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経営課題解決シンポジウム ワークスタイル変革編 Review 基調・特別講演

基調講演 |東日本旅客鉄道

iPadで組織の壁をなくし
社員が自ら考える輸送サービスの品質向上

東日本旅客鉄道(JR東日本)は乗務員がiPadを持つことで輸送障害時のサービス向上を図っている。従来業務の効率化にとどまらず、現場のアイデアでさまざまなサービスが広がっている。

松橋 賢一 氏
東日本旅客鉄道株式会社
鉄道事業本部 運輸車両部
次長
松橋 賢一

 JR東日本は輸送の安定性と確かな情報提供で、輸送サービスの品質を高めることを目標のひとつに掲げている。

 上意下達型の一方向の情報の流れではなく、現場での創意工夫が生かされ、組織の壁がない素早い情報の流れによりサービスの質を高めたいというのが、同社の考えだ。そのため、「運転士、車掌などの全乗務員がiPadを活用する」(JR東日本 鉄道事業本部 運輸車両部 次長 松橋賢一氏)仕組み作りに取り組んでいる。

 第一の狙いは、輸送障害時の運行計画組み換えや乗務員のやりくりなどの迅速な対応と乗客への的確なアナウンス。

 輸送障害が発生すると、指令員が情報を収集して列車運行ダイヤを組み替え、運転士や車掌に臨時の時刻表を送らないとならない。従来は組み替えた時刻表を、乗務員区から伝えたい乗務員の乗った列車がいる駅にFAXで送信し、駅員が列車の乗務員に手渡ししていた。

 それでなくても手間と時間がかかる仕組みだが、列車に遅れや運休が生じているようなときには駅員が問い合わせへの対応にかかりきりになるため、FAXを届ける余裕などない。

 運転士や車掌がiPadを持つことにより、組み替えた時刻表は乗務員区でスキャンされ、時刻表の画像データは駅員を介することなく直接、運転士や車掌に送られる。これで手配は迅速になり、従来に比べて待ち時間は半減。また、乗客への素早く的確なアナウンスが可能になった。

 2014年4月から2015年3月までの1年間でiPadは約1万7000件の時刻表送信に使われ、10月の台風時および12月の大雪では特に効果を発揮した。

マニュアル電子化により自主的な業務改革が浸透

 iPadは輸送障害時以外にも業務効率化に役立っている。その一例がマニュアルの電子化だ。

 国土交通省の省令に基づく規程や社内ルールなど、乗務員はマニュアル類の携帯を義務付けられているが、紙のマニュアルは重さが2キロにもなる膨大なもの。そこでマニュアルを電子化しiPadで閲覧できるようにした。

 携帯がラクなうえに更新も簡単で必要な部分の検索もすばやくできる。その結果、マニュアル類を閲覧する機会が増えて全体の知識や技能の維持・向上にもつながっている。

 さらに、乗務員区では車庫から本線まで運転するときの注意点を、実際の運転席から撮った動画を使って教材を作成するなど、現場で自主的にマニュアルや教材を作成してアップするといった意欲的な取り組みも始まっている。

 また災害が発生したときには現場の画像をiPadを介して送ることで、どういう災害でどの程度のものか、現地の社員から駅員、乗務員、車両保守係、設備保守係、指令員など組織の壁を超えて瞬時に情報を共有できるようになった。

 「この異常時情報共有システムは年間約6万件も使われ、前途の運転を見合わせている駅に降り立つ人の様子の画像をもとに応援要請や臨時バスの手配をしたり、災害現場の画像をもとに地図での位置を特定したり、お客さまへのアナウンスに活用したりと予想以上の広がりと効果が得られています」(松橋氏)

 さらにアナウンスの文案、変更する業務内容の説明、異常時の取り扱い注意点もいっしょに送る例も出てきている。強風による速度制限が複数の地域で起こった場合、それにより各駅到着がどの程度の遅れになるか、予定をiPadアプリで計算し乗客にアナウンスする仕組みを導入した現場もある。

 こうした事例は配信される「タブレットニュース」で紹介されるので、取り組んだ職場は誇りを感じるし、職種の壁を超え「よその職場ではこんなことをやっているんだ」と触発され活動に弾みがつく結果にもつながっている。

