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IBMの戦略的投資から見えてくる新しいITの世界

IBMが半導体製造事業を他社に売却するというニュースがメディアで報道された。一部の報道では、それに先立つPCサーバー事業の売却と併せて「ハードウェア事業からの撤退」といったニュアンスで報じられている。しかし、その実態は大きく異なるようだ。その背景には、ITビジネスの急激な変化があり、IBMは新たなイノベーションを起こそうとしているようだ。
今、ITの世界に何が起きているのか。IBMの事業展開を参考にしつつ、その全体像を俯瞰してみたい。

ITがビジネスを変える時代に

ITが企業活動を支える重要なプラットフォームになっていることに異論はないだろう。例えば、企業間取引の多くはオンラインで行われ、リアルタイムで決済処理されるようになった。スマートフォンに代表されるデジタルデバイスによる購買活動は、2017年に1兆ドルに達するという予想もある。最近ではセンサーを通して制御機器とコンピューターがデータをやり取りするM2M(Machine to Machine)の形態も広がりつつあり、2014年だけでデジタル化されたデータは50%増え、6兆テラバイトという膨大な量になっている。もはやデータは新たな天然資源であり、ITの活用を抜きに企業活動は考えられない。

IBMが世界70カ国で行っている調査によると、CEOの最大の関心事は「テクノロジー」であり、組織と戦略を考えるうえで最も重要な外部要因に位置づけられているという。ITが企業戦略を左右し、企業の競争優位を生み出す源泉となっているのである。IT部門の責任者の71%が「ITインフラがビジネス戦略やビジネスの結果に重要であると認識」し、先進的なITインフラを導入している企業の売り上げや利益率は、業界他社よりも3倍以上も高い。

実際に、IT活用でこれまで考えられなかったサービスが生み出されている。米国のVISAカードは、毎秒4万7000件のトランザクションをリアルタイムで分析し、顧客サービスの高度化を図っている。店舗の担当者がクレジットカードのセキュリティーコードを間違って入力すると即時にユーザーに確認の連絡が入ったり、購買活動をしている最中に過去の履歴と参照し、不正な利用かどうかをリアルタイムでチェックする。これまではタイムラグがあり、時として不正利用を食い止めることができなかったチェック作業が、リアルタイムで処理できるようになった。また、スロベニアのペトロールというガソリンスタンドチェーンでは、隣接経営しているコンビニショップでの買い物データとのリアルタイムな連動を図っている。給油の際に必ず特定の飲み物を購入している顧客がたまたま購入しなければ、すぐに割引を提示して購入を促す。これによって売上高が5%アップしたという。これが今ビジネスの現場で起きている変化だ。

ITの世界で起きている3つの分野へのシフト

「ビジネスを変えるIT活用」とは何なのか。

IT活用の視点から考えると3つの側面が見えてくる。1つめはクラウドというITリソースを利用するための形態であり、2つめはデータ分析というデータ活用による新たなビジネススタイル、3つめはソーシャルやモバイルに象徴される、ITによる顧客との密接な関係構築である。

IBMの事業戦略もこの3つの分野を柱として進められており、研究開発も引き続き集中的に行われる。半導体製造事業の譲渡先であるグローバルファウンドリーズ社とは独占的な契約を結び、IBMは同社からプロセッサーの供給を受ける。同時にグローバルファウンドリーズは、IBMの製造技術にアクセスできるようになる。単に、規模の論理が働くプロセッサーの製造を外部に委託するサプライ・チェーンの最適化であり、差別化の源泉である研究開発は引き続きIBMで行われる。このことから、今回のグローバルファウンドリーズへの売却は既定路線であり、そのタイミングを計っていたと考えるのが自然であろう。

同社のCEOであるバージニア・ロメッティ氏は今年10月に従来の2015年の1株当たりの利益目標20ドルを取り下げて、自社株買い縮小の表明をした。流通する株式数を減らして1株当たりの利益を押し上げるための自社株買いにかかる費用は、直近では年間6500億円になっていた。ロメッティ氏はこの方針を転換し、今は急速な変革へ対応するために同社の成長につながる3つの分野に人と資金を集中させるべきだと考えたのである。

企業活動に変革をもたらす戦略的なシフト

クラウドを管理する技術で他社との差別化を図る

この3つの分野で今何が起きているのだろうか。まず、クラウドの普及によってITビジネスの構造は大きく変化した。モノからサービスへの流れに拍車がかかるとともに、ITによって業務を支えるスピードが加速した。クラウドによってITインフラが柔軟に調達できるようになり、システムのサービスインまでにかかる時間は短縮され、それがさらにビジネスを加速しているのである。

もともとIT業界におけるハードウェアビジネス自体が厳しい状況にあったことは確かだろう。コンピューターの処理能力は向上し、コモディティー化が進んだことで、ハードウェアの価格は劇的に安くなっていた。そこに“所有することなく、利用する”クラウドというITリソースの調達スタイルが加わった。

こうした中でIBMがとった戦略は、インテル製のプロセッサーを使ったIA(インテル・アーキテクチャー)サーバー事業を大量生産を得意とするレノボに売却したことと、「クラウドを管理するための仕組み」の提供へとより高付加価値の領域にシフトしたことだ。

IBMではIAサーバーにおいても、大規模な並列処理と大容量のメモリーを搭載できる高付加価値のモデルを提供してきたが、価格競争の側面が強いコモディティー・サーバーの世界ではその強みは市場シェアにつながらなかった。

もう1つのクラウドの仕組みを管理する分野では、メインフレームで培った仮想化技術をダイレクトに活かすことができる。そこでの強みは、サーバー本体だけでなく、ストレージやネットワークといった物理的なシステムすべてを、ソフトウェアによって仮想化して管理する技術だ。

コストを抑えながら運用管理が容易になるというのがクラウド本来のメリットだが、クラウドで利用している仮想サーバーが増えることで、管理が複雑になり、工数が増大していく。データを蓄積するストレージや負荷の急増にも対応できるネットワークも必要になる。

IBMではこの複雑化したクラウド環境を管理するソフトウェアや運用を自動化するソフトウェアの開発にシフトすると同時に、OpenStackなどの標準化団体に参画し、オープンに開発されたクラウドの標準的な環境を積極的に取り入れている。オープンな環境で パブリック・クラウドもプライベート・クラウドも、同一に運用できるハイブリッドなクラウドの実現を目指している。ハードウェアからソフトウェアまですべて手がけていることで、全方位に対応できることが強みとなる。

→ オープン化を徹底することでアナリティクスを支える

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