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IBMが自社のアナリティクス実践例を公開 ―31の事例から学ぶ、アナリティクスをビジネスに活かす方法

ビッグデータ時代では、データを分析してビジネスに活かすことが企業の競争優位を左右すると言われている。そのような中でアナリティクス(分析・解析)の実践例を満載した1冊の書籍が出版された。『IBMを強くした「アナリティクス」 ビッグデータ31の実践例』(日経BP社刊)である。なぜIBMは自社のアナリティクス実践例を公開したのか、また31の実践からわかったことは何か。

実践例から考えるアナリティクスの可能性

本書はこれまでにIBMが取り組んできた“アナリティクスによる業務変革”をまとめたものだ。筆者の3人はIBMでアナリティクスを実践してきた専門家たちで、実際にプロジェクトに携わった関係者にもインタビューを重ね本書を執筆した。

第1章では、同社がアナリティクスに取り組むことになった背景からアナリティクスの概要がまとめられ、以降は営業、サプライチェーン、経理財務、人事など9つの領域での31の実践例が紹介されている。注目したいのは、アナリティクス手法を解説する教科書的な内容ではなく、アナリティクス活用でビジネス上の課題をどのように解決してきたのかという観点から書かれている点だ。

また、本書を読んでわかったことは「アナリティクスによって解決できるビジネス上の課題は意外に多い」ということだ。アナリティクスというと、One to Oneマーケティングの実現や、サプライチェーンで発生するデータを分析して最適化することなどが思い浮かぶ。しかしIBMでは、より多くのケースでアナリティクス活用を実践してきている。たとえば、企業買収の成功の確率を向上させたり、ソーシャルメディアを分析して社員の考え方を把握したり、顧客の将来価値を見極めて営業リソースの最適な配置を考えたりすることにもアナリティクスを適用しているのである。

ただし、すべてが成功しているわけではない。失敗例もある。IBMはこの失敗例や、失敗から得られた教訓も含めて、企業やビジネスリーダーにシェアしたかったという。同書の発行と同時に公開された3人の筆者に対するインタビュー動画の中で、同社のモーリーン・ノートン 法学博士は次のように話している。「この書籍で学んだことをビジネスに応用し、他の方法では解決できなかった問題を解決できるようになります。ビジネスリーダーは実業務の中で我々が学んだことを書籍から学ぶことができます」。

「ビジネスリーダーは実業務の中で我々が学んだことを書籍から学ぶことができます」(IBM モーリーン・ノートン 法学博士)。
IBMを強くした「アナリティクス」-著者に聞く(字幕)より
https://www.youtube.com/watch?v=2mVjqSnLvVg

本書で語られているアナリティクスへの取り組み。それは一種の“アナリティクス文化”を感じさせる。企業活動に関わるデータに正面から向き合い、あらゆる課題解決にアナリティクスを活用し、仮説検証を繰り返しながら成果につなげていく姿勢だ。

もちろん、すべての課題に対して大きな成果が得られるわけではない。また、成果が得られるまでに何度もトライ&エラーが必要になることもあるだろう。しかし、すでに多くのデータが企業の周りに存在し、今後も飛躍的に増加していくことがわかっている今、アナリティクスが効果を上げる領域が増え続けていくのは必然だろう。その時に分かれ目となるのは、アナリティクス文化が企業に根付いているかどうかだ。企業の将来を左右するアナリティクス文化の入り口でもある本書には、実際にどんなことが書いてあるのか。9つの領域のうちの2つ、「サプライチェーンの最適化」と「セールスパフォーマンスの向上」の領域を取り上げて、そのエッセンスを紹介しよう。

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2つの賞を受賞した「サプライチェーンの最適化」の実践

本書の第3章では、アナリティクスによって「サプライチェーンの最適化」を行ったIBMの実践例が紹介されている。

IBMのサプライチェーンは年代を追って適用範囲を拡大してきた。生産、サプライヤーからの調達および物流という中核機能をコアとして、販売前のサポートおよび現金回収、協力会社との業務手続などが加わり、現在ではアナリティクス、モバイル、クラウド技術を活用した販売機会の拡大まで含まれる。

第3章では、そこで適用されてきた4つのアナリティクスソリューションの実践例が紹介されている。その1つが、最終製品に関する需要と供給を可視化することで販売チャネル管理の精度を向上させ、在庫を削減するソリューションだ。

