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急拡大する高信頼性デバイス市場、 TIが新たな設計/製造手法を開発

車載用電子機器や産業用電子機器、航空宇宙用電子機器、軍需用電子機器などは、過酷な環境で使われることが多い。このため、これらの用途に向けた半導体デバイスには、極めて高い信頼性が求められる。動作温度範囲の拡張も、その要求事項の一つである。

動作温度範囲とは、その半導体チップの性能を補償できる周囲環境温度の下限値と上限値を定めたものだ。例えば、テレビやパソコン、オーディオ機器などの民生用電子機器に向けた半導体デバイスであれば、動作温度範囲は-20~+70℃でよい。使用する環境は、住宅の室内やオフィスなどに限られるため、この程度の温度範囲が確保されていれば十分な信頼性を担保できるからだ。しかし、前述の電子機器では、この温度範囲では不十分である。産業用電子機器であれば-40~+85℃、車載用電子機器や航空宇宙用電子機器の場合は-55℃~+125℃といった数字を要求されることが普通だ。ケースによっては、-55~+175℃と極めて広い温度範囲が要求されることも珍しくない。

高信頼性デバイスを新規に再設計

電子機器メーカーのこうした要求に対して、通常、半導体メーカーでは、動作温度範囲が異なる複数の品種を用意することで対処している。末尾に「I」や「E」、「M」などのアルファベットが付けられている半導体デバイスの型番を目にしたことがあるだろう。例えば、「I」であれば「Industry(工業用)」を、「E」であれば「Enhanced(拡張)」を、「M」であれば「Military(軍需用)」を意味する。いずれも、半導体デバイスとしての機能や性能はまったく同じだが、動作温度範囲が一般品(コマーシャル品)よりも広い。

半導体メーカーでは、こうした動作温度範囲が広い品種をどのように用意するのだろう。通常は、同じ製造ラインで作成した多くの半導体デバイスに対して温度試験(テスト)を実施することで、対応する動作温度範囲にそれぞれ振り分ける。つまり、動作温度範囲が違っていても、中身はまったく同じなのである。

図1 高信頼性デバイスの対象マーケット
従来は、航空宇宙や軍需などの市場が大きかったが、今後は、産業や医療、再生可能エネルギーなどの市場が伸びる見込だ。
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しかし、こうした従来方法では「十分に高い信頼性が確保できるのか疑問」と、日本テキサス・インスツルメンツ(TI) 営業・技術本部 マーケティング統括部 フォーカスドEEマーケティング 主事の佐々木幸生氏は指摘する。あくまで中身はコマーシャル品と同じであるため、何らかの問題が発生する可能性を完全に排除できないわけだ。

そこでTI社では、異なる方法を採用する。それは、動作温度範囲が広い高信頼性(HiRel)デバイスを専用設計するという方法だ。同社は14年前の1998年に「HiRelビジネス部門」を設立している(図1)。「高信頼性デバイスが欲しい」という顧客の要求を受けた場合、HiRelビジネス部門がコマーシャル品を担当している部門から設計IP(intellectual property)を譲り受ける。その設計IPをレビューし、広い動作温度範囲に耐えられるように設計し直すわけだ。必要があれば、パッケージのモールド材料やワイヤー・ボンディング材料なども変更する。こうして、極めて高い信頼性を確保するわけだ。

初期開発費は不要 

しかし、この方法では、半導体デバイスの単価が高くなってしまう懸念がある。元になる設計IPは存在するとはいえ、再設計して新たに製造すれば、かなり多くの費用がかかる。しかも、高信頼性デバイスが必要となる用途では生産台数が少ないケースが多く、半導体デバイスの購入数量は少量になる。従って、半導体デバイスの単価はかなり高くなってしまう可能性が高い。

こうした問題に対して日本TIの佐々木幸生氏は、「NRE(初期開発費)を顧客に請求することはない。通常の動作温度範囲拡張品に近いコストで製造する。」と説明する。その代わりとしてTI社は、新たに開発した高信頼性デバイスをカタログ品として広く販売する権利を得る。つまり、高信頼性デバイスの製品化を要求した顧客が、その製品を1社で独占することはできない。

