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IBM|IBM Watsonがあなたのエージェントになる日は近い!?

昨年12月、東京・西麻布にあるミシュラン2つ星のフレンチレストラン「レフェルヴェソンス」で、一風変わったイベントが催された。コンピューターが提案した新しいレシピの料理を味わうというものだ。IBMが開発した「シェフ・ワトソン」と、気鋭のフレンチシェフ・生江史伸氏とのコラボレーションによって実現した。このイベントが示唆しているのは、料理の世界でのコンピューターの使われ方だけではない。新たなコンピューター・テクノロジーを体感する場を提供することで、ビジネスや生活がどう変わるのか、その活用の可能性について、参加者にも一緒に考えてもらうための試みでもあった。

料理人のクリエイティビティーを刺激するパートナーに

ディナーの最初に用意されたのは、ゲストをリラックスさせるための蜜柑をベースにしたアペリティフ。料理に向かい合うための心の準備ができたところで、体を温めてくれる蟹のスープが出される。続いて、バルサミコ酢のソースが添えられた蕪のソテー。そしてメインディッシュは、贅沢さを感じさせる信州和牛のロースト。最後のデザートは、クリスマスをイメージさせる赤、白、緑を取り入れたアイスクリームである。いずれも冬という季節を感じさせる料理だ。

 

実際にこれらの料理を創り上げたのは、生江シェフである。生江シェフは慶應義塾大学を卒業後、料理人の道を選んだ。都内のイタリア料理店で基礎を学んだ後、21世紀のフランス料理を代表するといわれるミシェル・ブラス氏に従事。ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパの「ミシェル・ブラス・トーヤ・ジャポン」副料理長を経て、世界最先端のレストランとして称賛される「ザ・ファット・ダック」のヘストン・ブルーメンタルの下で修業を重ねた。2010年9月に「レフェルヴェソンス」を立ち上げ、フレンチレストランとしてミシュランの2つ星を獲得するなど高い評価を得ている。
 では、このイベントでシェフ・ワトソンは何をしたのか。シェフ・ワトソンの仕事はレシピのアイデアを生江シェフに提案することだった。その意味でシェフ・ワトソンは“レシピ提案システム”と呼べるかもしれない。生江シェフが使いたい素材と調理方法、そして演出したいイメージの3つのキーワードを入力する。すると、クラウド上で稼働しているシェフ・ワトソンが3つのキーワードにふさわしいレシピを考えて生江シェフに提案する。まさにコラボレーションである。

 

「彼のアイデアからバリエーションが広がり、価値観も広がります。これこそ料理の楽しみそのものです」(レフェルヴェソンスのエグゼクティブ・シェフ、生江史伸氏)

シェフ・ワトソンには世界中のシェフたちが考えた9000種以上のレシピが登録され、そのレシピを構成している素材やその成分評価までデータとして持っている。しかし、その中からキーワードに適合するレシピを検索して提案しているわけではない。シェフ・ワトソンは、キーワードの内容を理解し、自分自身の判断でまったく新しいレシピを考え出しているのである。
 シェフ・ワトソンが提案するレシピは100種類にもなり、お勧め順に提示される。中には人間には考えつかない意表を突く組み合わせもある。自らシェフ・ワトソンとやりとりをした生江シェフは「ぷっと吹き出すようなレシピもあった(笑)」としながらも、「彼が考える料理は、私が普段作っているものとは違います。だからこそ、彼のアイデアからバリエーションが広がり、価値観も広がります。これこそ料理の楽しみそのものです」と語る。シェフ・ワトソンは、生江シェフのクリエイティビティーを刺激するパートナーなのである。

 

自然言語を理解できることで広がるコンピューターの活用領域

イベントでは今年1月に日本IBMの社長に就任したポール与那嶺氏が開会の挨拶を行った。

この日のディナーに招待されたのは、衣食住の各業界のリーダーやマスコミ関係者たちである。開会にあたっては、今年1月に日本IBMの社長に就任したポール与那嶺氏(当時、副社長)が挨拶に立ち、「子供のころアニメで見た世界が現実のものとなる未来が見えてきました」と語った。

 

このイベントは同社にとってどんな位置づけなのだろうか。日本IBMの理事で成長戦略 ワトソン担当の元木剛氏は「日々の生活にIBM Watsonというシステムがどんな影響を及ぼすのかをデモンストレーション的に提案するプログラムの一環なのです」と語る。