 「モバイルデバイスが業務と企業文化を改革している」と強調して、松橋氏はセッションを終えた。

特別講演 |デロイト トーマツ コンサルティング

ワークスタイル変革の主眼は生産性向上から価値創造へ
~ワークスタイル実態調査結果と先進企業事例に基づく未来の働き方~

日系企業の生産性を向上させるためには、社外や自宅でもオフィスと同様に仕事ができる環境整備に加え、会議や稟議など本業以外の消費時間を減らすのが有効だ。さらに企業成長を狙うなら、デジタルイノベーションに対応したワークスタイル変革が求められる。

鵜澤 慎一郎 氏
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
執行役員
鵜澤 慎一郎

 「ワークスタイル変革の動きはメディアでよく取り上げられますが、日系企業の実態はあまりよくわかっていません」(デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 鵜澤慎一郎氏)。そこで同社は日系・外資系企業のワークスタイル実態をアンケート調査に基づき詳細に分析している。

 調査によると、約半数の企業がワークスタイル変革の必要性を感じてはいるが、実施には至っていない。変革の目的としては多様な人材の維持・獲得がトップとなっており、コスト削減よりも高い比率になっている。

 現在のワークスタイル変革においては、情報ツールを使うことによる、オフィスにしばられないスマートワーク実現が焦点のひとつだ。実態を見てみると、外出先や自宅でのメールやスケジュールのチェックが8割以上、電子ツールを使った営業・プレゼンでは6割以上の企業が実施している。

 このような簡易的なスマートワークは、相当普及してきている。一方、電子ツールを活用し、外出先や自宅でオフィスと同環境にて仕事できる本格的スマートワーク実現企業は、4割程度に過ぎない。簡易的スマートワークと本格的スマートワーク間の壁は、まだ厚いのが現状だ。

 業種別に見ると、医薬品や情報通信業界は変革に積極的で進んでいる。これに比べ、それらを除いた製造業は道半ば。特に自動車や機械分野は、簡易的なスマートワークへの変革も進んでいない企業が多い。また、女性の活用に積極的な企業ほど在宅勤務などスマートワークを推進しており、勤務時間の長い企業ほど社外での電子ツール活用を認めていない。

日本の生産性を下げているのは非効率な「フロー業務」

 ワークスタイル変革の目的のひとつとして、生産性向上が挙げられる。ここで注意したいのは「日本人の生産性が悪いわけではない」ということだ。「日本で長時間残業していた人でも、海外駐在になると6時には帰っています。外資系企業に転職した人も同様です。仕事は素早くこなしており、質もいい。つまり環境次第なのです」(鵜澤氏)

 企業も手は打ってはいる。労働時間短縮を大テーマに掲げ、柔軟な労働時間体系やタブレット配布、ノー残業デーの実施――などの施策を実施している。しかしながらあまり効果が出ていない企業が多い。どうしても従業員の与えられた目標や期待成果はそのままで、労働時間短縮を求めがちになる。そうなると、その対応で従業員側がいっぱいいっぱいになってしまうのだ。

 解決策はある。それは「労働時間をストックとフローに分けて対処することだ」(鵜澤氏)

 ストックとは、本業で付加価値を生み出す時間。たとえば顧客との商談時間だ。フローとは、業務遂行上やむを得ず消費する時間。たとえば会議、移動、経費精算、稟議を上げるなど、本業以外の時間である。こうしたフロー時間は会社の規定に基づいた行動による消費時間なので、減らしようがない。そこで時短を求められると、とにかく自分の裁量が利く本業の時間、ストック時間を減らすという、本末転倒の事態になってしまうのだ。

 時短を実行する場合、まず減らすべきは、本業に関係がないフロー時間だ。そのために経営陣や人事・総務部門は、規定改定など、業務改革を実行する決意が必要になる。特に会議は問題だ。回数や出席人数、時間など、すべてをスリムに絞り込む必要がある。

 ここまで実現できたとき、次にストック時間の短縮を考える。ここでは楽しく集中して仕事できる環境作りが重要になる。そのための一手段として、オフィスに閉じこもりきりではなく場所を変え、気分を変えて仕事をするというワークスタイル変革が有効だ。

 生産性向上、コストダウンといった効率の追求は重要である。しかしそれだけでは企業の未来はない。現在はデジタルが新しいビジネスを生んでいる。こうしたイノベーションへの取り組みが企業の未来を決定づける。

 Webマーケティングなどデジタルによる新ビジネスへの取り組みに関して戦略を立て、組織を作り人材を確保しなければならない。新しいテクノロジーを買収することはすぐにできても、それを活用する組織と人材づくりは長い時間と根気が必要な取り組みだ。デジタル戦略とあわせた新時代の人材マネジメントが求められている。