基幹業務を支えるシステムを
AWSへ移行した企業の実例を見る

アマゾン ウェブ サービス(AWS)が日本にデータセンターを開設した2011年以降、業務システムをAWSのクラウドに移行する企業が相次いでいる。この記事では、実際に基幹業務を支えるシステムをAWSのクラウド上に構築したソニー銀行、キヤノン、あきんどスシローの3社の事例を紹介する。

 AWSは2011年3月2日、東京リージョン(地理的なデータセンター群)を開設した。これを機に、大手企業が続々と業務システムをオンプレミス(社内運用)からAWSのクラウドサービスに移行し始めた。それから5年が経過した現在、ITベンダーの多くが「クラウドファースト」というキーワードを打ち出すようになったことからも分かる通り、どのようなシステムを構築する際にも、システム基盤の選択肢としてクラウドが上位に位置づけられるような状況になっている。

必要な時に必要な分だけ利用

 顧客企業がクラウドを導入すると、システム資産を所有せずに必要な時に必要なものだけを利用する形態になる。これはハードウエアの初期導入費用がなくなるだけでなく、顧客企業自らがシステム基盤の運用・保守を担わなくてもよいことを意味する。運用・保守という利益を生み出さない作業から解放されるので、その余力を本業のビジネスに回せることになる。
 新たなシステムを立ち上げるまでの期間を短縮できることもクラウドの大きなメリット。オンプレミスの場合、通常はハードウエアやOS(基本ソフト)などのシステム基盤を調達するのに数週間かかる。それらを設定することを含めると新システムの稼働までには数カ月というオーダーの期間を要するのが普通だ。しかし、AWSではウェブサイトでほんの数クリックするとシステム基盤の準備が整う。データさえ揃っていれば、すぐにでもシステムを立ち上げられる。新たなプロジェクトの立ち上げに合わせてAWSを利用すれば、ビジネスの俊敏性を大きく向上できるのだ。もしも、そのプロジェクトを見直すなどの場合は、サービスの利用を変更または停止すればよい。オンプレミスのように、使われないシステムが残存するという懸念はない。
 システム稼働後のコストメリットもある。AWSのクラウドはサービスを利用した時間に対する従量課金なので、システムを利用しない時間帯はサービスを止めてしまえばよい。この時間帯には課金が発生しないので、システム運用費用を大きく抑えることが可能だ。
 システムを拡張する際に柔軟性があることも、オンプレミスにはないメリット。例えば、一般消費者がインターネット経由で利用しているシステムでは、キャンペーンなどを実施するとアクセスが一時的に集中する。オンプレミスでは、処理のピークに合わせてシステム基盤を用意しなければならないので、定常的に過剰な処理能力を抱えることになる。これに対して、クラウドの場合は、その時々で必要な処理能力を調達して、その分のコストを負担するだけでよい。

オンプレミスとクラウドのコスト構造

漠然とした不安もほぼ解消

 これらのメリットがあるにもかかわらず、自社の外部にシステムを設置することになるため、クラウドを敬遠している企業もあるだろう。こうした企業が抱える不安の多くは、表に掲げた項目が一般的だ。しかし、実際には、こうした不安要素の全てがほぼ解消されている。
 以降では、基幹業務を支えるシステムをオンプレミスからクラウドに移行した企業の実例を紹介する。ソニー銀行、キヤノン、あきんどスシローの3社の事例だ。これらの企業が、どのような狙いでAWSのクラウドを導入し、どのような恩恵を得たのかを見ていこう。

クラウドサービス利用前に抱く漠然とした不安の代表例

ソニー銀行株式会社

導入の狙い

ITコストの最適化とビジネスのニーズに応えるための俊敏性の向上

AWSで構築したシステム

一般社内業務、銀行業務(周辺システム)、外部への情報提供サイトなど

 セキュリティー面に不安があるという漠然とした懸念から、クラウドサービスを敬遠する企業もある。しかし、既に大手企業の多くが、堅ろうなセキュリティー対策が必要な基幹業務系システムをAWSへ移行し始めている。
 セキュリティー対策が最重要課題の一つである金融業界でも、業務システムをAWSへ移行している企業がある。インターネット銀行であるソニー銀行だ。

