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社会・環境報告書/CSRレポート ディレクトリ 2015 Part1

財務情報と非財務情報を組み合わせた「統合報告書」を導入する企業が増えている。その理由は、企業価値を評価する判断材料として、財務情報だけでなく、ESG(環境、社会、ガバナンス)などに関する非財務情報の重要性が理解されるようになったからだ。既に欧米の大企業では主流となりつつある統合報告書だが、日本での本格的な普及はまだこれから。統合報告書には具体的にどういうメリットがあり、どこにポイントを置いて作成すればよいのか。国際統合報告評議会(IIRC)の前ワーキンググループメンバーであり、統合報告の作成および普及の活動に携わってきた新日本有限責任監査法人シニアパートナーの市村清氏に聞いた。

 統合報告書を発行する日本企業が増えている。ESGコミュニケーション・フォーラムによれば、2013年は95社、2014年は134社が発行しており、2015年にはさらに増加するだろうとみられる。なぜ、統合報告書を発行する企業が増えているのだろうか。

 企業が発行する報告書といえば、財務諸表が中心のアニュアル・レポートが代表的。しかし、社会環境の変化により、財務情報だけでは投資の意思決定には不十分という声が高まってきた。アニュアル・レポートからは過去・現在の企業価値はわかるが、将来にわたる戦略は読み取れない。一方、CSR報告書や環境報告書を読めばESGに関する取り組みはわかるが、それが企業の利益や株価とどうリンクしているかが見えてこない。

 そこで登場してきたのが、統合報告書である。財務情報と非財務情報とを有機的に統合し、それらを企業戦略に結びつけることで、中長期的に企業価値をどのように高めていくかを提示するのが狙いだ。

企業の成長力を訴求するコミュニケーション・ツール

 「統合報告書とは、簡潔にまとめられた戦略報告書」と、新日本有限責任監査法人シニアパートナーの市村清氏は語る。

 「単に、財務情報と非財務情報を1冊に収めればいいというわけではない。両者を戦略という視点で有機的に結びつけ、どのように企業価値を持続的に高めていくかを記載する必要がある」

 統合報告書を作成する動きは、リーマンショック後、欧米を中心に加速した。短期的な利益志向が危機をもたらしたという反省から、中長期的な投資志向を持った投資家が増えていることが背景にある。日本においても、アベノミクスによる株高で海外投資家の注目が集まる中、統合報告書を発行する企業がさらに増えることが予想される。

 会社の持続的成長力をアピールするのが統合報告書。どうすれば、訴求効果の高い報告書を作成できるのか。「流行っているから統合報告書を作ろう」と安易に取り組み始めたものの、壁に突き当たる会社は少なくない。統合報告書の本来の目的を見失い、財務やガバナンス、環境、CSRなど縦割りの情報を羅列しただけの報告書になってしまうケースだ。

 「中長期的なビジョンと戦略を持たない企業には、統合報告書は作れない。逆にいえば、継続的にビジョンと戦略を練り直し、企業価値を高めていくことを考えながら経営している会社ならば、現在やっていることをそのまま書けば統合報告書を作れる」と市村氏は語る。統合報告書に取り組む前に、持続的に企業価値を高めるビジョンの策定、およびそれを実施するための横断的な組織体制が、社内に構築されていることを確認する必要があるだろう。

 経営者にとっては、10年後、20年後の会社の姿を示し、そこにどうやってたどり着くのかを明確にする、そして社員全員で共有することが重要なのである。企業の各部門がバラバラに戦略を立てて利益を追求する=部分最適を目指すのではなく、どの事業を伸ばし、どの事業を安定維持あるいは撤退するかという戦略を持つ=全体最適を目指すという発想が求められている。

 「戦略は立てても、具体的にそれをどう企業活動に落とし込んでいけばよいのかを考えていない企業も見受けられる。例えば、10年後に海外の売り上げを全体の7割にしようという目標を立てているのに、外国人の役員が1人もいないのでは説得力がない。統合報告書を作成する際のポイントの一つは、戦略とその実現に向けた資源配分に留意すること」と市村氏はアドバイスする。

トップが語る明瞭な将来ビジョンに高い評価

 業界に先駆けて統合報告書に取り組み、高い評価を得ている会社も登場している。

 ある大手電子機器メーカーの統合報告書は、10年後、20年後の将来像が明確に示され、世界規模で企業の価値をどのように創造しようとしているのかが簡潔に示されている。長期投資家を意識したわかりやすい記述に工夫を凝らしており、掲げる理念と具体策とのつながりに臨場感がある。

 一方、ある総合商社は、経営課題も含めた明瞭なトップメッセージと、ビジョンを展開する施策のわかりやすさにおいて評価が高い。200近くもある事業を総括して説明することは難しいため、過去から将来にわたって全社で事業をどのように実施し、どんな失敗と成功があったかを説明。次に全体の事業を各部門にブレークダウンした形で伝えている。

 投資家や各方面のステークホルダーから高く評価される統合報告書とはどんなものか。市村氏は次のようにアドバイスする。

 「戦略と、その実施に向けての資源配分を明確にしているレポートは、訴求力が高い。10年後に目標とする数値を細かく出すのは無理にしても、事業ごとに将来の数値を大まかにでも記し、どの事業にどれくらい力を入れるかというポートフォリオが示されていれば素晴らしいものになるだろう」

統合報告書を活用して経営に磨きをかける

 戦略と資源配分が明確な例として、市村氏はある食品メーカーが経営戦略発表会で公開したレポートを挙げる。2020年度の目指す姿を、世界の食品メーカーのトップ10と定め、それを実現するための財務指標として営業利益、1株当たりの純利益を算出。また戦略指標として、製品比率、グローバル役員の現地化比率、R&D費投入比率、さらに株主還元指標としてROE、EPS成長率などを具体的な数値で設定している。

 「こうした経営の指標を、役員だけでなく現場まで共有し、実現に向けて一丸となって取り組めば、必ずや企業価値は高まるだろう。10年以上株を持ち続けようという人が知りたいのは、その点なのである」と、市村氏は強調する。

 これから統合報告書に着手する、あるいは見直そうという企業にとっては、国際統合報告評議会(IIRC)が公開している統合報告フレームワークが参考になる(文末を参照)。日本語版も翻訳・公開されているので参照されたい。これはあくまでもフレームワークであり、この表題や順番に必ず従わなければならないということではなく、内容要素が統合報告書に含まれた形で記されていればよい。

 統合報告書は、投資家と経営者との建設的な対話のベースとなり得る。利益を目指す投資家と企業規模拡大を目指す経営者とでは、往々にしてミスマッチが起きる。しかし、経営者側から情報を統合して提供すれば、それを材料にして投資家と様々な有益な議論ができる。その結果、多様な目線に立って経営を眺め、大きなトレンドに沿って企業価値を高めることが可能になる。統合報告書を作成する真の意味はここにある。