IBMのハードウェア製品の多くは、代理店や特約店といった販売チャネルを通して販売されている。当然、製品在庫が少なければ在庫切れになり、多すぎれば在庫保有コストが増大し、古い在庫分を売り切るための販促費用もかかる。さらに、在庫製品の価格の低下分を弁済する在庫補償費用も加算される。以前はこのような在庫管理の調整はパートナー企業に委ねられており、サプライチェーン全体での最適化は難しかった。

そこでIBMでは、IBM基礎研究所とミシガン大学との共同で「在庫トレードオフモデル」を開発した。同モデルは販売データや技術動向データなどを使ってパートナー企業の需要を推定し、パートナー企業にはオンラインダッシュボードを通して補充数量の推奨値が提示されるようになった。

これにより、価格を保護するための費用(在庫を売るための販促費や価格の下落分を補填する費用など)は80%削減され、返品は50%以上削減されたという。このソリューションは2010年に「Tech Data 2010 Inventory Optimization Partner of the Year」と「CRN Channel Champions」という2つの賞を受賞するほど高く評価されている。

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段階的に進化させてきた「セールスパフォーマンスの向上」

セールスパフォーマンスを向上させるには、成長が見込める顧客を見極め、重点的に営業リソースを配置し、効率よく営業活動を展開しなければならない。そのためにIBMでは、営業部門におけるアナリティクス活用のアプローチを続けてきた。本書ではそのエッセンスが語られている。

2005年から始まったアプローチは“将来的に”高収益が期待できる顧客に営業担当者をシフトさせるものだ(図参照)。通常は過去の実績を踏まえて営業リソースを配置する。しかし過去は過去で、将来の収益を保証するものではない。そこでIBMでは、アナリティクスを使って将来の収益機会を評価し、営業リソースの最適な配置を行うことで収益を最大化しようと考えた。

過去の取引実績など社内のデータに加え、外部のデータを取り込み、顧客ごと、製品グループごとに分析モデルを開発。ワークショップを繰り返し行って分析モデルを検証し、分析結果に基づいた営業リソースの再配置を行うことに取り組んだ。

その結果、当アプローチを活用した営業チームは他を7%上回るパフォーマンスを上げ、顧客からの収益機会は約230億ドルになり、4年間で累積10億ドル(約1000億円)の収益増に貢献した。

続いて同社が着手したのが、営業マネージャーの意思決定をサポートするプログラム。最適なテリトリー設計の推奨案を自動的に生成し、営業マネージャーに提示するものだ。

まず財務システムのデータを基に顧客企業ごとの総収益を把握し、売上データを基に営業担当者ごとに記述統計分析を行い、最適化のための配置原則と現状とのギャップをスコアカードに落とし込む。営業マネージャーはこのスコアカードから問題のあるテリトリーを発見し、適切な措置を検討する。当プログラムの推奨に沿って設計されたテリトリーでは、そうでないテリトリーを10%上回る営業成績を上げた。

その後、ビッグデータアプリケーションとして導入されたのが、顧客別の売上と経費から営業リソースの調整を推奨するソリューションである。顧客企業についての過去3年間の実績とトレンド、今後2年間の見通しを計算するために2億件を超える膨大なデータが使われている。

まず、CRMシステムなどからのデータで顧客に費やされている時間を把握するなど、個客単位での販売管理費を把握。次に、複雑すぎない理解しやすいモデルを作り、営業リソースの強化、維持、削減の3つに集約して推奨案を提示し、営業リーダーとの議論を促す仕組みが提供された。

このソリューションは2011年から2013年末までの間に数百万ドルという売上増に貢献するだけでなく、そのデータはオンラインコマースの定量的な検証にも利用されている。

営業リソースの生産性を最大化するために確立されたEnd to Endの営業計画プロセス
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アナリティクス文化を社内に定着させるために

こうしたIBMの実践例からわかったことは「アナリティクスから価値を引き出すために、その技術を詳しく理解する必要はない」ことと、「データの完璧さを求めるよりも迅速な実行が重要」ということだ。成功のポイントは、早めにコミュニティーを設けて取り組みを始めることにあるという。これにより、すべての社員が直感や過去の経験だけではなく、データに基づく意思決定ができるような環境をつくることによってアナリティクス文化が定着していく。

IBMでは、自らが実践し効果を検証してきたビッグデータとアナリティクスのソリューションを顧客に提供している。こうしたソリューションを検討するうえでも、IBM自身の実践を語った本書は大いに参考になるだろう。

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