セキュリティー面でも不安なし

 インターネット専業の同社にとって、高いレベルのITインフラを構築することは必要不可欠であり、IT技術を最大限活用することは企業理念の一つである。
 2001年の創業以来、商品やサービスの拡充とともにITインフラも変化を続けてきたが、長年オンプレミスで運用を続けた結果、インフラ構築や管理も複雑化し、コストも増大していった。ビジネスサイドのニーズに迅速に応えられないケースも増えてきていたという。
 ITコストの最適化とビジネスのニーズに応えるための俊敏性の向上──同社は、この2つの課題を解決するためにオンプレミスからクラウドへの移行を決断。2011年からクラウドサービスの選定を開始した。選定のポイントは大きく、(1)実績と信頼性、(2)セキュリティー認証、(3)コスト、(4)テクノロジー、(5)システムメンテナンス──の5つ。数社のクラウドサービスを比較検討した結果、いずれの点もAWSが圧倒的な強さだったという。
 金融機関のITシステムではセキュリティーの評価基準が厳しい。AWSは、この基準を非常に高いレベルでクリアしていた。グローバルのセキュリティー基準として知られている「ISO27001」や内部統制基準の「SSAE3402」、クレジットカードのセキュリティー基準である「PCI DSS」といった認証はすべて取得しており、米国防総省やNASA(米航空宇宙局)といった各種政府機関による利用の実績も、それらの機関の基準をクリアしていることを示している。国内ではAPN(AWSパートナーネットワーク)複数社が共同で作成した「金融機関向け『AWS』対応セキュリティリファレンス」により、FISC(金融情報システムセンター)の安全対策基準へ対応していることも確認できる。ソニー銀行独自のリスク評価項目に基づく確認でも、セキュリティーに対する課題はなかった。さらに、AWSが2011年に日本国内でデータセンターを開設したこともクラウドへの移行を後押しした。

AWSは「速い、安い、美味い」

 同社は、2013年にAWS導入における方針を決定。オンプレミスで稼働していたシステムを、AWSへ移行していく。
 オンプレミスに比べて、運用コストが高くなるという不安を挙げる企業もあるが、現実は異なる。移行前にITコストを課題として掲げていたソニー銀行では、オンプレミスで運用していた総額に比較して、少なく見積もっても年間約40%を削減できた。同社では、リソースの調達に時間がかからなくなったことも、AWSへ移行したメリットだという。ピーク時を見越して余分なハードウエアを購入する必要がないからだ。さらに性能の低下や障害もないことから、ソニー銀行はAWSを導入しての実感を「速い、安い、美味い」と表現し、評価している。

ソニー銀行がAWS上に構築したシステムの構成

キヤノン株式会社

導入の狙い

自社の製品・サービスにおけるイノベーションのスピードの向上

AWSで構築したシステム

リーン生産方式の基盤となる「CI Platform(コンティニュアス プラットフォーム)」

 IoT(モノのインターネット)の進展により、自社の製品と顧客が直接つながる環境が実現しつつある。この結果、製造業者が顧客のビジネスの現場から自社製品の活用情報を収集・分析し、付加価値の高いサービスを提供することが可能となった。「製造業のサービス化」と呼ばれる動きだ。
 こうした環境では、自社が提供する製品・サービスに革新性を打ち出し続けることが競争優位性の源泉となる。こうしたことを大きな目的として、AWSのクラウドを導入したのがキヤノンである。
 同社がAWS上に構築したのは「CI Platform(コンティニュアス プラットフォーム)」と名付けたシステム。仕事の無駄を極限まで排除する生産管理手法「リーン生産方式」の基盤となるシステムで、生産管理の中核を担う。

イノベーションを加速する

 1996年度から、同社は中長期経営計画「グローバル優良企業グループ構想」を推進している。2011〜2015年度の第4フェーズの一環として、映像事務機事業部がCI Platformを構築した。当時、同事業部では「競争力を高めるためには、チーム間の連携をスムーズにしてスピード感ある開発・運用・評価体制へと変革する必要があると考えていました」(同事業部 映像事務機DS開発センター 主席研究員の八木田隆氏)という。そのために必要なことは何かを考えた結果がCI Platformに結びついた。CI Platformでリーン生産方式を実現したうえで、リーン開発のサイクルを素早く回し、イノベーションのスピードを加速することが大きな狙いだ。
 実は、このシステムを作ろうとしたきっかけが、AWSのクラウドサービスだった。AWSのイノベーションスピードは極めて速く、ユーザーが欲するサービスを次々と市場投入し、既存サービスもどんどん機能アップしているのを見て、そのスピード感を実現するには従来の体制では不可能だと判断。AWSクラウドのような体制を構築すべきだと考えたという。

