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【Special Interview】技術にとらわれていると可能性を見誤る、新市場は「人間」とつながるところから

莫大な新市場を生み出す可能性を秘めていることから多くの分野で注目を集めている「IoT(Internet of Things)」。この概念を巡る動きは、すでに「実装」の局面を迎えている。IoTの概念を基にした新しい仕組みを実現し、それを基盤にした新たなビジネスの創出を目指す動きは、ここにきて着実に加速している。だが、『メガトレンド 2015-2024[ICT・エレクトロニクス編]』(日経BP社)の著者でコンサルタントの川口盛之助氏は、IoTの技術的な側面ばかりを見ていると、その可能性の大きさを見誤ると警鐘を鳴らす。「人間を中心としたIoTこそが付加価値を生む」と同氏は語る(編集部)。

実を言うと私は、「IoT」という言葉に少し違和感を受けています。「T」が「Things」、モノしか指し示していないからです。ヒトという大事だけれども難しいテーマを避けて、モノの整流や効率改善の世界に逃げようとするにおいが感じられます。モノ同士で閉じた環境では、大きな価値を創り出す余地はほとんどないのではないかと思っています。

既に機器の大多数はデジタル回路で動いています。情報を取得するセンサのネットワークも早くから実現しており、コンピュータであらゆる機器を制御できる環境は十分整っています。つまりモノ同士の通信を意味するIoTは、今のようにもてはやされるようになる以前から可能だったことなのです。
IoTが何に価値をもたらすのか。それを冷静に考えると、「T」の先にいる人間の存在が重要になってきます。IoTにより消費者である人間が、自分の潜在意識に訴えかけるような商品をタイムリーに推薦してもらったり、自分の健康状態と必要なアドバイスを得られたりするからこそ、消費者はそこにお金を支払う価値を見いだし、ベンダもそのためのビジネスを企画しているのです。価値の源泉は人間につながる部分。今注目されているIoTは、「IoT for Human」のような言葉で表す必要があるのではないかと考えています。

ハードのカスタム化は未開の市場

IoTが人間に対して提供する価値の一つは、マスカスタマイゼーションです。目の前にいる人が自分と同じ服を着ているとバツが悪い思いをするように、人間は身近なモノほど、本能的に他人と違うモノを持ちたがります。それはその人工物を自らの身体性の延長と捉えるからです。スマホのようなデジタル機器も同じで、アプリでカスタム化して人と違うモノに仕立てようとします。しかしハードはカスタム化ができません。本来はカスタム化したいのに、供給側の技術が未熟ゆえにあきらめさせられているわけです。スマホのケースが多種多様なのは、消費者はそれでもスマホ本体をカスタム化したいというニーズの表れと言えるのではないでしょうか。

IoTで市場のニーズに合わせて生産ラインを柔軟に運用するものづくりが可能になり、マスカスタマイゼーションが実現すれば、消費者はカスタム化をあきらめる必要がなくなり、服などと同じように他人と同じスマホを持つことを恥ずかしく思うようになるでしょう。もっとも、そういう時代でもカスタム化が面倒だからと、服で言えば制服のようなごく標準的なモノを選ぶ人は少なからずいると思います。しかしその領域ではメーカは差別化できず、激しい競争の中でスケールメリットを追求するしかありません。

できるだけ消費者に近いところで生産し、一つひとつのカスタム化ニーズに応えると、個々の売り上げは小さくなる少量多品種生産の世界になります。しかしその部分をかき集めると実は相当なボリュームになるのは、ロングテールの考え方からも明らかです。かき集めることができなかったから、大量生産という手法に長年頼ってきたのですが、IoTでその前提は覆りました。ITサービス分野では、個々の趣向に合わせたカスタム化が既に行われています。マーケット情報サイドが律速なのではなく、リアルの生産側にネックがあるのです。しかしここに3Dプリンターに象徴されるデジタルマニュファクチャリングを使ったDIYなモノづくりや、インダストリー4.0と呼ばれるフレキシブルな生産コンセプトが現実化しつつあります。

IoTでものづくりの上流から下流まで連携させることで、生産だけでなく流通やアフタサービスの部分まで含めたバリューチェーン全体を、マスカスタマイゼーションに対応させることが可能になります。競争の激しい既存のマス市場ではなく、まだ誰も手を付けていないブルーオーシャンの市場を志向したいなら、IoTによるマスカスタマイゼーション実現を目指すべきです。