日本アイ・ビー・エム株式会社
成長戦略 ワトソン
理事
元木 剛

IBM Watson(以下、ワトソン)は、そもそもクイズ番組に挑戦するための「質問応答システム」として開発された。2011年に米国の人気クイズ番組「Jeopardy!(ジョパディ)」に登場し、最も多くの賞金を獲得したというニュースとその結果についてはご存じの方も多いだろう。1997年にチェスのチャンピオンに勝利したスーパーコンピューター「ディープ・ブルー」とイメージが重なるかもしれない。
 しかし、圧倒的な計算能力を駆使して人間よりも早く最適な一手を打つディープ・ブルーとワトソンには大きな違いがある。ワトソンの特長は、自然言語を解釈できること、仮説を生成して評価できること、そして経験から学習し知識を蓄えていくことにある。
 IBMではこの概念を“コグニティブ(認知)・コンピューティング”と呼び、次世代のコンピューティングとして提唱している。ワトソンはこのコグニティブ・コンピューティングを具現化したシステムなのである。この日のイベントの正式名称も「IBMコグニティブ・クッキング」。料理を通じて、コグニティブ・コンピューティング・テクノロジーを体感してもらうイベントだった。
 「ワトソンは最初に医療やライフサイエンスの領域で使われ、次に銀行や保険など金融サービスの領域、さらに政府や自治体など公共サービスの領域へと適用領域は広がっています。コグニティブ・コンピューティングとは、人間が行っている認識と理解という活動をコンピューター上で実現することです。それだけに、さらに幅広い領域で活用できる可能性を秘めています。その可能性をわかりやすく伝えるひとつの形がシェフ・ワトソンなのです」(元木氏)。
 なぜコンピューターが情報や経験から学習していけるのか。その背景にあるのは、ビッグデータを扱うための技術だ。大量のデータを高速で分析し、その中からパターンを抽出し、統計的な解析を行って答えを得ることができる。元木氏は「さらにワトソンは、大量の自然言語を取り扱うことができることが大きなポイントです。これまで十分に活用できていなかった文献などのテキストベースの非構造化データも深く分析することができます」と指摘する。

コグニティブ・コンピューティングが人間の日々の生活をサポートする

ITの普及によってデータ量は爆発的に増加している。ただ、データの多くはテキストのような非構造型データであり、従来のコンピューターでは十分に活用できなかった。しかし、自然言語を扱うことができるワトソンであれば、Web上のコンテンツやさまざまな文献もデータとして活用できる。コンピューターの活用領域は大きく広がっていくことになる。
 ビッグデータの時代では、データをうまく活用できるかどうかが競争優位を左右する。ワトソンの技術を知的活動に活かして膨大なデータを処理することは、人間の情報処理能力の限界を引き上げることにもつながる。ビッグデータから今以上に大きなメリットを引き出すこともできるはずだ。

「ワトソンは、ビッグデータを分析する中から統計的にモデルを創り出し、機械学習の手法によってモデル自体をチューニングしていきます」と元木氏は、コグニティブ・コンピューティングとしての特長を挙げる。

ワトソンに期待されているのは、大量のデータから人間にとって意味のある新しい知見を発見する能力だ。新しいレシピを考え出すシェフ・ワトソンもその1つ。創薬の領域では過去の膨大な文献からこれまで見えなかった事象の関係性を発見して新薬の開発に利用され、医療の領域では診断支援や治療方針提案などの領域で活用されている。また金融の領域では、ファイナンシャルプランナーがワトソンと対話しながら顧客に合った金融商品の提案をまとめていくということも始まっている。

「今、利用されているのは、特定の領域で手足となって人の活動を支援する分野です。将来は専門性を持ったさまざまなコグニティブ・コンピューティングが私たちの日常生活のあらゆるシーンに埋め込まれるようになり、それらがつながり合って動くようになるはずです。そうした世界を皆さんと一緒に推進していきたい」と元木氏はエコシステムとしての可能性を強調する。

なお、今回のイベントで上映された「Future with Cognitive Computing ―コグニティブ・コンピューティングと拓く未来―」というビデオでは、登場人物たちが“コグ”という名のエージェントとモバイル・デバイスを通してさまざまな場面で対話しながら、その提案を参考にしつつ、お客様に勧めるメニューを選んだり、ビジネス上の判断をするシーンが描かれていた。ビデオほどスマートではないにせよ、コグニティブ・コンピューティングというエージェントとともに生活する時代の到来は、それほど遠い未来の話ではないのかもしれない。

Future with Cognitive Computing ―コグニティブ・コンピューティングと拓く未来―
http://youtu.be/tKE4Mxsg2y0

お問い合わせ先
日本アイ・ビー・エム株式会社
URL : http://www.ibm.com/jp/ja/
TEL : 0120-300-426(平日9時30分〜17時30分)