ビジネスの俊敏性が大きく向上

 CI Platformを導入したことによって、新サービスや新機能の開発サイクルが格段に向上した。「従来は環境構築など顧客の価値とは直接関係ないところに多くの時間を取られていました。CI Platformへの移行で、以前なら1機能を出すのに10の作業をしていたのが今は2つか3つだけやればいいイメージです」(八木田氏)と評する。この結果、ビジネスサイドのニーズに俊敏に応えられるようになった。
 クラウドサービスを利用することに対して、システムの機能がブラックボックスになってしまうという懸念を抱く企業もあるが、同社の声を聞くと、これは杞憂のようだ。「従来のオンプレミスのシステムに比べて、さまざまなことを自分たちで制御できるようになったこともメリットの一つです」(八木田氏)と語る。
キヤノン株式会社 映像事務機事業部 映像事務機DS開発センター 主席研究員 八木田 隆 氏
何が起こっているかが、AWSクラウドなら集中管理されたログを見て把握できる。オンプレミスの頃はサーバー機器やアプリケーションごとにログがあり、得られる情報レベルもまちまちだった。あるアプリケーションでさらに詳細な情報が欲しければ、取得する仕組みも作らなければならない。つまり、オンプレミスの方がクラウドよりブラックボックス的だったという。

株式会社あきんどスシロー

導入の狙い

データ分析に基づく顧客体験価値の向上と店舗オペレーションの効率化

AWSで構築したシステム

データ・ウエアハウス、予算管理、財務・管理会計など

 大規模なシステムでも、必要な時だけ利用して、それに対する従量料金だけを負担すればよいというのも、クラウドサービスの大きな魅力だ。
 ビジネスでビッグデータを活用する動きが広がっているが、こうしたシステム環境を整備するには、これまで大きなコスト負担がのしかかっていた。大量データを保管するデータ・ウエアハウス(DWH)をオンプレミスで構築するには数千万円から数億円のコストを要するのだ。しかし、AWSでは、こうしたシステムも月に数万円から数十万円程度で利用することが可能だ。このDWHの例からも分かる通り、財務的に体力のある大企業にしか構築できなかったシステムが、中堅・中小企業にも手が届くようになった。
 回転寿司チェーン「スシロー」を全国に425店舗(2016年4月19日現在)展開するあきんどスシローも、そんなクラウドの恩恵を受けている企業の一つだ。

「すしクラウド」で業務改革

 同社の情報システム部のミッションは、「うまいすしを、腹一杯。うまいすしで、心も一杯。」をITの側面から実現することだ。すし皿にICタグを取り付けてレーンを流れる寿司を管理したり、顧客の来店状況や着席状況を管理したりする技術、通称すしテクノロジーを開発し、個々の店舗での業績管理や売り上げ予測などに活用してきた。しかし、情報システム部門の担当者は少なく、膨大な数の店舗と本社のシステムや機器の保守・運用で手一杯の状態。さらなる顧客体験価値の向上や店舗オペレーションの効率化には取りかかれない状況だった。AWSにDWHを構築した2012年、情報システム部門にはたった5人しか在籍していなかった。
 同社は当時、それまでの約40億件を超える膨大なデータを蓄積していたが、大量すぎて分析することができない状況だったという。まずはその40億件のデータが宝の山なのかを確認するため、分析ツールを試用することを検討。しかし、分析ツールを動かせるようなサーバーは社内になく、見込みでサーバーを購入することもできなかった。40億件ものデータを分析するには、高性能の高額なサーバーが必要になるからだ。
 そこで、実際に使った分の費用だけで済むクラウドサービスの利用を検討。いくつかのクラウドサービスを比較した結果、AWSが一番ハイスペックなサーバーを利用でき、動作保証されている分析ツールの種類が最も多かったため、AWSで検証をすることにした。実際には、40億件を転送するのに2日かかったものの、3日目にはデータの分析ができるようになった。要した費用は、わずか10万円だった。
 その後、AWSについて精査を進め、技術的にもコスト的にも自前では実装できない冗長性、高可用性、セキュリティーが考慮されていることが分かり、本格的にDWHを構築してデータ分析に取り組み始めた。従来の店舗各店の予測から、今ではデータに基づいた顧客の好みや動向の全社的な把握を実現している。
 その後、同社は予算管理や財務・管理会計などの業務システムもAWSへ移行。このAWS上のシステム基盤は「すしクラウド」と呼ばれることもある。今後も、全社全員でノウハウを共有できる高度な分析環境をAWS上に作り、リアルタイム性を追求したオペレーションの改革や業務のレベルアップにつながるシステムを構築することを計画している。