日経ビジネスオンライン Special 住宅特集 朝の連続テレビ小説に登場した「石炭王」のモデル伊藤伝右衛門の近代和風住宅

住宅特集 朝の連続テレビ小説に登場した「石炭王」のモデル伊藤伝右衛門の近代和風住宅

今年の9月までNHKで放映されていた朝の連続テレビ小説「花子とアン」。この中に登場した石炭王のモデルとなったのが伊藤伝右衛門だ。地元では「炭鉱王」と呼ばれることも多い。明治から昭和期に事業で成功を収めた財界人の家とはどんなものだったのか。この邸宅には随所に建築へのこだわりが込められている。

本座敷に面した畳敷きの廊下。天井板を斜めに張っていることで立体的に見せているが、実際は平面である

 伊藤伝右衛門はドラマでも描かれていたとおり炭鉱業で成功し、伯爵家の娘だった柳原白蓮(本名:燁子)と結婚した人物である。飯塚市教育委員会文化財保護課長の嶋田光一氏は「父親の伝六は魚問屋を営んでいました。目明し(岡引き)だったこともあり面倒見の良い人だったそうです」と話す。困っている人のために金を使うことも多かったようだ。このため家計は苦しく、伝右衛門は子供のころから呉服屋の丁稚奉公、父の魚問屋の手伝いなどをして育ち、寺子屋に通うこともなかった。

 そんな伊藤家だったが、父の伝六は早くから石炭の将来性に着目し、小規模ながらも炭鉱業を営んでいた。1893年には松本健次郎たちと共同で相田炭鉱を開き、伝右衛門も経営に加わった。その後1898年には、中野徳次郎と共同で牟田炭鉱を、そして1906年には伝右衛門が単独で中鶴炭鉱を開いた。この間の1903年、伝右衛門は衆議院議員に当選。だんだんと富と名声を手にしていった。

玄関脇の応接間。マントルピースには輸入されたと思われるビクトリアン・タイルが施されている。写真右手の窓上部にはステンドグラスがはめられている

 伝右衛門邸が最初に建設された詳細な年代は不明だが、1906年(明治39年)頃とされている。この時には西側の台所から本座敷までが建てられた(2ページ後の間取り図参照)。当初は食堂の上に、外観が洋風の2階部分(洋館)があったという。和風を基本としつつ洋風も取り入れた、近代和風住宅と位置付けることができる。

 その後、白蓮と結婚してから6年後の1917年、2階に白蓮の居室がある東側部分や、応接間、表玄関などを増築した。この時に西側2階部分にあった洋館は取り壊されている。

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