、このようなワークスタイル変革への意識は日本より高い。通常、プロジェクトではこの4つのアプローチの後に、効果があったのかどうか、検証のプロセスを設ける。
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情報システム部門に求める新たなリーダーシップ

 どのようなペルソナを描くか、タイプ区分に応じてシナリオを策定するかは、各企業が手がけているビジネスの戦略や複雑性によって違ってくる。「ペルソナごとに提供すべき最適なインフラやデバイスは違ってきます。多様で柔軟な選択肢を持たせることも重要です」という鵜澤氏のアドバイスを常に念頭においておく必要がある。

 例えば、自社と顧客先を頻繁に行き来する提案型の営業やプランナーには2in1型のタブレット、外出先でもハードワークを行うコンサルタントにはオールインワンの頑丈で電池持ちのよいノートPC、経理や総務などの社内スタッフには効率的に入力/確認オペレーションを行えるマルチディスプレイのデスクトップPCというように、最適なデバイスの選択肢は広がっていく。さらにこの動きの延長で、デバイスの最終選定を現在のような情報システム部門中心でなく、現場のユーザー部門が行うことも将来は増えるであろう。

 問題となるのは、誰がキーマンとなってこの取り組みを社内で推進していくかだ。デバイスの多様性やユーザー目線を尊重することは、同時に情報セキュリティ管理やコスト管理の難易度を高めることになる。鵜澤氏は、情報システム部門による新しい形のリーダーシップに期待を寄せる。

 「多くの企業において、情報システム部門の役割を見直すべき変革期を迎えていると考えています。経営と現場の間に入って、ユーザー視点でペルソナを描き、情報セキュリティや全体コストを考慮に入れながら、最適なインフラ環境やデバイス戦略を構想できる部門は、情報システム部門をおいてほかにないからです。これまでのようなコストセンターや間接部門といった位置づけから脱却し、ITを梃子に、経営に対しても直接的に関与・提言できるチームに生まれ変わる必要があります」

 補足すると、今後は情報システム部門が常に前面に立って全社を取り仕切り、あらゆる部門を牽引すべきと述べているわけではない。企業によって事情はまちまちであり、情報システム部は完全に黒子に徹したほうがスムーズに物事が運ぶ場合もあるなど、関係部署への配慮は欠かせない。

 大切なのは、自社の将来のありたい姿やプロジェクトのゴールを明確に見据え、なすべきことを実践していく現場力の支えとなることにある。デバイスの選択にしても、プロジェクトの進め方にしても、あくまで「ユーザー目線」で物事を進めることがポイントとなる。また、議論を効率的に進めるための「アジェンダ」を率先して提示し、ユーザー部門、人事・総務部門、経営企画といった多くの社内利害関者との「ネットワーキング」を通じて、周囲とつながり、巻き込むような動き方が求められている。

 これこそが鵜澤氏の言うところの「新しい形のリーダーシップ」であり、情報システム部門にはその気概を持って企業内で存在価値を発揮していくことが強く望まれるのである。

 「情報システム部門が在るべきシステムのグランドデザインを描き、セキュリティをはじめとするコアテクノロジーを設計してこそ、会社としてのゴールが定まり、ひいては最適なインフラやデバイスの具体像が見えてきます」と鵜澤氏は話す。

 ここまで到達できれば、ワークスタイル変革の成功は、もう目の前にある。

鵜澤 慎一郎 氏
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員パートナー
外資系企業や日系グローバル企業に対する大規模・複雑・グローバルな局面でのコンサルティングに従事。ワークスタイル変革以外にもクラウド、ソーシャルメディア、ビッグデータを組織・人事の世界に応用し、生産性向上や職場環境の改善を行うことに注力している。『As One 目標に向かってひとつになる』(共訳/プレジデント社)『組織を変える! 人材育成事例25』(共同執筆/労政時報選書)他、執筆・講演多数。

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