図2 幅広い製品ラインナップを用意
マイコンやDSP、アナログIC、電源IC、標準ロジックICなどの高信頼性デバイスを用意している。エンハンスド製品だけで品種数はすでに800点を超える。
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さらに、購入数量についても「一般品と同様、特別な壁は作っていない。仮に、購入数量が少なくても、場合によっては新たに製造して供給する。例えば、シグナル・チェーンを構成する全ブロックを、高信頼性デバイスとして購入してくれる場合である」(同氏)という。

こうした方針で、高信頼性デバイスの品ぞろえを拡充するメリットは大きい。すでに同社は、マイコンやDSP、アナログIC、標準ロジックIC、電源ICにおいて高信頼性デバイスを製品化しており、その品種数はエンハンスド製品だけで現時点(2012年6月中旬)ですでに800点を超える(図2)。品種数が増えれば、さまざまな用途に対して売り込みをかけられる。「現在、車載以外にも再生可能エネルギー用、医療用、産業用といった高信頼性デバイスを必要とする機器市場が拡大しており、今後も伸びることは間違いない。従って、品ぞろえを拡充することは、競合他社に対する差異化ポイントになる」(同氏)。

高信頼性デバイス専用の製造フローを用意

TI社が提供する高信頼性デバイスは単に、動作温度範囲が広いだけではない。このほかにもさまざまな工夫が盛り込まれている。代表的な工夫を三つ挙げよう。

一つめの工夫は、製造フローである。通常、一般品(コマーシャル品)の製造フローでは、ウエハー処理工場(前工程)や組み立て工場(後工程)などを複数カ所用意している。万が一、一つの工場が自然災害などの影響を受けても、顧客に遅滞なく納品できるようにするためだ。ところが、高信頼性デバイスでは、ひとつの製品製造のウエハー処理工場や組み立て工場などを敢えて、それぞれ1カ所としている。その理由は、高信頼性デバイスが電子機器に搭載され万が一トラブルを起こしたとしても、その原因を迅速に突き止め、すぐに対処できるようにするためだ。一般品の製造フローでは、どの工場で問題が発生したかを突き止めづらく、対応が長引いてしまう危険性がある。

自然災害などによる影響を受けた場合のバックアップ体制も用意している。高信頼性デバイスとは異なる場所にあるコマーシャル品の製造工場を利用する体制だ。コマーシャル品の製造工場でも、高信頼性デバイスを製造する準備が整えられているわけだ。

二つめの工夫は、長期間にわたる供給を実現していることだ。一般に、産業用電子機器、航空宇宙用電子機器、医療用電子機などは製品サイクルが長い。一つの製品を10年や15年も販売し続けることは決して珍しくない。このため、高信頼性デバイスは、コマーシャル品に比べて、長期間供給することが求められる。そこで同社では、製造したデバイスをウエハーのまま管理し、顧客の要求に応じてパッケージングを施して提供する体制も整備している。

図3 高信頼性(HiRel)デバイスのウェブサイト
高信頼性デバイスの紹介のほか、各デバイスの「Reliability Report(信頼性レポート)」を公開している。TI社の高信頼性デバイスは、型番の末尾に「EP」、「HP」、「SP」等が添えられる。
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さらに、高信頼性デバイスについては、製造プロセス変更や材料変更、生産中止(ディスコン)などの通知は180日前に行う。コマーシャル品では90日前である。

三つめの工夫は、極めて厳しい信頼性試験を課していることだ。信頼性試験の項目は、コマーシャル品のおよそ2倍と多い。その中には、フィット値算出のベースとなる工程能力分析(Cpk Analysis)が含まれている。「信頼性試験の内容を顧客に説明すると、厳しい制限でのCpk Analysisを実施していることで高信頼性を納得頂ける」(佐々木氏)という。なお、信頼性試験の結果は、「Reliability Report(信頼性レポート)」として、製品ごとにウェブサイト上で公開されている(図3)。

これまで半導体デバイス市場を牽引してきたのは、テレビやパソコン、携帯電話機などの民生用電子機器だった。しかし、今後は、再生可能エネルギー対応機器、医療用電子機器、産業機器などの市場が急拡大する見込だ。TI社は、こうした市場変化にいち早く対応し、高信頼性デバイスを供給する体制を業界に先駆けて構築したことになる。

<関連サイト>
・高信頼性製品:
・高信頼性デバイスリスト:
・産業アプリケーション向け拡張温度範囲対応ソリューション:


(2012/6/27公開)
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