事例研究・バリューアップ術

賃料アップを約束するリノベーション

清水建設の「サステナビリティ・リノベーション事業」

2018/04/11
事例研究・バリューアップ術

居ながら改修で工事

清水建設では、最初にテナントの通常業務に支障がでない「居ながら改修」で工事を行う方針を決めた。一般的には、最初にビル内に空きスペースを確保し、デスクなどの家具を移動しながら、フロアごとに実施する居ながら改修もあるが、それではテナントに負担がかかる。テナントの就業時間が終わった夜間と休日で対応できる工事メニューに限ることにした。

次にリノベーションのコンセプトづくりに取り掛かった。請負工事であれば、発注者が決めた要求仕様に基づいて施工すれば良いが、清水建設がテナントのニーズを引き出して賃料アップに同意する計画を提案しなければならない。だからと言ってコストをかけ過ぎると事業採算が悪化してしまう。

DSBグループ潮見ビルのリノベーションの概要(資料:清水建設)

DSBグループ潮見ビルのリノベーションの概要(資料:清水建設)

清水建設では、テナントであるDSBグループの本社機能として相応しいビルとするべく3つのキーワードでコンセプトをまとめた。沿岸部の埋め立て地に建つ立地リスクから従業員と事業を守る「リスクアドバース(リスク回避)」、最新技術で省エネ化を図る「スマートエネルギー」、従業員に快適で働きやすい空間を提供する「ウェルネス」。

「建物の敷地内の液状化対策はすでに講じられていたが、周辺地域で液状化が発生するリスクがあった。電力、上下水などのインフラ遮断に備えた対策を提案したが、通常のトイレを使用できるようにした事例は珍しいだろう」(陰山副本部長)

災害時のトイレは、屋外に仮囲いして利用する簡易的な設備が一般的だ。しかし、DSBグループでは女性従業員数が多く、従来の災害用トイレでは精神的な負担が重いことに配慮。災害時もビル内のトイレが利用できるように、トイレを節水型に取り替え、受水槽を大型化し、既存の雑用水槽を改修して下水インフラが使用できなくなった時には汚水ピットとして活用できる対策を提案した。

リスクアドバース関連の提案では、発電機の長時間運転に対応するため地中オイルタンクを埋設するほか、衛星通信設備、震度を自動計測するモニタリングシステム、車路入口の防潮板などを新設。スマートエネルギー関連では、蛍光灯だったオフィス照明を発光ダイオード(LED)化し、遮熱フィルムによる日射負荷の削減を図る。ウェルネス関連では、トイレや給湯室の全面更新、シャワーユニットの設置、空調ヒートポンプチラーによるエリア空調機能の強化などを盛り込んだ。

「DSBグループへのプレゼンテーションから2週間後に、基本合意を得ることができた」と陰山副本部長は話す。

清水建設では、工事完了後も、同ビルのBCP(事業継続計画)マニュアルの作成作業を進めている。

請負工事の場合は、発注者の要求仕様に合わせて建物をつくって引き渡せばいったんは終了となるが、今回のリノベーション工事では清水建設が仕様を決めて設備や機器を導入している。テナントが災害発生時などに建物の機能を十分に使いこなせるように、「取扱説明書」の役割を果たすマニュアルが必要と判断した。これも従来にない新しい取り組みとして各方面から注目されている。

「社内には様々な技術が蓄積されており、発注者から要求されればどんな計画でも短期間につくれる能力はある。問題は、物件やテナントの条件に応じて、どの技術を組み合わせて提案を行うか。重要なのは技術のマネジメント力だ」(陰山副本部長)

同社では、従来の請負型に対して、今回の提案型の事業スキームを「サステナビリティ・リノベーション事業」の名称で展開していく。当面は、自社が手掛けた既存ビルを中心に事業化を目指しているが、他社施工物件からの引き合いも多いという。2017年10月には、同事業を推進する組織として「LCV(ライフサイクル・バリュエーション)事業本部」を新設した。

第1号物件を買い取ったヒューリックも、自ら新会社を設立し、同様の事業スキームに取り組み始めた。REIT(不動産投資信託)や不動産投資ファンドの運営会社でも、投資利回り確保の手段として物件の入れ替えだけでなく、今後はリノベーションを活用する動きが広がりそうだ。将来性のある事業スキームとして参入企業が増えれば、ビルオーナーや投資家の選択肢も増えて、リノベーション市場の活性化につながることが期待される。


文:千葉 利宏

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